青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第十章 闇夜に咲く胡蝶蘭

気になること

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 ソレスティア王城では緊急的にガゼル王とモルディン国務大臣が話をしている。

 外部からは完全に隔離された部屋であり、密談ともいえる話し合いだ。

 それはつまり最近の出来事が不可解な事象だらけであり、ガゼル王は信頼するモルディンに見解を聞きたく思って呼び寄せていた。

 性格が豹変したかのように戦争を望んだセシル。私兵を出してまで援助したメルヴィス公爵。更にはランカスタ公爵が送り出したという火竜の聖女について。

「一連の騒動は私の退任が近いからでしょうな。もう歳でありますし」

「そういうな。まだ十年は働いてもらわねばならん」

 モルディンの自虐的な話にガゼル王は苦笑いだ。とはいえ、その件についてはガゼル王も同意見だった。

「確かにそうだ。公爵家の面々が躍起になっておるのだろうな。クレアフィール公爵家は静観するのか?」

 実をいうと現職についているモルディンはクレアフィール公爵領の元領主であった。

 国務大臣に任命されてからは跡目を息子に譲って今に至っている。

「二代に亘って国務大臣を歴任するのは間違っております。王に意見すべき役職は世襲すべきではありません」

 モルディンは本当に有能な大臣であった。

 私利私欲で動かない。その点において、次期国務大臣と噂される面々は野心に溢れすぎている。

「お前はどう見る? 票を得るのはどちらだ?」

「セシル殿下の件がございますからね。もはやランカスタ公爵以外に選択肢はなくなったかと。彼は火竜の聖女を手元に置いておりますし……」

 ふむっと頷くガゼル王。

 完全に同意であったけれど、そういえば気になる話があったことを思い出す。

「火竜の聖女についてだが、どう思う?」

「やけに漠然としている質問ですね? 彼女は子爵家の出身でありながら、本当に多彩です。幼い頃から才覚を発揮していたと聞いております」

 モルディンは知り得る情報を返している。

 火竜の聖女は幼い頃から、その才能を発揮してきたのだと。

「いや、そういう意味じゃない。彼女が幼かった頃から知っておる。ワシを悩ませているのはフェリクスの話だ」

 どうやら、ガゼル王は愛息フェリクスが最後に語った夢の話が気になっている様子。

 ルークが王太子となり、桃色の髪をした妻を娶るとかいう夢の話を。

「真偽は分かりません。けれど、愛の女神アマンダ様が神託を与えられるという話は過去にも例があります。悲運に遭ったフェリクス様の願いを叶えたというのなら、間違ってはいないかと存じます。現にセシル殿下は怪我をされ、後ろ盾であるメルヴィス公爵は責任を問われる立場となっておりますし」

 もし仮に女神アマンダが見せた未来像がフェリクスの妄想であるのなら、セシルは侵攻に成功していたのかもしれない。

 東部三国を平定し、王太子候補筆頭に登り詰めた可能性がある。

「ワシも事実なのかもしれんと考えておる。しかし、ルークはイセリナ嬢と婚約しているのだぞ? 彼女の髪は黄金に輝くブロンド。間違っても桃色ではない」

 現状で未来像がハズレているのは第一王子ルークの婚約者について。

 フェリクスは確かに王妃と呼んでいたし、間違っても側室などではないはずだ。

「まだ婚約したばかりです。現状から変化する可能性も考えられます。ただアナスタシア嬢は子爵令嬢ですので、王妃となるのには家格が足りません。少しも支持を得られないことでしょう」

 この先にルークとイセリナの婚約破棄があったとして、代わりが火竜の聖女となる可能性は低かった。

「とはいえ、彼女は王国民から絶大な支持を得ております。評価はまさに聖女であり、セントローゼス王家としては彼女を取り込む算段を考えた方がよろしいかと存じます」

「どうやって取り込む? 彼女は王国に戻ってきたのだ。これ以上を望むなどできんだろう?」

 一時は隣国に匿われていた火竜の聖女。

 現在はランカスタ公爵家の庇護下にある。ガゼル王には取り込むという意味合いがイマイチ理解できない。

「それこそセシル殿下が張り切った理由でしょう? 子爵令嬢でありながら、一目置かれる存在。急に王太子を目指すと口にした理由は背景に彼女の存在があるのではないでしょうか?」

 セシルは理由を口にしていない。けれど、彼が婚約者を厳選しているという話は耳にしたことがあった。

 積極的に社交界へ参加する様子はガゼル王も知っていることだ。

「まあセシルが気に入ったのであれば反対するつもりはないが、アナスタシア嬢はあれで気が強いのだぞ? 加えて信念を貫く女性なのだ。王家に嫁ぐ意志があるのかどうか」

「ならば、私めが調査いたしましょう。国民に人気のある彼女を是非とも王家の一員とすべき。最後の大仕事とさせてもらいます」

「それは助かるが、エレオノーラ嬢は構わないのか? 彼女も十七歳。相手が決まっていないと聞いておる」

 ガゼル王は問いを返している。

 モルディンのクレアフィール公爵家にも年頃のご令嬢がいたからだ。

 彼女を差し置いて、子爵令嬢を勧めるモルディンには疑問しか感じない。

「私は王家と共にあります。王家と王国の繁栄を第一に考えた結果です。それにアナスタシア嬢はセシル殿下の命を救っております。本来ならルーク殿下しか後継者がおられなかったところを彼女が王家の血を守ったのです。二人の王子のどちらか。アナスタシア嬢に選んでもらうべきでしょう」

 方針は定まったとして、現実味に欠ける話だ。

 信頼するモルディンの提案であるけれど、ガゼル王は首を振った。

「彼女は子爵家なのだぞ?」

「ガゼル王、まだ彼女に王家は何の褒美も与えていないことをお忘れでしょうか? 古くは火竜の問題やルーク殿下の暗殺未遂。最近ではセシル殿下を死地から救っておられます。ルーク殿下に至っては二度も命を救われているのです。褒美を受け取らなかった過去とは状況が異なりますし、今ならば彼女も受け入れてくれるでしょう。彼女がいなければ、今頃は後継者がシャルロット様しかおられなかったのですから、貢献に見合う褒美を考えましょう」

 そういえばその通りであった。

 五年前の一件で彼女は子爵家への褒美を全て断っている。しかし、最近になってそれはリッチモンド公爵が絡んでいたことを明らかとした。

 リッチモンド公爵家が廃爵となった現在では、褒美を受け取ってくれる可能性は充分にあるだろう。

「よし、ならばその方向で考えよう。王家としても、民の支持を得た妃がいるのなら心強い。王族の配偶者として相応しい地位を与えようじゃないか」

 アナスタシアの知らぬところで話が進んでいく。

 王国の未来。当人たちの事情を知らぬ二人は王国のためだけに動いていくのだった。
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