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第九章 永遠の闇の彼方
髭の命令
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「セシル殿下が出兵されるらしい……」
唖然と息を呑む。
確かに私はセシルに頼んだけれど、あれから返事はありません。
ルークに権限がないと言われていたから、却下されたものと考えていたのです。
「本当に?」
「どうやら、我が国は東部三国を平定しようとしているらしい。いがみ合っている東部の小国は潰してしまうことにしたようだ。前線にセシル殿下が立ち、指揮すると聞いている」
何ということでしょう。
セシルは本気なのかもしれない。仲裁ではなく、明確に彼は戦果を上げようとしているのですから。
「ペガサスは貸し出そう……」
何が何だか分からなかったのですけれど、どうしてか髭は私の要望を受け入れていました。
「構わないのですか? 私はどこに勝利してもらおうとか考えていませんけど?」
「もちろん条件がある……」
どうやら髭には要求があるみたい。
まあ、欲どしい彼が無償で貸してくれるはずもありません。
「貴様が戦果を独り占めすることだ」
どうしてそうなるの? 私は酷く困惑していました。
参戦しますけれど、どこの所属にもならないつもりだし、責任は全て自分で背負うつもりなのです。
「どういうこと?」
「元はといえば、貴様が口にしたことだろう? ルーク殿下の支持者になれと……」
私はやらかしに気付かされていました。
ルークが王太子候補に返り咲くため、髭に願っていたことです。
国務大臣に任命されたいのであれば、彼を推すようにと話をしていました。
「セシル殿下の戦果を奪えと?」
「当たり前だ。リッチモンドは無き者となったが、今もメルヴィスは存在しておる。あの爺が息を吹き返してはならん」
リッチモンド公爵家は断罪に処されましたけれど、メルヴィス公爵家は今も存在しています。
セシルを推していたメルヴィス公爵家が再び頭角を現すことのないようにと、髭は言っているようです。
「承知しました……」
完全に目的外であったのですけれど、私は同意しています。
全てを失う結果となった私はまたも空回りしていたみたいね。
目指していたルークの王太子まで消えてなくなると、ここまで支払ってきた代償が全て無駄になってしまう。
「セシル殿下には悪いと思いますが、両国は私が殲滅しておきましょう」
元々、私はサルバディール皇国軍も攻撃するつもりでした。
カルロさえ無事であれば恩を返せるはずと。彼を良いように扱う議員たち諸共、天へと送ることに決めたのです。
「七月になれば貴族院が休みに入ります。即座に行動を起こしましょう」
私が動かなければカルロの招集は八月末です。二ヶ月もあるのだから、私なら両国を制圧可能だと思う。
「貴様を擁護する話は考えてある。存分に暴れ回ってくれ」
どうやら髭には策があるようです。
既にラマティック正教会の枢機卿でもなくなった私が参戦する意味。戦争へ介入する大義名分を考えてくれているそうです。
「お父様、アナを単身で送り込むのには反対ですわ!」
ここでイセリナが初めて口を開いた、
ずっと腕組みをしたまま聞いているだけでしたが、彼女は私が一人で参戦することに難色を示しています。
「心配するな。アナスタシアが連れてきた暗殺者が戻って来ることになっている。奴を護衛につけよう。だが、公爵家の私兵を割くわけにはならん。あくまでアナスタシアが一人で制圧したという結果が必要なのだ」
話の意図は分かります。
セシル陣営につけいる隙を与えない。
戦争が終息した場所へ行っただけ。子供でも可能な占領であったことを民衆に印象づけなければなりません。
「あとワタクシは王妃になどなりたくありませんわ!」
「お前はどうしてそう……」
イセリナがルークの婚約話を受けたのですけれど、イセリナはルークが王太子に選ばれることを良く思っていません。
怠け癖がついてしまった彼女には受け入れ難い重責のようです。
一瞬のあと、二人して私を睨むように見ています。
えっと、何なのかな? その刺さるような視線は……。
「とりあえずアナスタシアは早期にこの問題を片付けろ。火竜の聖女である貴様ならそれが可能だろう」
イマイチ判然としませんでしたが、一応は私が望んだまま。ペガサスを借りられるそうだし、何の問題もありません。
前世界線で既に両国の戦力は把握しているのです。ならば期待通りに蹂躙してみせましょう。
「分かった。火竜の聖女はともかく、やってやるわ。どうせ、それしか進む道がないのだから……」
後始末を髭がしてくれるのなら、暴れ回ってやろう。
両国の戦力は私が全て叩き潰す。後に大軍を率いてくるセシルは戦うことなく攻め落とせるはず。彼自身の武功には占領した実績しかなくなることでしょう。
夏期休暇が始まるや、行動開始です。
いよいよ曲がりくねった現状のルートが最終局面を迎える。
私は贖罪を果たさなければなりません。
悔恨と懺悔、更には感謝を込めて。
唖然と息を呑む。
確かに私はセシルに頼んだけれど、あれから返事はありません。
ルークに権限がないと言われていたから、却下されたものと考えていたのです。
「本当に?」
「どうやら、我が国は東部三国を平定しようとしているらしい。いがみ合っている東部の小国は潰してしまうことにしたようだ。前線にセシル殿下が立ち、指揮すると聞いている」
何ということでしょう。
セシルは本気なのかもしれない。仲裁ではなく、明確に彼は戦果を上げようとしているのですから。
「ペガサスは貸し出そう……」
何が何だか分からなかったのですけれど、どうしてか髭は私の要望を受け入れていました。
「構わないのですか? 私はどこに勝利してもらおうとか考えていませんけど?」
「もちろん条件がある……」
どうやら髭には要求があるみたい。
まあ、欲どしい彼が無償で貸してくれるはずもありません。
「貴様が戦果を独り占めすることだ」
どうしてそうなるの? 私は酷く困惑していました。
参戦しますけれど、どこの所属にもならないつもりだし、責任は全て自分で背負うつもりなのです。
「どういうこと?」
「元はといえば、貴様が口にしたことだろう? ルーク殿下の支持者になれと……」
私はやらかしに気付かされていました。
ルークが王太子候補に返り咲くため、髭に願っていたことです。
国務大臣に任命されたいのであれば、彼を推すようにと話をしていました。
「セシル殿下の戦果を奪えと?」
「当たり前だ。リッチモンドは無き者となったが、今もメルヴィスは存在しておる。あの爺が息を吹き返してはならん」
リッチモンド公爵家は断罪に処されましたけれど、メルヴィス公爵家は今も存在しています。
セシルを推していたメルヴィス公爵家が再び頭角を現すことのないようにと、髭は言っているようです。
「承知しました……」
完全に目的外であったのですけれど、私は同意しています。
全てを失う結果となった私はまたも空回りしていたみたいね。
目指していたルークの王太子まで消えてなくなると、ここまで支払ってきた代償が全て無駄になってしまう。
「セシル殿下には悪いと思いますが、両国は私が殲滅しておきましょう」
元々、私はサルバディール皇国軍も攻撃するつもりでした。
カルロさえ無事であれば恩を返せるはずと。彼を良いように扱う議員たち諸共、天へと送ることに決めたのです。
「七月になれば貴族院が休みに入ります。即座に行動を起こしましょう」
私が動かなければカルロの招集は八月末です。二ヶ月もあるのだから、私なら両国を制圧可能だと思う。
「貴様を擁護する話は考えてある。存分に暴れ回ってくれ」
どうやら髭には策があるようです。
既にラマティック正教会の枢機卿でもなくなった私が参戦する意味。戦争へ介入する大義名分を考えてくれているそうです。
「お父様、アナを単身で送り込むのには反対ですわ!」
ここでイセリナが初めて口を開いた、
ずっと腕組みをしたまま聞いているだけでしたが、彼女は私が一人で参戦することに難色を示しています。
「心配するな。アナスタシアが連れてきた暗殺者が戻って来ることになっている。奴を護衛につけよう。だが、公爵家の私兵を割くわけにはならん。あくまでアナスタシアが一人で制圧したという結果が必要なのだ」
話の意図は分かります。
セシル陣営につけいる隙を与えない。
戦争が終息した場所へ行っただけ。子供でも可能な占領であったことを民衆に印象づけなければなりません。
「あとワタクシは王妃になどなりたくありませんわ!」
「お前はどうしてそう……」
イセリナがルークの婚約話を受けたのですけれど、イセリナはルークが王太子に選ばれることを良く思っていません。
怠け癖がついてしまった彼女には受け入れ難い重責のようです。
一瞬のあと、二人して私を睨むように見ています。
えっと、何なのかな? その刺さるような視線は……。
「とりあえずアナスタシアは早期にこの問題を片付けろ。火竜の聖女である貴様ならそれが可能だろう」
イマイチ判然としませんでしたが、一応は私が望んだまま。ペガサスを借りられるそうだし、何の問題もありません。
前世界線で既に両国の戦力は把握しているのです。ならば期待通りに蹂躙してみせましょう。
「分かった。火竜の聖女はともかく、やってやるわ。どうせ、それしか進む道がないのだから……」
後始末を髭がしてくれるのなら、暴れ回ってやろう。
両国の戦力は私が全て叩き潰す。後に大軍を率いてくるセシルは戦うことなく攻め落とせるはず。彼自身の武功には占領した実績しかなくなることでしょう。
夏期休暇が始まるや、行動開始です。
いよいよ曲がりくねった現状のルートが最終局面を迎える。
私は贖罪を果たさなければなりません。
悔恨と懺悔、更には感謝を込めて。
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