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第九章 永遠の闇の彼方
風雲急を告げる
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第二王子フェリクスが死去して、三日後のことです。
セントローゼス王国では国葬が行われていました。
その様子は映写魔法により全国に中継され、若くして世を去った王子殿下を全王国民が悼んでいます。
私もまた参列していました。
子爵令嬢でしかない私は本来なら棺が見えないほどの位置にいるはずなんだけど、イセリナに引っ張られた挙げ句、どうしてか最前列に並んでいます。
私の隣には髭の姿。なぜに娘のイセリナが隣ではなく、私なのでしょうかね。居心地が悪すぎて吐き気を覚えるわ。
『黙祷!!』
アウローラ聖教会の教皇様による有り難いお話のあと、全員が祈りを捧げます。
願わくば迷わず天へと還られるように。不幸な人生を送った彼の来世が希望に満ちたものであるようにと。
しばらくすると鐘の音が鳴り響きます。
この鐘が歳の数だけ打ち鳴らされ、十六を数えたあとフェリクスは天へと旅立つことになります。
全員が涙していました。
ただ私は俯くだけ。なぜなら、フェリクスに対して流す涙は残っていなかったから。
私は彼が亡くなってから、異なる感情の涙を流し続けていたから。
「ごめんなさい……」
だから、謝っておく。加えて、フェリクスの御霊がちゃんと天界へ戻れることを願っている。
死は私も経験したことなのよ。高宮千紗は運良く召喚陣に引っかかっただけ。
いえ、運が悪かったのかもしれない。こんな今も私は自分の死が待ち遠しく感じていたのだから。
「普通に転生して幸せにね……」
最後の鐘が鳴らされ、程なくその余韻が消えていく。
もうこれで本当にお別れです。
フェリクスの棺は王家の墓へと運ばれ、彼が存在した痕跡は徐々に失われていくことでしょう。
不意に雨が降り出しています。第二王子の旅立ちに天も涙しているもかもしれません。
初夏の雨はまだ冷たく、人々の心に温かさを戻してはくれませんでした。
フェリクスの棺が運び出されていくと、一人二人と会場をあとにして行く。
そんな中、私は隣にいる髭へと話しかけています。
「ねぇ、ペガサスを貸してくれない?」
視線をフェリクスの遺影に向けたまま、私は声をかけています。
名指ししていない話は聞き流されたとして仕方のないことでしたけれど、彼は私の呼びかけに気付いていました。
「また貴様は良からぬ企みを考えておるのか?」
失礼な男だ。私がいつ良からぬ策を講じたというのよ?
「その良からぬ企みで大儲けした人間に言われたくありませんわ」
「クック、まあそうだな。部屋を用意しよう。詳しく聞かせろ」
どうやら髭はまたも儲け話であると考えているみたい。
内容は私にとってのケジメであり、王国にとって利害関係は少しもなかったというのに。
私は髭に連れられて、王城の一室へと来ています。
どうしてかイセリナまで同席しているのには戸惑うけれど、元より彼女が知っている話です。
「実はサルバディール皇国とヴァリアント帝国との戦争に介入しようと考えています」
思いもしない話だったのか、髭は眉根を上げました。
両国のいざこざは既に彼も知っているはずです。
「何の利益がある?」
「個人的な戦い。別に利益を生む行動じゃないわ。たった一人を生かすだけ。両国の誰が失われようと知ったことではない」
どちらにも加勢しない。私はカルロが生き延びる未来を創り出すだけ。障害となる者は敵も味方も関係なく殺めることでしょう。
もし仮にカルロがそれを望まなくとも。
「んん? 貴様も聞いたのではなかったのか?」
どうしてか髭は意味不明な話をする。
イセリナ以外は知らない話です。他の誰にも話していないというのに。
けれども、髭の話に私は知らされていた。
人知れず物事が動き始めていたことを。
「セシル殿下が出兵されるらしい……」
セントローゼス王国では国葬が行われていました。
その様子は映写魔法により全国に中継され、若くして世を去った王子殿下を全王国民が悼んでいます。
私もまた参列していました。
子爵令嬢でしかない私は本来なら棺が見えないほどの位置にいるはずなんだけど、イセリナに引っ張られた挙げ句、どうしてか最前列に並んでいます。
私の隣には髭の姿。なぜに娘のイセリナが隣ではなく、私なのでしょうかね。居心地が悪すぎて吐き気を覚えるわ。
『黙祷!!』
アウローラ聖教会の教皇様による有り難いお話のあと、全員が祈りを捧げます。
願わくば迷わず天へと還られるように。不幸な人生を送った彼の来世が希望に満ちたものであるようにと。
しばらくすると鐘の音が鳴り響きます。
この鐘が歳の数だけ打ち鳴らされ、十六を数えたあとフェリクスは天へと旅立つことになります。
全員が涙していました。
ただ私は俯くだけ。なぜなら、フェリクスに対して流す涙は残っていなかったから。
私は彼が亡くなってから、異なる感情の涙を流し続けていたから。
「ごめんなさい……」
だから、謝っておく。加えて、フェリクスの御霊がちゃんと天界へ戻れることを願っている。
死は私も経験したことなのよ。高宮千紗は運良く召喚陣に引っかかっただけ。
いえ、運が悪かったのかもしれない。こんな今も私は自分の死が待ち遠しく感じていたのだから。
「普通に転生して幸せにね……」
最後の鐘が鳴らされ、程なくその余韻が消えていく。
もうこれで本当にお別れです。
フェリクスの棺は王家の墓へと運ばれ、彼が存在した痕跡は徐々に失われていくことでしょう。
不意に雨が降り出しています。第二王子の旅立ちに天も涙しているもかもしれません。
初夏の雨はまだ冷たく、人々の心に温かさを戻してはくれませんでした。
フェリクスの棺が運び出されていくと、一人二人と会場をあとにして行く。
そんな中、私は隣にいる髭へと話しかけています。
「ねぇ、ペガサスを貸してくれない?」
視線をフェリクスの遺影に向けたまま、私は声をかけています。
名指ししていない話は聞き流されたとして仕方のないことでしたけれど、彼は私の呼びかけに気付いていました。
「また貴様は良からぬ企みを考えておるのか?」
失礼な男だ。私がいつ良からぬ策を講じたというのよ?
「その良からぬ企みで大儲けした人間に言われたくありませんわ」
「クック、まあそうだな。部屋を用意しよう。詳しく聞かせろ」
どうやら髭はまたも儲け話であると考えているみたい。
内容は私にとってのケジメであり、王国にとって利害関係は少しもなかったというのに。
私は髭に連れられて、王城の一室へと来ています。
どうしてかイセリナまで同席しているのには戸惑うけれど、元より彼女が知っている話です。
「実はサルバディール皇国とヴァリアント帝国との戦争に介入しようと考えています」
思いもしない話だったのか、髭は眉根を上げました。
両国のいざこざは既に彼も知っているはずです。
「何の利益がある?」
「個人的な戦い。別に利益を生む行動じゃないわ。たった一人を生かすだけ。両国の誰が失われようと知ったことではない」
どちらにも加勢しない。私はカルロが生き延びる未来を創り出すだけ。障害となる者は敵も味方も関係なく殺めることでしょう。
もし仮にカルロがそれを望まなくとも。
「んん? 貴様も聞いたのではなかったのか?」
どうしてか髭は意味不明な話をする。
イセリナ以外は知らない話です。他の誰にも話していないというのに。
けれども、髭の話に私は知らされていた。
人知れず物事が動き始めていたことを。
「セシル殿下が出兵されるらしい……」
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