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第九章 永遠の闇の彼方
平行線を辿る
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フェリクスの最期を看取り、フラフラと王城を歩いていました。
別に迷ってはいません。前世で住んでいた場所なんですから。
かといって、今も夢うつつであり、解答を見るはずもない思考を続けています。
「アナ!」
ところが、そんな私を呼ぶ声がします。
しかも、声をかけたのは絶賛妄想中の人。ルーク・ルミナス・セントローゼス第一王子でした。
「ルーク殿下……」
何の用事なのでしょう。私を追いかけてくるなんて。
ひょっとしてフェリクスのうわごとを訂正しに来たのかもしれません。
「今日はありがとう。フェリクスが苦しまずに逝けたのは君のおかげだ」
どうやら感謝を伝えに来ただけみたい。
少しばかり安心しました。先ほどの話を問い詰められたとして、私に答えられる内容はないのです。
私自身も困惑していたのですから。
「いいえ、大したことはできませんでしたけれど……」
本当に痛みを和らげただけ。
必死になって新しい魔法でも構築しておれば、話は違ったかもしれない。
けれど、フェリクスが亡くなることを知っていた私にとって、それは確定事項でしかなくて、今回のような事態は想定できておりません。
少しばかりの沈黙。妙に居心地が悪く感じられましたけれど、ルークが静寂を破って話し始めます。
「スカーレット子爵家に戻ったんだな?」
取り留めのない話です。天気の会話よりも気が利いていない。
ルイ・ローズマリーからアナスタシア・スカーレットに戻ったのはもう一ヶ月も前の話なのです。
「ええ、まあ。でも、ランカスタ公爵家の別邸に住んでおります。イセリナの世話係をしつつ……」
とりあえずイセリナの話をしておけば、この会話も終わるはず。
今さらなのよ。フェリクス殿下が奇妙な夢を見たとしても、現実は何も変わりません。ルークとイセリナは婚約者同士なのですから。
「そ、そうか……。もうカルロ殿下の庇護下にはないってことだよな?」
「ええ、その通りですわ。私の予知によると、カルロ殿下は戦争へ駆り出され、失われる運命。それを回避するために、私は動かねばならなかったのです」
記憶という予知により、私は動いている。
知り得る未来の知識を総動員して、何とか最善を導き出そうと。
「サルバディール皇国とヴァリアント帝国との戦争はサルバディール皇国の敗戦に終わります。カルロ殿下は前線で討ち死にされ、ウィンドヒル皇城は陥落。そのような未来を私は望みません」
絶対に回避してみせる。
この人生の幸せを放棄してまで動いたのですから、カルロだけでも生き残って欲しい。
「カルロ殿下はアナと離れるだけで助かるのか?」
「いえ、そういうわけではありませんわ。戦争に勝つしかカルロ殿下は助かりません。それも早々に決着がつかなければならないのです」
ルークは小首を傾げています。
彼もある程度は知っているのでしょう。小国同士のいざこざであり、力関係は互角であるのだと。
「だからこそ、お願いしたのです。私はこの身を対価として、戦争を半ば強制的に終結させられる権力者に助力を願いました」
「えっ……?」
どうやらセシルはルークに話していないようです。私との約束について。
困惑するルークを見る限り、それは明らかでした。
「セシル殿下に出兵のお願いをしております」
驚愕するルークは何度も顔を振っていました。
戦争を終結させられる強者が多くいるはずもありません。また、それが隣接する強国であるのは彼にも理解できたことでしょう。
「セシル殿下は私が欲しいと仰っておられたので……」
カルロは救われ、世界もまた救われる。
イセリナとルーク、セシルと私。
この組み合わせが最も理想的な未来であり、アマンダ自身が望む形に他ならないのです。
たとえ、その全員が幸せでなかったとしても。
「セシルはその話を受けたのか!?」
「ええまあ。悪魔に魂を売り払ってでも、私が欲しいと殿下は申されておりました。つまるところ、承諾してくれたのだと……」
「いや、セシルにそんな権力はないぞ!?」
声を荒らげるルークですが、私は首を振るだけ。
約束は約束なのです。私は身体を差し出して、セシルは権力を誇示する。
契約の履行はセシルが戦争を終結させられたのなら、成されるはず。
「私はどのようにして出兵なさるのか存じておりません。ただ約束を交わしております。彼が戦争を終結させたのなら、私も約束を果たすだけですわ」
もうルークは首を振ることなく、ただ唇を噛んでいました。
私の決意を分かってくれたのかもしれません。
「セシルと婚約するのか……?」
「そうなるのかもしれませんね……」
無茶をして出兵されるのなら、私も受け入れるしかない。
互いが取り決めごとを履行してこその約束なのですから。
「アナ、セシルはやめてくれ……」
私は息を呑んでいました。
なぜなら、ルークは婚約しているのです。もしも、まだ私のことが好きだったとしても、彼に私を止める権利などありません。
「と言われましても、私は約束しましたから。かといって、その頃とは立場が違います。子爵令嬢という下位貴族ですから、相応しくないかもしれませんね」
小国にある異教の上級役職である枢機卿という立場。
国で言うなら公爵家相当の身分だったことを考えると、今の私は平民にも等しい身分です。
スカーレット子爵家に復帰したことにはダンツが大喜びしていましたけれど、社会的な制約はかなり増えたと言わざるを得ません。
「アナは何を考えている?」
「私は世界の安寧を。これは聖女であったからではなく、ずっと目指しているものです。此度はセシル殿下と交渉する必要があっただけ……」
私は真意を語ります。
別に誤解されたとして今さらな話なのですけれど、私には目指す世界があり、それを達成するためには少しですら躊躇しないのだと。
「ルーク殿下には関係のないことですわ。イセリナ様とお幸せに……」
どうしてか私は心にもない言葉を口にして、立ち去ろうとしています。
しかしながら、それは現時点で最も有力な救済の候補です。
イセリナとルーク、そして私とセシルが結ばれたのなら、魔王因子の発現がなくなるのですから。
「失礼いたします」
私は話すことなどないと、この場を後にします。
いつまでも後ろ髪を引かれてはいられない。割り切った人生を送り、私は天命を全うするんだ。
天界の悲願である世界線を再び動かすために……。
別に迷ってはいません。前世で住んでいた場所なんですから。
かといって、今も夢うつつであり、解答を見るはずもない思考を続けています。
「アナ!」
ところが、そんな私を呼ぶ声がします。
しかも、声をかけたのは絶賛妄想中の人。ルーク・ルミナス・セントローゼス第一王子でした。
「ルーク殿下……」
何の用事なのでしょう。私を追いかけてくるなんて。
ひょっとしてフェリクスのうわごとを訂正しに来たのかもしれません。
「今日はありがとう。フェリクスが苦しまずに逝けたのは君のおかげだ」
どうやら感謝を伝えに来ただけみたい。
少しばかり安心しました。先ほどの話を問い詰められたとして、私に答えられる内容はないのです。
私自身も困惑していたのですから。
「いいえ、大したことはできませんでしたけれど……」
本当に痛みを和らげただけ。
必死になって新しい魔法でも構築しておれば、話は違ったかもしれない。
けれど、フェリクスが亡くなることを知っていた私にとって、それは確定事項でしかなくて、今回のような事態は想定できておりません。
少しばかりの沈黙。妙に居心地が悪く感じられましたけれど、ルークが静寂を破って話し始めます。
「スカーレット子爵家に戻ったんだな?」
取り留めのない話です。天気の会話よりも気が利いていない。
ルイ・ローズマリーからアナスタシア・スカーレットに戻ったのはもう一ヶ月も前の話なのです。
「ええ、まあ。でも、ランカスタ公爵家の別邸に住んでおります。イセリナの世話係をしつつ……」
とりあえずイセリナの話をしておけば、この会話も終わるはず。
今さらなのよ。フェリクス殿下が奇妙な夢を見たとしても、現実は何も変わりません。ルークとイセリナは婚約者同士なのですから。
「そ、そうか……。もうカルロ殿下の庇護下にはないってことだよな?」
「ええ、その通りですわ。私の予知によると、カルロ殿下は戦争へ駆り出され、失われる運命。それを回避するために、私は動かねばならなかったのです」
記憶という予知により、私は動いている。
知り得る未来の知識を総動員して、何とか最善を導き出そうと。
「サルバディール皇国とヴァリアント帝国との戦争はサルバディール皇国の敗戦に終わります。カルロ殿下は前線で討ち死にされ、ウィンドヒル皇城は陥落。そのような未来を私は望みません」
絶対に回避してみせる。
この人生の幸せを放棄してまで動いたのですから、カルロだけでも生き残って欲しい。
「カルロ殿下はアナと離れるだけで助かるのか?」
「いえ、そういうわけではありませんわ。戦争に勝つしかカルロ殿下は助かりません。それも早々に決着がつかなければならないのです」
ルークは小首を傾げています。
彼もある程度は知っているのでしょう。小国同士のいざこざであり、力関係は互角であるのだと。
「だからこそ、お願いしたのです。私はこの身を対価として、戦争を半ば強制的に終結させられる権力者に助力を願いました」
「えっ……?」
どうやらセシルはルークに話していないようです。私との約束について。
困惑するルークを見る限り、それは明らかでした。
「セシル殿下に出兵のお願いをしております」
驚愕するルークは何度も顔を振っていました。
戦争を終結させられる強者が多くいるはずもありません。また、それが隣接する強国であるのは彼にも理解できたことでしょう。
「セシル殿下は私が欲しいと仰っておられたので……」
カルロは救われ、世界もまた救われる。
イセリナとルーク、セシルと私。
この組み合わせが最も理想的な未来であり、アマンダ自身が望む形に他ならないのです。
たとえ、その全員が幸せでなかったとしても。
「セシルはその話を受けたのか!?」
「ええまあ。悪魔に魂を売り払ってでも、私が欲しいと殿下は申されておりました。つまるところ、承諾してくれたのだと……」
「いや、セシルにそんな権力はないぞ!?」
声を荒らげるルークですが、私は首を振るだけ。
約束は約束なのです。私は身体を差し出して、セシルは権力を誇示する。
契約の履行はセシルが戦争を終結させられたのなら、成されるはず。
「私はどのようにして出兵なさるのか存じておりません。ただ約束を交わしております。彼が戦争を終結させたのなら、私も約束を果たすだけですわ」
もうルークは首を振ることなく、ただ唇を噛んでいました。
私の決意を分かってくれたのかもしれません。
「セシルと婚約するのか……?」
「そうなるのかもしれませんね……」
無茶をして出兵されるのなら、私も受け入れるしかない。
互いが取り決めごとを履行してこその約束なのですから。
「アナ、セシルはやめてくれ……」
私は息を呑んでいました。
なぜなら、ルークは婚約しているのです。もしも、まだ私のことが好きだったとしても、彼に私を止める権利などありません。
「と言われましても、私は約束しましたから。かといって、その頃とは立場が違います。子爵令嬢という下位貴族ですから、相応しくないかもしれませんね」
小国にある異教の上級役職である枢機卿という立場。
国で言うなら公爵家相当の身分だったことを考えると、今の私は平民にも等しい身分です。
スカーレット子爵家に復帰したことにはダンツが大喜びしていましたけれど、社会的な制約はかなり増えたと言わざるを得ません。
「アナは何を考えている?」
「私は世界の安寧を。これは聖女であったからではなく、ずっと目指しているものです。此度はセシル殿下と交渉する必要があっただけ……」
私は真意を語ります。
別に誤解されたとして今さらな話なのですけれど、私には目指す世界があり、それを達成するためには少しですら躊躇しないのだと。
「ルーク殿下には関係のないことですわ。イセリナ様とお幸せに……」
どうしてか私は心にもない言葉を口にして、立ち去ろうとしています。
しかしながら、それは現時点で最も有力な救済の候補です。
イセリナとルーク、そして私とセシルが結ばれたのなら、魔王因子の発現がなくなるのですから。
「失礼いたします」
私は話すことなどないと、この場を後にします。
いつまでも後ろ髪を引かれてはいられない。割り切った人生を送り、私は天命を全うするんだ。
天界の悲願である世界線を再び動かすために……。
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