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第九章 永遠の闇の彼方

正しき愛

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 屋敷に戻ると、どうしてかカルロがエントランスにいました。

 どうにも落ち着かない。たった今、私を斬り殺した彼がそこにいるのだから。

「えっと、何?」

「いや、馬車が戻ってきたからな。何事かと思って……」

 まあ茶会に行った私が直ぐに帰ってくるとは思わないよね。実際に私は往復しただけなのですから。

「用事が終わったから帰ってきただけよ。恥ずかしい礼服のようなドレスを晒さずに済んだわ」

 少しばかりの皮肉を口にする。

 早く戻ってきた原因に誰かの嫉妬が含まれていると言わんばかりに。

「用事って何だ?」

 問われなければ、伝えなかったでしょう。

 私は人生を懸けてまで、貴方に報いると決めたのだから。

「サルバディール皇国とヴァリアント帝国との紛争。その片付けを依頼してきました」

 当事国の皇太子なのだから説明は不要。彼ならば現状がどうなっているのかくらいは知っているはず。

「片付け? まさかラマティック正教会を巻き込んだんじゃないだろうな?」

「教会が介入するわけないじゃない? 私が依頼したのはセシル王子殿下よ」

 カルロの眉間にしわが寄る。

 やはり第三国がしゃっしゃり出ることは気分の良いものではないようです。しかも、それが隣接する大国であるのだから。

「セントローゼス王国が介入とか馬鹿馬鹿しい。王国からしたら、酔っ払いの喧嘩みたいなものだぞ? 小国に取り入って得られるものなどない」

「まあ、普通なら静観するでしょうね。二国のどちらかがなくなり、一方が吸収したとして、セントローゼス王国に楯突くほどの力はないのですから」

 ここまでの話は私も同じ意見です。けれど、それは報酬がない場合。動く切っ掛けがなかった場合です。

「セシル殿下には協力してくれたのなら、この身を差し出すと伝えております」

「ちょ、お前!?」

 流石にカルロは声を荒らげました。

 私を所有物だと言った彼には受け入れられなかったのでしょう。

「お前は俺の所有物だと言っただろうが!?」

「だからこそですよ。私は貴方を守りたかっただけです」

 私にだって言い分がある。

 決して身勝手な理由ではありません。

「私は知っています。戦争が始まれば、殿下は前線に向かわねばならなくなる。加えて、貴方様はどうあっても戦死する運命なのです」

 カルロの死を回避するには戦争を早々に終わらせるしかありません。

 私が動くと彼もまた動いてしまう。だとしたら、第三者の手を借りるしかないのです。

「俺が死ぬだと?」

「殿下、言っておきますが、私は貴方が知る私ではありません。なぜなら、私はもう三度も死に戻っている。意味がないと知っていたから茶会には参加しなかったのです。貴方が知らないところで、私は何ヶ月も繰り返しているの。どうあっても貴方は戦場へと赴いてしまう。確実に死ぬ運命なのよ」

 八つ当たりするように返してしまう。

 カルロは何も悪くないのに。感情のままに私はぶつけていました。

「だから、セシル殿下にお願いしたのです。貴方を救うには、それしか方法がない。大国の介入でしか未来は変えられないのですから……」

 大きな声を出したからか、少しだけ落ち着きを取り戻せている。

 ムキになって言い合っても意味はない。未来は私だけが知っているのですから。

「また死に戻っているのか? 俺が知らぬ間に……」

「殿下は悪くない。全て私のせいよ。逃げ道を作ろうとして失敗しただけ。貴方に生きていて欲しいのも、自分の居場所がなくなることが怖かっただけだもの」

 ラマティック正教会の枢機卿なんて立場が続くとは思えません。

 カルロの庇護下にあるからこそ、私はその役職に就けているだけなのよ。

「で、お前は自分の居場所を確保しようとして、自分を売ったわけか? 矛盾しているじゃないか?」

「もう諦めたのです。運命は容易に動かない。何しろセシル殿下との婚約は女神アマンダが希望する未来。どうあっても、そこへ帰結するように世界は動いている。それなら、せめて感謝を形にしたいじゃない? 貴方が生存する世界線を望むのは、私だってこのままじゃ悔しいから。少しくらい抵抗したいのよ……」

 セントローゼス王国が介入したのなら、戦争は即刻終結するでしょう。

 とりあえず、その世界線においてはカルロが失われる原因がなくなるはず。彼は戦死する運命にあったわけですから。

「俺はそんな未来を望んでいない……」

「死にたいって言うの?」

 カルロの煮え切らない話に私は問いを返す。

 もしも死にたいのであれば、私がしたことは全部間違っていたことになる。

「そうじゃない。生き残ってもお前はセシル殿下のものになってしまう。そんな未来は生きていても死んでいるのと変わらん」

 カルロは淡々とその理由を口にした。

 私の苦労を少しも加味することなく。

「俺はお前を愛している――」
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