192 / 377
第八章 絶望の連鎖に
聖戦の準備
しおりを挟む
礼拝を終えた私はダミアン大司教に連れられ、元王城であった聖教議会へと赴いています。
昨日、約束を取り付けたままに、マクスウェル聖議長は時間を取ってくれたみたいです。
「ルイ様、先ほどの演説には感動いたしました。まさか、あのような覚悟をもっておられたとは私も予想しておりませんでしたね」
道すがらダミアンが言った。
建前は巡礼の旅に出た聖女ですからね。そう感じるのも無理はないと思います。
「戦争が始まってしまった以上は後手に回らぬようにいたしましょう。マリィと私に助力していただけるのなら、必ずやこの地に安寧をもたらせるとお約束しますわ」
「それは心強い。さあ、こちらです。既にマクスウェル聖議長がお待ちですので」
言って扉を開いてくれる。
小国らしい地味な装飾が施された部屋。
長机の向こう側に座っている人物こそがマクスウェル聖議長なのでしょう。
「マクスウェル聖議長様、お時間をいただき恐縮ですわ」
敵対してはならない。ここは弱腰でも同意を得なければなりません。
壮大な計画が最初の段階で躓くなんて、あってはならないことですから。
私は徐にベールを脱いで、素顔を晒しています。
「ほう、お噂には聞いておりましたが、枢機卿のご尊顔は想像以上ですな。人々を惹き付けるのも頷ける話です」
国のトップであるというのに、腰が低いね。
これなら異様に沸点の低い私でも、きちんとお話できそうだわ。オホホホ。
「いやですわ。私程度の女性はそこら中におります。ですが、同じ志という意味では存在しないかもしれませんわね」
前置きはこれくらいでいいでしょう。少なからず好印象を得られたと思います。
「それで聖議長様、私は帝国の有りように疑問を感じておりますの。どうか、お力添えをいただきとうございます」
即答できるはずもないのだけど、やはり意思表明はしっかりしておかないと。
「ええ、私も先ほどの演説を拝見させてもらいました。由々しき事態であることは承知しております。ただ出兵に関しては議会の賛成を得ないことには難しいでしょう」
「時間は問題ありません。私は最悪の未来さえ回避できれば構わないと考えております。既に戦争は始まってしまいましたし、制止する手立てもございませんので」
「失礼ですが、確認させてください。ルイ様は我が国に滞在されるようですが、サルバディール皇国に加勢しなくてもよろしいので?」
念のためでしょうけれど、マクスウェル聖議長が聞きました。
私の所属は確実にサルバディール皇国なのです。演説でこの地を守るといった私に疑問を感じているのでしょう。
「皇国には加勢いたしません……」
小首を傾げるマクスウェル聖議長。予想していた返答でなかったのは明らかです。
「どうしてでしょう? ルイ様の就任はサルバディール皇家の推薦により成されております。何らかの親交がおありかと考えておりましたけれど?」
「実をいうと、私は皇国の議会員と対立しておるのです。戦争反対と声を荒らげたのですが、結局は開戦してしまった。よって私は彼らまで救うつもりはないのです。現状はラマティック正教会の信徒たちを第一に考えております」
どうあっても議会とは折り合いがつきません。
カルロは議員たちを悪く言いませんでしたが、私はそんなに甘くないの。
「なるほど、そう言った経緯があるのですね。しかし、三つ巴となってしまえば、収まりがつかないのではないでしょうか?」
「問題ありません。私たちラマティック正教会は最小限の被害で最大級の効果を得られることでしょう。私が予知する未来に到達さえできれば……」
「最大級の効果でしょうか?」
疑問が大きくなっているみたいね。
しかし、簡潔に伝えられる内容でしかありません。
「運命はラマティック正教会に傾いております。三国を巻き込んだ戦争はラマティック正教会、つまりはノヴァ聖教国にのみ正義がある。聖教国は三国を統一し、世界を導いていく。それが予知の全貌でございます」
どこまでも逃げてやるわ。私は心の平穏を求め、どこまでも彷徨う。
たとえ嘘で塗り固められた聖域であったとしても構わないのだから。
「聖戦となるのですか?」
「確実に巻き込まれます。ヴァリアント帝国は程なく聖教国の領土へと攻勢を強めるでしょう。二面作戦にて大陸の南東部を制圧するつもりです」
それはコンラッド頼みです。
彼が上手く潜入し、ノヴァ聖教国に攻め込んでくれないことには計画が実行できないのですから。
「確実にそのときが訪れます。僧兵だけでなく、民衆からも意欲のある者を登用し、準備しなければなりません」
「かつて火竜の聖女はこの地を救ったと伝わっております。アンジェラ・ローズマリーの生まれ変わりである貴方様の意向に沿うことができるでしょう」
どうやらラマティック正教会は火竜の聖女アンジェラ・ローズマリーに救われた歴史があるみたい。
私が枢機卿になれたのも、惜しみない協力もアンジェラのおかげなのかもしれません。
笑顔で頷いた私はマクスウェル聖議長に返すのでした。
世界に安寧をもたらせましょう――と。
昨日、約束を取り付けたままに、マクスウェル聖議長は時間を取ってくれたみたいです。
「ルイ様、先ほどの演説には感動いたしました。まさか、あのような覚悟をもっておられたとは私も予想しておりませんでしたね」
道すがらダミアンが言った。
建前は巡礼の旅に出た聖女ですからね。そう感じるのも無理はないと思います。
「戦争が始まってしまった以上は後手に回らぬようにいたしましょう。マリィと私に助力していただけるのなら、必ずやこの地に安寧をもたらせるとお約束しますわ」
「それは心強い。さあ、こちらです。既にマクスウェル聖議長がお待ちですので」
言って扉を開いてくれる。
小国らしい地味な装飾が施された部屋。
長机の向こう側に座っている人物こそがマクスウェル聖議長なのでしょう。
「マクスウェル聖議長様、お時間をいただき恐縮ですわ」
敵対してはならない。ここは弱腰でも同意を得なければなりません。
壮大な計画が最初の段階で躓くなんて、あってはならないことですから。
私は徐にベールを脱いで、素顔を晒しています。
「ほう、お噂には聞いておりましたが、枢機卿のご尊顔は想像以上ですな。人々を惹き付けるのも頷ける話です」
国のトップであるというのに、腰が低いね。
これなら異様に沸点の低い私でも、きちんとお話できそうだわ。オホホホ。
「いやですわ。私程度の女性はそこら中におります。ですが、同じ志という意味では存在しないかもしれませんわね」
前置きはこれくらいでいいでしょう。少なからず好印象を得られたと思います。
「それで聖議長様、私は帝国の有りように疑問を感じておりますの。どうか、お力添えをいただきとうございます」
即答できるはずもないのだけど、やはり意思表明はしっかりしておかないと。
「ええ、私も先ほどの演説を拝見させてもらいました。由々しき事態であることは承知しております。ただ出兵に関しては議会の賛成を得ないことには難しいでしょう」
「時間は問題ありません。私は最悪の未来さえ回避できれば構わないと考えております。既に戦争は始まってしまいましたし、制止する手立てもございませんので」
「失礼ですが、確認させてください。ルイ様は我が国に滞在されるようですが、サルバディール皇国に加勢しなくてもよろしいので?」
念のためでしょうけれど、マクスウェル聖議長が聞きました。
私の所属は確実にサルバディール皇国なのです。演説でこの地を守るといった私に疑問を感じているのでしょう。
「皇国には加勢いたしません……」
小首を傾げるマクスウェル聖議長。予想していた返答でなかったのは明らかです。
「どうしてでしょう? ルイ様の就任はサルバディール皇家の推薦により成されております。何らかの親交がおありかと考えておりましたけれど?」
「実をいうと、私は皇国の議会員と対立しておるのです。戦争反対と声を荒らげたのですが、結局は開戦してしまった。よって私は彼らまで救うつもりはないのです。現状はラマティック正教会の信徒たちを第一に考えております」
どうあっても議会とは折り合いがつきません。
カルロは議員たちを悪く言いませんでしたが、私はそんなに甘くないの。
「なるほど、そう言った経緯があるのですね。しかし、三つ巴となってしまえば、収まりがつかないのではないでしょうか?」
「問題ありません。私たちラマティック正教会は最小限の被害で最大級の効果を得られることでしょう。私が予知する未来に到達さえできれば……」
「最大級の効果でしょうか?」
疑問が大きくなっているみたいね。
しかし、簡潔に伝えられる内容でしかありません。
「運命はラマティック正教会に傾いております。三国を巻き込んだ戦争はラマティック正教会、つまりはノヴァ聖教国にのみ正義がある。聖教国は三国を統一し、世界を導いていく。それが予知の全貌でございます」
どこまでも逃げてやるわ。私は心の平穏を求め、どこまでも彷徨う。
たとえ嘘で塗り固められた聖域であったとしても構わないのだから。
「聖戦となるのですか?」
「確実に巻き込まれます。ヴァリアント帝国は程なく聖教国の領土へと攻勢を強めるでしょう。二面作戦にて大陸の南東部を制圧するつもりです」
それはコンラッド頼みです。
彼が上手く潜入し、ノヴァ聖教国に攻め込んでくれないことには計画が実行できないのですから。
「確実にそのときが訪れます。僧兵だけでなく、民衆からも意欲のある者を登用し、準備しなければなりません」
「かつて火竜の聖女はこの地を救ったと伝わっております。アンジェラ・ローズマリーの生まれ変わりである貴方様の意向に沿うことができるでしょう」
どうやらラマティック正教会は火竜の聖女アンジェラ・ローズマリーに救われた歴史があるみたい。
私が枢機卿になれたのも、惜しみない協力もアンジェラのおかげなのかもしれません。
笑顔で頷いた私はマクスウェル聖議長に返すのでした。
世界に安寧をもたらせましょう――と。
10
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています
悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜
みおな
恋愛
公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。
当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。
どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる