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第八章 絶望の連鎖に
使命と運命
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「何を仰います? 凄くお似合いです。ルイ様の美しい髪色も浮き上がって見えます。僕は貴方様をエスコートしたいと考えているのですよ。どうぞ僕の腕を取ってください」
私は呆然としていました。
心からの願いであったというのに、私の望みは却下されています。
先ほど経験したままの台詞が向けられていました。
(アマンダはどうあっても、この世界線を続けるつもり?)
リセットの仕組みはよく分かっていません。
アマンダが手動で巻き戻しているのなら、レジュームポイントまで戻してくれる可能性もあるのですけれど、自動でリセットされるのであれば、赤子からやり直すのは不可能なのかもしれません。
(もっと早く気付いていたら……)
悔やまれてならない。
ルークが王太子候補から外れた時点で私は自害しておくべきでした。
まあしかし、今となってはです。もう私はこの時間軸からリスタートするしかないみたいです。
(この世界線はどうなっているの……?)
ゲームにおいてセシルルートのライバルにイセリナは含まれていない。
しかし、この世界線のセシルは彼女が気になっていたと話しています。本来ならあり得ない動きを見せていたのです。
(ああいや、滅茶苦茶になった世界線だからか……)
原形を留めない世界線の改変が招いた可能性。もしも正規ルートのままであれば、セシルがイセリナを選ぶなんて未来は存在しなかったはず。
(どのみち私はルークと結ばれないってわけか……)
一人で納得をしていました。
私が滅茶苦茶にしたからこそ、セシルとイセリナの関係に異変が生じただけ。
シナリオの機微にいち早く気付いておれば、ルークルートが開かれた可能性もありました。
かといって、私にチャンスなどなかったのだと理解しています。
「セシル殿下、返り血を浴びたようなボレロを纏った女でよろしいので?」
返り血ではなく自分の血だ。
心から噴き出した血液を浴びた真紅のボレロ。今思うと赤いボレロを選んだのは運命なのかもしれません。
「面白い表現ですね? 黒いドレスを選ばれたことには驚きしかありませんけれど、赤いボレロが映えて、しかも貴方様の髪色にとても似合っていますよ?」
優しい言葉をかけてくれる。
少しばかり自虐的に話したのは間違いかもね。
「殿下、私はもう苦しい思いをしたくない……」
どこか遠いところへ連れて行って欲しい。少しの悩みもない天国のような場所へ。
貴方ならできるんじゃないの? 王子殿下なら可能なんじゃないの?
「ルイ様? どうかされたのでしょうか?」
「殿下は死んだ方がマシって考えたことあります?」
会場ではセシルの到着を待っていただろうに、私は立ち話を続けています。
しかも、意味のない話を。理解できるはずのない問いを投げていました。
「ありますよ……」
ところが、意外にもセシルは同意しています。
王子という恵まれた生活が保証されていた身分であったというのに、死んだ方がマシという状況があるなんて。
「ルーク兄様が王太子候補から外されたときです……」
私は胸に痛みを覚えていました。
その原因は私なのです。浅はかな私の行動によりルークは王太子候補から外されている。
あのときセシルは生きるよりも死にたかったみたいです。
「どうしてです?」
「僕は王太子の器じゃない。なのにリッチモンド公爵が僕を指名したんだ。賛同する貴族たちも大勢いた。それは少しも考えていなかった世界。ルーク兄様は塞ぎ込んでいたし、僕は僕で外圧に耐えられそうにありませんでした」
やはりセシルは気弱な王子殿下のよう。
彼は周囲の期待が高まるにつれ、気後れしていたのでしょう。
「ルーク兄様を推していた貴族たちからは邪険にされ、仲が良かった人たちは離れていきました。その代わりに会話したことすらない貴族が擦り寄ってきたりして本当に困惑したのです。あの頃、王城は真っ二つに割れていて、僕が死ぬことで元通りになるんじゃないかと考えていました」
それは代理戦争と言えるもの。
リッチモンド公爵とメルヴィス公爵がセシルに付き、ランカスタ公爵が落ちぶれるルークの後ろ盾となったのです。
私は外側からしか見ていませんけれど、四大公爵家だけでなく、寄子である貴族たちも真っ二つに分断されていたことでしょう。
「私のせいですね……」
ポツリと漏らす。
私が選んだ世界線は自分だけでなく、周囲にも強い影響を及ぼしていました。
自分だけが不幸だと考えていた私はやはり善人ではない。悪役令嬢の看板そのままの悪人です。
「いいえ、ルイ様の責任ではありません。ルーク兄様が悪かった。加えてセントローゼス王国の政治も悪い。兄弟仲良く国を治めても良いのではないかと僕は考えているのですよ。意見を出し合って王国を導くべきじゃないかと……」
立派だと思う。セシルは王様になりたいとは考えていなくとも、王国のことを考えているんだ。
自分勝手に世界線を動かした私とはまるで異なっています。
「まあ、ルーク兄様の受け売りですけどね? 兄様の春立祭で聞いた話なんです。それ以来、僕は政治について学びました。少しでもルーク兄様の役に立ちたいと……」
「ご立派ですわ。私にはとても真似できません。利己的で独断的な私とは似ても似つかない……」
自分が嫌になる。
この世界はゲームなどではない。独りよがりな行動は誰かにしわ寄せが行く。
自分が不幸にならない道を選ぶのなら、誰かが不幸になるしかない。そうやって世界はバランスを取っているのだから。
「ルイ様、一つお伺いしてもいいでしょうか?」
立ち話が続く。
私としては心が落ち着くまで大勢の中には入りたくありませんし、彼と会話するのは寧ろ好都合でした。
「王国に戻られるおつもりはございますか?」
えっ? どういう意味?
明らかな問いであったものの、前世界線と異なる遣り取りに私は動揺しています。
「王国に戻る……?」
「立ち話でこんなことを口にするのもどうかと思うのですが、僕はその衝動を抑えきれないでいるのです」
世界線が動いていく。
アマンダが望んだままの世界に。
私の感情を加味することなく、まるでビジュアルノベルのように選択肢がないまま進行していました。
「僕の婚約者となってください――」
私は呆然としていました。
心からの願いであったというのに、私の望みは却下されています。
先ほど経験したままの台詞が向けられていました。
(アマンダはどうあっても、この世界線を続けるつもり?)
リセットの仕組みはよく分かっていません。
アマンダが手動で巻き戻しているのなら、レジュームポイントまで戻してくれる可能性もあるのですけれど、自動でリセットされるのであれば、赤子からやり直すのは不可能なのかもしれません。
(もっと早く気付いていたら……)
悔やまれてならない。
ルークが王太子候補から外れた時点で私は自害しておくべきでした。
まあしかし、今となってはです。もう私はこの時間軸からリスタートするしかないみたいです。
(この世界線はどうなっているの……?)
ゲームにおいてセシルルートのライバルにイセリナは含まれていない。
しかし、この世界線のセシルは彼女が気になっていたと話しています。本来ならあり得ない動きを見せていたのです。
(ああいや、滅茶苦茶になった世界線だからか……)
原形を留めない世界線の改変が招いた可能性。もしも正規ルートのままであれば、セシルがイセリナを選ぶなんて未来は存在しなかったはず。
(どのみち私はルークと結ばれないってわけか……)
一人で納得をしていました。
私が滅茶苦茶にしたからこそ、セシルとイセリナの関係に異変が生じただけ。
シナリオの機微にいち早く気付いておれば、ルークルートが開かれた可能性もありました。
かといって、私にチャンスなどなかったのだと理解しています。
「セシル殿下、返り血を浴びたようなボレロを纏った女でよろしいので?」
返り血ではなく自分の血だ。
心から噴き出した血液を浴びた真紅のボレロ。今思うと赤いボレロを選んだのは運命なのかもしれません。
「面白い表現ですね? 黒いドレスを選ばれたことには驚きしかありませんけれど、赤いボレロが映えて、しかも貴方様の髪色にとても似合っていますよ?」
優しい言葉をかけてくれる。
少しばかり自虐的に話したのは間違いかもね。
「殿下、私はもう苦しい思いをしたくない……」
どこか遠いところへ連れて行って欲しい。少しの悩みもない天国のような場所へ。
貴方ならできるんじゃないの? 王子殿下なら可能なんじゃないの?
「ルイ様? どうかされたのでしょうか?」
「殿下は死んだ方がマシって考えたことあります?」
会場ではセシルの到着を待っていただろうに、私は立ち話を続けています。
しかも、意味のない話を。理解できるはずのない問いを投げていました。
「ありますよ……」
ところが、意外にもセシルは同意しています。
王子という恵まれた生活が保証されていた身分であったというのに、死んだ方がマシという状況があるなんて。
「ルーク兄様が王太子候補から外されたときです……」
私は胸に痛みを覚えていました。
その原因は私なのです。浅はかな私の行動によりルークは王太子候補から外されている。
あのときセシルは生きるよりも死にたかったみたいです。
「どうしてです?」
「僕は王太子の器じゃない。なのにリッチモンド公爵が僕を指名したんだ。賛同する貴族たちも大勢いた。それは少しも考えていなかった世界。ルーク兄様は塞ぎ込んでいたし、僕は僕で外圧に耐えられそうにありませんでした」
やはりセシルは気弱な王子殿下のよう。
彼は周囲の期待が高まるにつれ、気後れしていたのでしょう。
「ルーク兄様を推していた貴族たちからは邪険にされ、仲が良かった人たちは離れていきました。その代わりに会話したことすらない貴族が擦り寄ってきたりして本当に困惑したのです。あの頃、王城は真っ二つに割れていて、僕が死ぬことで元通りになるんじゃないかと考えていました」
それは代理戦争と言えるもの。
リッチモンド公爵とメルヴィス公爵がセシルに付き、ランカスタ公爵が落ちぶれるルークの後ろ盾となったのです。
私は外側からしか見ていませんけれど、四大公爵家だけでなく、寄子である貴族たちも真っ二つに分断されていたことでしょう。
「私のせいですね……」
ポツリと漏らす。
私が選んだ世界線は自分だけでなく、周囲にも強い影響を及ぼしていました。
自分だけが不幸だと考えていた私はやはり善人ではない。悪役令嬢の看板そのままの悪人です。
「いいえ、ルイ様の責任ではありません。ルーク兄様が悪かった。加えてセントローゼス王国の政治も悪い。兄弟仲良く国を治めても良いのではないかと僕は考えているのですよ。意見を出し合って王国を導くべきじゃないかと……」
立派だと思う。セシルは王様になりたいとは考えていなくとも、王国のことを考えているんだ。
自分勝手に世界線を動かした私とはまるで異なっています。
「まあ、ルーク兄様の受け売りですけどね? 兄様の春立祭で聞いた話なんです。それ以来、僕は政治について学びました。少しでもルーク兄様の役に立ちたいと……」
「ご立派ですわ。私にはとても真似できません。利己的で独断的な私とは似ても似つかない……」
自分が嫌になる。
この世界はゲームなどではない。独りよがりな行動は誰かにしわ寄せが行く。
自分が不幸にならない道を選ぶのなら、誰かが不幸になるしかない。そうやって世界はバランスを取っているのだから。
「ルイ様、一つお伺いしてもいいでしょうか?」
立ち話が続く。
私としては心が落ち着くまで大勢の中には入りたくありませんし、彼と会話するのは寧ろ好都合でした。
「王国に戻られるおつもりはございますか?」
えっ? どういう意味?
明らかな問いであったものの、前世界線と異なる遣り取りに私は動揺しています。
「王国に戻る……?」
「立ち話でこんなことを口にするのもどうかと思うのですが、僕はその衝動を抑えきれないでいるのです」
世界線が動いていく。
アマンダが望んだままの世界に。
私の感情を加味することなく、まるでビジュアルノベルのように選択肢がないまま進行していました。
「僕の婚約者となってください――」
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