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第七章 光が射す方角

赤い緞帳

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「あの愛こそが私の全てよ……」

 二人は黙り込んでいました。

 だとすれば私は続けるだけ。愚痴のような回顧録を……。

「寿命を全うし、私は天界へと帰りました。使命を遂げたものと考えていたから、私は満足していたと思う。けれど、女神アマンダはやり直しを命じるの。世界がまだ救済されていないと口にして、今度は別人になって第三王子セシル殿下を籠絡しなさいと命令してきたのよ」

 あの時点で断っておくべきだった。

 こんなにも辛い想いをするのなら、エンドコンテンツなど気にすることなく、輪廻へと還るべきだったわ。

「それが今の私。アナスタシア・スカーレットの真実よ。四年やそこらを離れて過ごしたからって、愛する人を忘れると思う?」

 私の問いには二人して首を振っています。

 千年以上を費やして攻略した相手を思う気持ち。彼らにも分かってもらえたような気がする。

「もしも殿下が私を無理矢理にでも手に入れたいのでしたら、命令されればよろしいかと存じます。どうせ私には拒否権などないし、女神アマンダにとっては願ったり叶ったりでしょうから……」

 この先の未来は限定的だ。私には明確に理解できています。

「イセリナでも良かっただなんて話は聞きたくなかった! セシル殿下、貴方がもっと早くから意志を表明してくれていたのなら、私は堂々とルークに告白できた! 貴方を愛していると口にできたのよ!」

 感極まった私は責任を押し付けるかのように、セシルを責めていました。

 優柔不断な態度が私を追い込んだのだと。

「ルイ様……?」

「別に構わないわ。貴方は私に惚れただけ。大国の王子殿下なんだもの。命令すればいいわ。私が欲しいのだと……」

 カルロが反論できなくなった時点で私は詰んでいる。

 このあとはセシルの独壇場に違いない。

 私はサルバディール皇国から呼び戻され、アナスタシアとして妻に迎え入れられるのだろう。

 でもね、私だって意志がある。抗えないと分かっていても伝えたいことがあるのよ。

「私の身体を好きにしたいのであれば、ご自由にどうぞ。しかし、どうか覚えておいてくださいまし……」

 逃げ道がないのなら覚悟するだけだ。

 だけど、仮に袋小路へと追い込まれたとしても、私は私のままでいる。

 私の心は一つだけだ……。

「今ならば誓える。私はこれまでの千年も、これから先の千年もずっと……」

 私は告げた。

 心の底から叫びたくなるような気持ちをそのままに。

「ルークだけを愛してる……」

 心だけは私が決めるの。

 世界を救うために身体を差し出しても、心だけは残す。

 どれほど優しくされようと、どれだけ愛されようとも。

 私が溺れる愛は彼にしか与えられないのだから。


 正直にもう終わりだと思える。

 洗いざらい吐き出した私はこの世界線を続ける気力が失われています。

 辛すぎるよ。こんな世界はあんまりだ。

 もう終わりにしよう。きっと今よりも生きやすい世界があるはずだ。

 何度も涙したこの世界線はこれで終わりにする。

「お、おい、ルイ!?」

 スカートを捲り上げ、内股のナイフを抜いた私にカルロが動揺しています。

 彼は知っているもの。

 当然よね? 愛ゆえに自害した事実を知る彼は私が何を試みようとしているのか分かったはず。

「カルロ、ごめん。もう少しマシな世界になると思ってた。でも駄目だわ。私は弱い人間なの。救われる未来があると知ってしまえば、それを選びたくなってしまう」

 イセリナとルークが婚約するよりも前に戻りさえすればと。まだ彼の愛を手に入れられるのではと。

 言って私は喉を斬り裂いている。

 例によって例のごとく気を失うほどの痛みと、視界が真っ赤に染まっていく様を目撃しています。

 此度は真紅の薔薇など咲いていない。

 まるで真っ赤な緞帳《どんちょう》のよう。

 劇間に下ろされる赤い幕。この三文劇の一幕が終わったことを知らせているみたい。

(どこからでも、やり直してみせるわ)

 行き詰まった世界線ではなく、今度こそ彼を愛するのだと。

 サルバディール皇国からでも、絶対に真実の愛を掴み取ってみせるわ。

 彼の愛に溺れるためだけに――。
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