上 下
176 / 377
第七章 光が射す方角

過去の愛に縋る

しおりを挟む
「前世はイセリナ・イグニス・ランカスタでした……」

 流石にセシルは息を呑んでいます。

 私の愛は想像よりも、ずっと奥深い。心の奥底にまで根を張っているのです。

「イセリナだった前世はルークと結ばれました。私は生涯に亘って愛されていたのです。でも、その世界線でも魔王因子が発現してしまう。セシル殿下、貴方様のひ孫が魔王を産んでしまったのです」

 誰も悪くない。

 全員が愛を求めた結果なのです。強いて言えば攻略に勤しんだ私だけが悪者だったはず。

「だから、やり直しを命じられました。プロメティア世界の時間は再び巻き戻され、私はアナスタシア・スカーレットとして生まれ変わったのです」

「いや、どうしてアナスタシア様になったのです? 僕のお相手をどうこうすれば済む話じゃないのですか?」

 セシルの問いには首を振る。

 もう隠すつもりもありません。私の本心を知ってもらうには洗いざらい告げるしかないのですから。

「それじゃあ駄目。何しろ、ルークも魔王因子を発現させる可能性が高いのです。しかし、イセリナと結ばれた彼は魔王因子を発現させない。それが分かったからこそ、私は別人として生まれ変わりました。魔王因子を発現させる第三王子殿下を何とかするために」

 もうセシルにも分かったかもしれません。

 先に伝えた話ですもの。ルークの相手はイセリナで決まっていたのだと。

「ルーク兄様とイセリナ様の結婚は生まれるよりも前に決まっていたのですか?」

「そうなります。私の人生経験がイセリナには残っている。だから、自然と婚約という形に落ち着いたのだと思います」

 恐らくは正解だと考えられる。

 私のクリアデータを二人共が反映されているんだもの。急に惹かれ合ったとして、何も間違っちゃいないわ。

「それでは女神様が決めた僕の相手とは……」

 もう確定したと思えていたことでしょう。

 何しろイセリナがルークと婚約してくれたのなら、使徒である私はもう一方の攻略が可能となるのだから。

「私です――――」

 誤魔化すつもりはない。

 私は堂々と口にする。拒否しようとしている話は実をいうと女神アマンダが決めた相手であるのだと。

「ルイ様は……使徒なのでしょう?」

 信じられないでしょうが、私は使徒でありセシルの攻略を仰せつかっています。

 けれど、私はそれ以外のルートを選んだ。傍観者という逃げの一手を。

「私自身はセシル殿下と婚約するつもりがないのです。自分の気持ちを偽れない。だからこそ、私は卑怯にも逃げまくっているのですよ。真実の愛を求めることなく……」

 セシルだけでなく、カルロもまた首を振っている。

 使命の重さについて同情したのか、或いは女神の意向を無視しているからか。

「実をいうとイセリナ・イグニス・ランカスタであった時代は千年以上も繰り返していました。あの頃の指示はルークと結婚するだけで良かったのです。使命は楽だったけど、毒殺や刺殺、冤罪での追放や断罪までイセリナの敵は多かったわ。その都度、私は死に戻って同じ時間をやり直しています。だから予知と言えるほど未来を知っているの。あらゆる世界線を経験していたから……」

 何を口走っているのか、自分でも分からない。

 でも、私は余計な事を口にする意志を止められませんでした。

「ようやくルークに見初められたのよ。それでも死に戻りはあった。でもね、私は幸せだったの。ルークに愛されていたから……」

 こんな今も思い出す。

 鬱陶しいほどに纏わり付いてくるルークの姿。面倒にも感じていた時間は現在から考えると至福のときでした。

 愛する人に愛されるだけ。そんな些細な時間は私の中で輝いていたのです。


 だから私は感情をさらけ出す。

 できることなら、セシルが引いてくれはしないかと。

「あの愛こそが私の全てよ――」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

処理中です...