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第七章 光が射す方角
強者と弱者
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ソフィアが去ったことにより、私の周囲には誰もいなくなるはずでした。
再びシャンパンでも飲もうかと考えたそのとき、
「ルイ様、来年度の入学を希望しているリリアと申します!」
私の周囲に人集りができていました。
真っ先に声をかけてきたのは来年度の入学を希望している女の子。彼女はどうしてか目を輝かせています。
「私、ルイ様に憧れているのです! お召しになられているドレス、凄く素敵ですね!」
リリアは私に憧れているといいます。とはいえ喪服的ドレスを褒めるとか冗談にしか聞こえません。
「この会場で一番目立ってますよ! 黒と赤のコントラストがルイ様の髪色にピッタリで感動してます!」
「いや、冷ややかな視線でしょ? みんな遠巻きに見ていたんだし……」
「そんなことありません! 神々しくて近寄って良いのかどうか分からなかったのです! ルイ様は殿下にエスコートされるようなお方ですし」
どうやら感じていた視線の意味合いは思い過ごしのよう。セシルと会場入りしたせいで、孤立していたみたいね。
「ルイ様、俺はタイラー伯爵家の……」
ここからは挨拶が殺到していました。気付けば、集まった五十人という入学希望者に取り囲まれています。
一人ずつ挨拶をするも、みんながドレスを褒めてくれました。苦々しくも感じますけれど、斬新な着こなしは好評を博したみたい。
一時間ほどの交流でした。私は全員と挨拶をし、少しばかり疲れております。
「ルイ様、大人気ですね?」
ここでセシルが近寄って来た。人集りが捌けたところを確認したのかもしれない。
「セシル殿下、からかわないでくださいまし」
「いえいえ、ルイ様はこの会場で誰よりも輝いていますよ」
ふと真顔になってしまう。
どうしてそう思うの? 私よりもセシルやエレオノーラの方に人集りができていたでしょ?
「ルイ様は他のご令嬢とは一線を画する雰囲気をお持ちです。神秘的であり、華やかであり。何しろ火竜の聖女様ですからね。近寄っても構わないのか判断できなかったのでしょう。最初に僕がエスコートしていたことも彼らが二の足を踏んだ理由です」
セシルの分析は先ほどの女の子と同じでした。
私が持つ二つ名が遠巻きに見ていた原因であったみたい。
「僕と挨拶しているのに、ルイ様の話を聞いてきた貴族までいましたからね。第三王子ではルイ様の人気には敵いませんよ」
「ええ? 殿下に私の話を聞くとか、無礼すぎますわね……」
「まあ皆さん、貴方様がいるなんて考えもしていないでしょうし、少しばかり興奮していたのでしょうね。そのようなお美しいお姿を晒しては仕方のないことだと考えます」
クスッと笑ったセシル。鼻筋を掻きながら彼は続けています。
過ぎ去ったはずの世界線を越えて来たかのような話を。
「僕も見惚れていました――」
ふと続けられた話に私は声を失っていました。
どう返事をして良いのか分からない。私はカルロの所有物であり、それ以上も以下もない存在なのだから。
「ルーク兄様がご婚約されたことで、僕も動き出そうと考えているのですよ。まあでも第三王子ですからね。公然と妾を集めたりできませんので、割と頭を悩ませているのです。素敵な人が一人いさえすれば、僕にはそれで充分だ……」
私が返答をしないからか、セシルは語っていく。
自身が何を望むのか。自身が進むべき道とは何かを。
「現状でも気になる人はいたのです。まあですが、本日の茶会は僕の悩みを増幅させております」
それ以上は言わないで。できれば、その言葉を呑み込んで欲しい。
しかし、セシルは最後の台詞まで口にしていました。
「僕とお付き合いしていただけませんか?」
思わず視線を逸らしています。
この茶会にはセシルルートのライバルであるエレオノーラがいたというのに、セシルは私を選ぼうとしている。
花だ蝶だと評価したエレオノーラの話が、今更ながらに冗談ではないと感じられていました。
「私はカルロ皇太子の所有物ですわ」
そう答えるのが精一杯だ。それは傍観者という現状の免罪符でもある。
「知らないのですか? セントローゼス王国は大陸でも屈指の大国なのですよ?」
私が知るセシルはそのような話をしない。彼ならば肩を落として去って行くだけだというのに。
「奪うというのでしょうか?」
「難を逃れたルイ様を保護してくださったのですからね。もちろん相応の対価をお支払いするつもりです。しかし、奪うという意味合いはありません。僕は火竜の聖女を取り戻すだけなのですから」
唖然と頭を振る。セントローゼス王国側から考えると、その思考は成り立つかもしれません。
「僕はイセリナ様にも声をかけていたのです。でも、ルーク兄様が彼女を選んだ。しかし、それは立場的に仕方のないことです。強者が弱者から奪う。第三王子である僕はイセリナ様以外から選ぶ必要があるのですよ」
「理屈は分かりますけれど……」
「分かっているなら了承してください。僕は強者側として弱者側から奪おうとしているだけなのです」
サルバディール皇国はヴァリアント帝国ですら退けられない小国です。
いざこざを抱えている上に、セントローゼス王国と対立するなど考えられませんでした。
「了承しかねます。私は恩義に感じておりますので。せめてサルバディール皇国への恩義を返してからでないと受け入れられませんわ」
「その恩義を返す機会はなくなるのではないかと考えます。どうやら開戦するみたいじゃないですか? 我が国の試算ではサルバディール皇国とヴァリアント帝国は互角。勝っても負けても、ろくな結末にならないことでしょう。貴方様は今のうちに帰るべきです」
既にセントローゼス王国はサルバディール皇国の状況を把握しているらしい。
しかも分析結果まで優秀です。是非とも皇国議会員に聞かせてやって欲しいわ。
「負け戦と分かっていても、今はまだ逃げようと考えておりません。もっとも共に滅びるつもりもありませんけれど」
「どうするおつもりで?」
セシルは頷きながらも問いを返しています。
最終的な行動まで把握しようとしているのかもしれない。
「ソフィア殿下とノヴァ聖教国に亡命するつもりですわ」
流石に予想していなかったのでしょう。セシルは唖然と顔を振っています。
「ノヴァ聖教国がどうして出てくるのでしょう?」
「かの国は皇国と帝国の戦争における勝者だからですわ。加えてラマティック正教会の本部があることも選んだ理由です」
どうか諦めて欲しい。私はセントローゼス王国内にいたくないの。
イセリナとルークの幸せを陰ながら祝福するだけの傍観者でありたい。
しかし、セシルとの会話は続いてしまう。
気分転換にと軽い気持ちで参加した茶会は、想像よりもずっと面倒なものとなっていました。
再びシャンパンでも飲もうかと考えたそのとき、
「ルイ様、来年度の入学を希望しているリリアと申します!」
私の周囲に人集りができていました。
真っ先に声をかけてきたのは来年度の入学を希望している女の子。彼女はどうしてか目を輝かせています。
「私、ルイ様に憧れているのです! お召しになられているドレス、凄く素敵ですね!」
リリアは私に憧れているといいます。とはいえ喪服的ドレスを褒めるとか冗談にしか聞こえません。
「この会場で一番目立ってますよ! 黒と赤のコントラストがルイ様の髪色にピッタリで感動してます!」
「いや、冷ややかな視線でしょ? みんな遠巻きに見ていたんだし……」
「そんなことありません! 神々しくて近寄って良いのかどうか分からなかったのです! ルイ様は殿下にエスコートされるようなお方ですし」
どうやら感じていた視線の意味合いは思い過ごしのよう。セシルと会場入りしたせいで、孤立していたみたいね。
「ルイ様、俺はタイラー伯爵家の……」
ここからは挨拶が殺到していました。気付けば、集まった五十人という入学希望者に取り囲まれています。
一人ずつ挨拶をするも、みんながドレスを褒めてくれました。苦々しくも感じますけれど、斬新な着こなしは好評を博したみたい。
一時間ほどの交流でした。私は全員と挨拶をし、少しばかり疲れております。
「ルイ様、大人気ですね?」
ここでセシルが近寄って来た。人集りが捌けたところを確認したのかもしれない。
「セシル殿下、からかわないでくださいまし」
「いえいえ、ルイ様はこの会場で誰よりも輝いていますよ」
ふと真顔になってしまう。
どうしてそう思うの? 私よりもセシルやエレオノーラの方に人集りができていたでしょ?
「ルイ様は他のご令嬢とは一線を画する雰囲気をお持ちです。神秘的であり、華やかであり。何しろ火竜の聖女様ですからね。近寄っても構わないのか判断できなかったのでしょう。最初に僕がエスコートしていたことも彼らが二の足を踏んだ理由です」
セシルの分析は先ほどの女の子と同じでした。
私が持つ二つ名が遠巻きに見ていた原因であったみたい。
「僕と挨拶しているのに、ルイ様の話を聞いてきた貴族までいましたからね。第三王子ではルイ様の人気には敵いませんよ」
「ええ? 殿下に私の話を聞くとか、無礼すぎますわね……」
「まあ皆さん、貴方様がいるなんて考えもしていないでしょうし、少しばかり興奮していたのでしょうね。そのようなお美しいお姿を晒しては仕方のないことだと考えます」
クスッと笑ったセシル。鼻筋を掻きながら彼は続けています。
過ぎ去ったはずの世界線を越えて来たかのような話を。
「僕も見惚れていました――」
ふと続けられた話に私は声を失っていました。
どう返事をして良いのか分からない。私はカルロの所有物であり、それ以上も以下もない存在なのだから。
「ルーク兄様がご婚約されたことで、僕も動き出そうと考えているのですよ。まあでも第三王子ですからね。公然と妾を集めたりできませんので、割と頭を悩ませているのです。素敵な人が一人いさえすれば、僕にはそれで充分だ……」
私が返答をしないからか、セシルは語っていく。
自身が何を望むのか。自身が進むべき道とは何かを。
「現状でも気になる人はいたのです。まあですが、本日の茶会は僕の悩みを増幅させております」
それ以上は言わないで。できれば、その言葉を呑み込んで欲しい。
しかし、セシルは最後の台詞まで口にしていました。
「僕とお付き合いしていただけませんか?」
思わず視線を逸らしています。
この茶会にはセシルルートのライバルであるエレオノーラがいたというのに、セシルは私を選ぼうとしている。
花だ蝶だと評価したエレオノーラの話が、今更ながらに冗談ではないと感じられていました。
「私はカルロ皇太子の所有物ですわ」
そう答えるのが精一杯だ。それは傍観者という現状の免罪符でもある。
「知らないのですか? セントローゼス王国は大陸でも屈指の大国なのですよ?」
私が知るセシルはそのような話をしない。彼ならば肩を落として去って行くだけだというのに。
「奪うというのでしょうか?」
「難を逃れたルイ様を保護してくださったのですからね。もちろん相応の対価をお支払いするつもりです。しかし、奪うという意味合いはありません。僕は火竜の聖女を取り戻すだけなのですから」
唖然と頭を振る。セントローゼス王国側から考えると、その思考は成り立つかもしれません。
「僕はイセリナ様にも声をかけていたのです。でも、ルーク兄様が彼女を選んだ。しかし、それは立場的に仕方のないことです。強者が弱者から奪う。第三王子である僕はイセリナ様以外から選ぶ必要があるのですよ」
「理屈は分かりますけれど……」
「分かっているなら了承してください。僕は強者側として弱者側から奪おうとしているだけなのです」
サルバディール皇国はヴァリアント帝国ですら退けられない小国です。
いざこざを抱えている上に、セントローゼス王国と対立するなど考えられませんでした。
「了承しかねます。私は恩義に感じておりますので。せめてサルバディール皇国への恩義を返してからでないと受け入れられませんわ」
「その恩義を返す機会はなくなるのではないかと考えます。どうやら開戦するみたいじゃないですか? 我が国の試算ではサルバディール皇国とヴァリアント帝国は互角。勝っても負けても、ろくな結末にならないことでしょう。貴方様は今のうちに帰るべきです」
既にセントローゼス王国はサルバディール皇国の状況を把握しているらしい。
しかも分析結果まで優秀です。是非とも皇国議会員に聞かせてやって欲しいわ。
「負け戦と分かっていても、今はまだ逃げようと考えておりません。もっとも共に滅びるつもりもありませんけれど」
「どうするおつもりで?」
セシルは頷きながらも問いを返しています。
最終的な行動まで把握しようとしているのかもしれない。
「ソフィア殿下とノヴァ聖教国に亡命するつもりですわ」
流石に予想していなかったのでしょう。セシルは唖然と顔を振っています。
「ノヴァ聖教国がどうして出てくるのでしょう?」
「かの国は皇国と帝国の戦争における勝者だからですわ。加えてラマティック正教会の本部があることも選んだ理由です」
どうか諦めて欲しい。私はセントローゼス王国内にいたくないの。
イセリナとルークの幸せを陰ながら祝福するだけの傍観者でありたい。
しかし、セシルとの会話は続いてしまう。
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