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第七章 光が射す方角

思わぬ出会いが

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 セシルとエレオノーラの挨拶が終わったあと、懇親会という茶会が始まりました。

 全員が遠巻きに私を見ている。恐らく場違いな色合いのドレスを着た私を揶揄しているのでしょう。

「居たたまれないわ……」

 茶会は座って歓談するものから、立食形式であったり様々です。

 懇親会という名目がある此度の茶会は多くの人と話をしてもらう場であります。従って立食となっているのですが、そのせいで私は完全に孤立していました。

「まいったな。気分転換どころか完全にストレスだわ……」

 ルークが参加していないのは幸いでしたが、エリカもイセリナもオリビアもいません。近しい人が一人もいないのであれば、孤立した現状も頷けるというもの。

 こうなったらやけ酒です。ヘベレケになるまでお酒を呑んで帰ってやりましょう。

 周囲を見ていると、やはりセシルの周辺には人集り。エレオノーラも流石の人気です。来年度の入学希望者たちは主に二人への挨拶待ちとなっています。

「他国の要人には用事ないってね」

 駄洒落まで口にする始末。何杯目かのシャンパングラスを受け取ったそのとき、

「ルイ様はお酒がお好きなんでしょうか?」

 私は話しかけられていました。

 かといって、知らない声。非常に残念なドレスを身に纏い、加えて飲んだくれる女に声をかける勇気を持つ者がこの場にいるなんて。

 振り返る私はあっと声を上げてしまう。

 そこにいたのはまだ幼い容姿をした女の子。来年度の入学希望者でした。

「ソフィア姫殿下!?」

 私に気遣うように声をかけたのはカルロの妹です。ソフィア・サルバディール皇女殿下に他なりません。

「どうしてここに? ああいや、お屋敷にもお顔を出してくださいまし!」

 既に中等学校へ留学中のソフィアなのですが、どうしてか皇国が買い付けたお屋敷ではなく、宿に住まわれています。

「いえ、屋敷にはお兄様が来るなと仰るもので……」

 あの俺様野郎は何を考えているのだろう。

 成り上がりの枢機卿と他国の令嬢が泊まっているというのに、皇女殿下をないがしろにするなんて。

「申し訳ございません! 何なら、私とイセリナは他に泊まりますので、今晩から屋敷の方にお泊まりくださいませ!」

「ああいえ! ルナレイクの宿はとても素晴らしいので問題ありませんわ。ルイ様にはご挨拶をとお伺いした次第です」

 ソフィアは何てできた妹なのでしょう。

 セシルルートにおける最強のライバルであり、エレオノーラと同じく主人公エリカの前に立ち塞がる人物でした。

「ルイ様はどうして懇親会に?」

「ちょっとした気分転換ですわ。いつもは外出すらままなりませんので」

「あら、お兄様ったら、相変わらず束縛が過ぎますのね?」

 ええ、そうですと言いかけたところで、私は苦笑い。

 皇太子殿下カルロの悪口を姫殿下に話すわけにもならないのだと。

「それで姫殿下は私に何用でしょう? 交流を深めるべき方が私の他にいらっしゃるはずですけれど……」

 私の問いに少しばかり周囲を気にするようにしてから、ソフィアが続けます。

「実はルイ様に帰国して欲しいのです……」

 それは思わぬ話でした。皇女殿下が私の帰国を望んでいるだなんて。

 確かラマティック正教会は私の慈善活動を評価しているという話でしたが……。

「わけを伺っても?」

「実は……、皇国の戦争を止めていただきたいのです……」

 ゲームにおいてソフィアは王国への亡命を選ぶ。戦争に参加したカルロとは全く別の道を歩むことになります。

 わざわざ私に帰国を促す理由。考えるまでもありません。

「私に議会の暴走を止めてくれと?」

「ルイ様だけが頼りなのです。かつて、ルイ様は堂々と意見なさったと伺っています。貴方様の予知がどこまで見えているのか。それも知りたく存じます」

 やはりソフィアは皇国を憂えているのね。心優しき皇女殿下。しかし、貴方の望みが叶うことはありません。

「私が戻ったとして、議員たちは何も聞いてくれませんよ? 私とて戦争の無意味さを伝えたつもりです。しかし、あれから三年以上も帝国と睨み合っています。戦って負けるくらいしか、彼らを考え改めさせることなどできないでしょう」

「お教えください! サルバディール皇国はどういった運命を辿るのでしょうか!?」

 ソフィアも薄々と訪れる未来を予感しているのかもしれない。

 覚悟ができているのなら伝えておきましょうか。私は皇国の行く末を語ることにしました。

「サルバディール皇国は滅亡します」

 私の話に息を詰まらせるソフィア。予言者である私の話は想像以上であったと思われます。

「滅亡……ですか?」

 私は知る限りの歴史を伝えている。当初の試算よりも長引いた戦争から、兄であるカルロの討ち死にまで。

「現状では回避できないかと存じます。来月辺りでしょうか。議会との間に入っていたグレン大臣が急死するや、戦争が勃発してしまうのです」

 歪みきった世界線でどこまで現実になるのか分からない。けれど、私は正確に伝える。

 この姫君が正しい選択を終えられるように。

「ルイ様はどうなさるのでしょうか?」

 ここで質問の方向性が変わりました。皇国の行く末を知ったというのに、彼女は私の意見を求めているみたい。

「私は恩義に報いたいと考えておりますわ。しかし、無駄死にしようとは考えておりません。早々に皇国を去り、ノヴァ聖教国へと落ち延びようと考えております」

 このような話はオフレコであったとしても許されないでしょう。けれど、私は全てを伝えていました。

 勇気をもって話しかけた皇女殿下に嘘などつけないと。

「どうしてノヴァ聖教国に?」

「ラマティック正教会の本部があるだけでなく、この戦争における勝者は帝国でも皇国でもなくノヴァ聖教国だからですわ」

 呆然と頭を振るソフィア。けれども、信じられないような話を彼女は受け入れているかのよう。

「ルイ様、もしもそのときが来ましたら、同行させていただいてもよろしいでしょうか?」

 意外なソフィアの台詞に私は驚かされていました。

 私は選択肢を与えてしまったのかもしれない。セントローゼス王国への亡命以外に道があることを彼女に伝えてしまった。

「どういうことでしょう?」

「貴方様はきっと何かお考えがあるはずです。セントローゼス王国内での慈善活動ですら、何らかの予知に基づいた行動だと聞いております。マグヌス教皇様は貴方様の行動が全て予知によるものだと話されていました」

 あの爺さん余計なことを……。

 まあしかし、ここは了承しておきましょうか。

「その未来が到来したならば、姫殿下をお連れしましょう」

「ルイ様、ありがとうございます。最後までサルバディール皇国を見捨てないでください。できれば帰国して欲しいという話はご検討いただければと存じます」

「承知しました。七月からの長期休暇は皇国へ戻ることにしましょう。恩義に報いるため、売国奴たちとの戦いを始めさせてもらいます」

 気が進まないけれど、やはり私は議会と対立しなければなりません。

 戦争には反対であったことを明確にしておきませんと、敗戦後に立場が悪くなってしまいますし。

「よろしくお願いいたします」

 言ってソフィアは去って行く。寂しげなその背中を私はジッと見つめていました。

 きっとソフィアは私と同じだ。

 抱えきれない絶望をその身に背負っている……。
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