青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第七章 光が射す方角

蛹から蝶に

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 イセリナとルークが席を立ったあと、私は着席したまま呆けていました。

 既にオリビアは迎えが来たので、喋る相手がおりません。

(何とも理解が及ばないね……)

 突然、ルークがイセリナを呼び寄せるなんて。それは少しですら予感していないことでした。

「少しいいかしら?」

 ここで私は意識を戻しています。

 どうしてか目の前には立派なドレスを着込んだ女性が立っています。

「エレオノーラ様?」

 現れたのはクレアフィール公爵家のエレオノーラでした。

 この世界線において、彼女と話をした記憶はありません。また前世を含めても殆ど関わりのない人です。

 なぜなら、彼女はセシルルートのライバル令嬢であり、ルークを狙っていた私には接点がありませんでした。

「昨日はお疲れさまです。少しばかりルイ様に興味が湧きまして、お話しさせていただこうかと……」

 確かに昨日はお疲れでしたけれど、何の用なのでしょうかね。

 彼女もまたレセプションパーティーに出席していたでしょうが、私は一言も会話していないのですけれど。

 頷く私にエレオノーラが続けます。

「朝食の折り、お兄様がルイ様の話をしていたのです……」

 えっと、アルバートは本気なのでしょうか。

 ご家庭でも私の話をしているところをみると、冗談ではないように感じます。

「クレアフィール公爵家はサルバディール皇国との絆を深めたいのでしょうか?」

 元々、クレアフィール公爵家はサルバディール皇国との関わり合いが強い。

 エレオノーラはカルロルートでもライバル令嬢ですし、セントローゼス王国の貴族では最大級の貿易量を誇っています。

 近年になってランカスタ公爵家が関わりを強化していることもあり、皇国における重鎮の一人である私に白羽の矢が立ったのかもしれません。

「確かに事情はありますけれど、別にお兄様が国外の方を娶る必要はありませんわ。お兄様もそろそろお相手をと考えられたところに貴方様が現れただけかと……」

「いや、貴族院に入ってから一ヶ月も経過していますよ? 学年は違いますけれど、唐突すぎませんか?」

 お付き合いならばともかく、婚約になると非常にややこしい。

 他国であるだけでなく、ラマティック正教会は分派しているとはいえ独立した教会なのです。

 マグヌス教皇に願うだけでなく、教会への莫大な寄付なども求められるはず。加えて、私にはサルバディール皇家の息がかかっています。

 関わりの深いクレアフィール公爵家でも一筋縄ではいかないことでしょう。

「うふふ、意外と鈍感ですのね? 強烈な印象を与えたじゃないですか? 偶然目にしたそれは心に焼き付いたことでしょう。わたくしは様々なパーティーへ参加しましたけれど、入場口付近で行列を作った女性は貴方様しか知りませんわ」

 やはり昨日のレセプションパーティーが原因です。ミランダに絡まれたことも、アルバート貴院長に言い寄られていることも。

「その修道服。貴方様は隠れるように過ごされています。枢機卿である事実以外に理由があるのでしょうか?」

 エレオノーラがこれ程までに興味を持っているのはどうして?

 アルバートが私の話をしていただけで、問いを続けてくるなんて。

「修道女であるだけですわ」

 悩む必要のない質問です。私はラマティック正教会に所属する修道女であるだけ。従って修道服を身に纏っています。

「ご存じありませんか? 貴族院は身分を差別しない公平な学び舎だということを」

「それは建前ですわ。今朝もミランダ様が圧力をかけられていたことをご存じありませんか?」

 私は問いを返しています。

 貴族院は確かに身分を気にすることなく学ぶことを定めておりますが、そもそも平民が学ぶにはハードルが高すぎるし、実際に上位貴族ばかりなのです。

 よって私には綺麗ごとであるとしか思えません。

「建前であったとしてもですわ。貴方様は決められてもいないことに縛られている。貴族院にて修道女は修道服を着るという決めごとなどないというのに」

 一体何が目的なんでしょう。

 エレオノーラの真意が掴めない私は本当の理由を口にすることにしました。

「カルロ殿下に修道服の着用を義務付けられただけですわ……」

 私の返答にエレオノーラは少しばかり笑みを浮かべています。面白い内容などなかったと思いますけれど。

「ルイ様はカルロ殿下についてどう思われているのでしょう? 助けてくれた人に恩義を感じている? それとも皇太子殿下に惚れている?」

「別に何とも思っていないですわ。私は彼の所有物に過ぎませんので。彼が命令する通りに動く人形です」

 いつまでこの問答が続くのか。イセリナを待っているのは確かですけれど、面倒にも感じています。今世における私は傍観者でしかないのですから。

 私が語った内容に満足したのか、エレオノーラは小さく頷きを返しました。

「知ってます? 蝶は蛹という醜い殻を破り、美しきその姿を露わにします。更には美しさを見せつけるように宙を舞うのです。咲き乱れる花々でさえも脇役に追いやり、自由に飛びまわっては主役を演じますの……」

 饒舌に語るエレオノーラ。長々とした話ですけれど、言わんとする内容は推し量れています。

 しかし、私は返答も問いも返しませんでした。

 けれど、エレオノーラは気にすることなく、自身の主張を続けます。

「昨夜の貴方様はまさに蝶でしたわ……」
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