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第七章 光が射す方角

過去の人を想う

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「大好きだった人がいた……。でも、俺は彼女を傷つけてしまったんだ。彼女が王国を去った理由はリッチモンドの謀略があったらしいけど、少なくとも俺の行為は原因の一つだと思っている」

 ルークは語っていく。

 大好きな人を傷つけたこと。取り返しのつかない事態にまでなってしまったことを。

「ルーク兄はそれでいいの?」

「彼女はずっと隠れていたら良かったというのに、俺のために声を上げてくれたんだぞ? 王太子候補として失格者の烙印を押された俺を救ってくれたんだ。酷く傷つけた俺のことなんか、忘れてしまいたかっただろうに……」

 彼女は火竜の聖女だと付け足す。

 完全に未来が途絶えていた自分に光を届けてくれたのだと。

「もうサルバディール皇国の皇太子が彼女の世話をしている。今さら俺がどうこうできるはずもない。国際問題にまで発展するのなら、俺を救ってくれた意味がなくなってしまう。もう俺が言い寄ることはない。彼女に近付いてはならない……」

 ルークは自分を戒めていた。

 せっかく王太子候補として復帰できたのだ。全ては彼女が声を上げてくれたおかげ。

 国際問題を起こして台無しになどできないのだと。

「そんな大ごとにはならないと思うけどね。じゃあ、セシルはどう思うの?」

 今度はセシルに聞いた。

 火竜の聖女について少しだけ知っていたフェリクスは興味を持ったらしい。

「アナスタシア様は凄く素敵な女性です。カルロ殿下の庇護下になかったのなら、僕も興味がありました」

「カルロ殿下に聞いてみた? セシルが好きなんだったら、話してみればいいのに」

 フェリクスはセシルの背中を押す。

 聖女とも言われる女性で容姿端麗とあらば、セントローゼス王国のためになるのではないかと思って。

「もう、やめろ!!」

 ところが、フェリクスの問いは回答を得ることなどなかった。

 声を荒らげたルークに、もう質問を加えられないでいる。

「すまん。アナの話はしないでくれ。頼む……」

 セシルとフェリクスは心情を慮っていた。

 今もまだ苦悩しているのだと。大好きだったと聞いたあとで、続ける話題ではないと気付く。

「ぼ、僕はイセリナ様とダンスをしたんだ!」

 ここでセシルが話題を変えた。

 アナスタシアの話を続けないためだけに。自身が本日経験した最高の話題を口にしている。

「ランカスタ公爵家の? 彼女はさぞかし美人に成長したんだろうね?」

 フェリクスもセシルの話に乗っかっていた。

 イセリナの話なら問題はないだろうと。ようやくルークが笑みを見せる。彼も二人の気遣いを分かったからだ。

「イセリナは確かに美人だが、追加課題をもらうほど馬鹿だぞ?」

「別に良いじゃないですか? 僕は別に国政を任される立場ではないですし。話してみると面白い方でした。エレオノーラ様やミランダ様とは違いますね」

「んん? セシルは公爵家のご令嬢を制覇したの?」

 フェリクスが興味津々に聞く。

 上がった名前はいずれも同年代の公爵令嬢だ。全員をダンスに誘ったのかと気になってしまう。

「基本的に僕は壁際でしたから。行列を見ながら、全員にダンスを申し込みました。まあ、並ぶことなく手を取っていただけましたけれど……」

「おいセシル、それは卑怯だぞ? 時間切れで踊れなかった者たちの恨みを買うはず」

 順番を待たなかったセシルにルークがチクリと。

 またセシルが踊った相手は全員が王家の嫁として相応しい格を持っている。

 その話を是非とも聞きたいと思う。

「品定めではありませんが、僕は僕なりに動いているだけなのですよ。でも、兄様が決めてくれないと、僕は最終的な結論を出せないのです」

 第一王子であるルークが相手を決めてくれないとセシルは動きにくい。

 ただでさえ庶子である彼は割と気を遣っているようだ。

「まあ、それな。迷惑をかける。まあでも、俺なりに整理もできているんだ。過去の想いは胸の奥深くにしまったつもり……」

「じゃあ、セシルはルーク兄が誰を選べばいいと考えているの?」

 フェリクスに悪気はなかった。

 しかし、ルークにとっては悪意そのものである。自身の婚約が遅れているのは分かっていたけれど、彼はようやく一つの恋に区切りをつけたばかりなのだ。

「やはり家格は重視した方が良いかもしれないです。貴族会は危うい状況ですし……」

 つい最近までセシルが筆頭格であったのだ。リッチモンド公爵とメルヴィス公爵が彼を王太子として担ぎ上げていたから。

「まあそれな。セシルには迷惑をかけた。クレアフィール公爵以外はもう明言してしまったんだよな……」

 既にリッチモンド公爵は断罪処分とされている。残る三つの公爵家のうち、メルヴィス公爵がセシルを推し、ランカスタ公爵がルークの側についた。詰まるところ、クレアフィール公爵が誰を選ぶのかどうかで貴族界の意見は決定することになる。

「兄様がいち早く決められることを僕は望んでいます。相応しいご令嬢を選んでいただければと思います」

「じゃあ、はやりルーク兄は公爵家から選ぶべきだね。気に入った女性は側室で迎えたら良いよ」

 フェリクスは軽く言った。

 確かに王太子になったのなら、側室を迎えたとして批判はでないはず。王家の血を残すことを前提としたそれは歴とした政策の一つであったのだから。

「公爵家から選ぶといっても、ほぼ一択じゃねぇかよ……」

 セシルを推しているメルヴィス公爵家からは選べない。現状でルークが指名するとすれば、苦境にあった頃に支持してくれたランカスタ公爵家しかなかった。

「イセリナ様は面白い方でしたよ? 勉強は苦手かもしれませんけれど、僕はとても好感が持てました。兄様が他を選ばれるのなら、僕が手を挙げたいくらいです」

 実際、イセリナの評判は悪くなかった。

 容姿は語るまでもなく、悪い噂も聞かない。貴族院での学業成績や怠惰な日常は表まで出て来ない話なのだから。

「まあ、そうだな……」

 ルークは新しい人生を模索し始めたばかり。しかし、悩んでいた時間にタイムリミットが近付いていることを知る。

 自身の好みだけでなく、王家というものを考えねばならない。特にやらかした経験があるのだから、物議を醸すような相手を選べるはずもなかった。

 大国であるが故に、気持ちだけで決めるなんてできやしない。
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