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第七章 光が射す方角
アルバート貴院長
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新入生の紹介が終わったあと、ダンスや歓談が始まりました。
カルロはご令嬢たちのダンス攻勢にあっており、私は会場の隅でエリカと談笑しています。
「ルイ様、私に気を遣わないでくださいまし」
ふとエリカが言った。
それはこっちのセリフだっての。会場にはセシルも来ているのだし、ダンス待ちの列に並んできたらいいのに。
「私は余所者ですから。大人しくしておくのが最善なの。色々と角が立ってはややこしいからね」
「いやでも、殿方の視線がつらいです……」
えっ? 確かにチラリチラリとした視線を感じるけれど、それは物珍しいからよ。
「ドレス姿が珍しいからね。そのうち視線もなくなるから」
「そうでしょうか。試しに向こう側まで歩いてみては如何でしょう?」
壁際にいるご令嬢は誘わないという暗黙の了解があります。
男性たちの視線は壁際を離れる私待ちだとエリカは考えているようです。
「じゃあ、あの執事からドリンクを貰ってくるよ……」
「踊らないのでしょうか?」
「だって誘われないもの……」
イセリナならばともかく、私はアナスタシアです。
ファニーピッグのアナスタシアが親しくもない男性に誘われるはずがありません。
私がエリカの側を離れるや、
「ルイ様、どうかお手を!」
誰かも分からない男性に私は誘われていました。
唖然としたのも束の間、次々と手が差し伸べられています。
「えっと……」
まるで予想していなかったので、困惑するしかありません。
どうしようかと悩んでいたところ、
「諸君、悪いが最初は私がお相手して頂く」
割り込んできた手が強引に私の腕を掴んでいました。
「アルバート貴院長様!?」
私の手を強引に取ったのは貴院長アルバート・ゼファー・クレアフィールでした。
クレアフィール公爵家のご長男が相手では流石に腕を伸ばしていた数も減り、遂には全員が後退りしています。
実をいうと、アルバートは前世でシャルロット王女殿下の旦那様です。
イセリナだった私とは毎日顔を合わすような仲だったのですけれど、どうしてか此度は私の手を取っています。
「ルイ君、やはり皆が君に興味を持っているようだ。まあそれは私もなんだがね」
眩しい笑顔を見せながら、アルバートは手の甲にキスをしています。
こうなると逃げられません。拒否しなかった私は彼のダンスパートナーを最低一曲は付き合わねばなりませんでした。
「では一曲だけ……」
「素敵な夜になるといいな。ドレス姿の君に雷が落ちたのは私だけではないはずだ。二年生にはフィアンセがいない者も多数いる。今宵くらいは夢を見させてやってくれ。麗しき青のお姫様……」
私は修道女です。
間違ってもお姫様ではありませんでしたけれど、アルバートはそんな風に言いました。
「物珍しいだけですわ……」
「ふはは、最初に踊るパートナーを珍妙さで選ぶ男がいるもんか。私とのダンスが終わるときを全員が待っているだろうさ」
本命を最初に誘う。それは慣例でありましたけれど、本当にそんなことになるのか疑問です。
私は年齢不相応な落ち着き払ったドレスを着ていたのだし。
「このドレスは可笑しくありませんか?」
思わず聞いてしまう。華やかさに欠けはしないかと。
「そんなことは気にならない。なぜなら、君のご尊顔を初めて見るものが殆どだ。聖女としての噂は知っている。容姿まで優れているのなら、並んででもアピールしたくなるだろう」
実をいうと私はアルバートが苦手でした。
ゲームでの印象は悪くなかったのですけれど、どうにも現実の彼は俺様すぎて好感を抱けないのです。
「誰もドレスを見ていないの?」
「地味なドレスは君自身を引き立たせているだけ。私も誘わずにいられなかったからね。それよりカルロ殿下との関係が知りたい。このまま突き進んでいいものかどうか分かりかねるのでな……」
アルバートは考えていたよりも、ずっと積極的でした。ゲームでは攻略済みでしたが、割と苦労したのを覚えています。
だというのに、今世では出オチだなんて思いもしないことですね。
「カルロ殿下のことは別に……。でも、行く当てのない私を迎え入れてくれました。彼は私を所有物だと話しておりますし、それ以上でもそれ以下でもありませんわ」
私の返答にアルバートは顔を振った。
所有物という酷い言葉が受け入れられない感じです。
「とにかく踊ろうか」
彼のリードでダンスが始まります。やはり公爵家のご長男。今までに踊った誰よりも上手だと思います。
下手くそなルークの相手をするよりも、ずっと楽しい時間を私は過ごせていました。
「最初のパートナーになってくれてありがとう。楽しかったよ」
一曲目が終わったあと、意外にもアルバートはダンスを打ち切るみたい。
同じ相手と二曲踊ることはザラにあったというのに、もう彼は私の手を離しています。
(あれ? 何かマズったかな?)
執着されないのは楽だけど、どうなってんの?
「何か失礼をしてしまいましたか?」
思わず問いを返した私でしたが、どうやら私のやらかしではないみたい。
アルバートが一曲で打ち切った理由は別のところにありました。
「後ろを見てご覧よ。流石に独り占めするのは憚られてしまう。これでも私は貴院長だからね。横暴だと非難されてしまうよ」
笑って話すアルバートに小首を傾げながら、彼が指さす方を振り返りました。
「えっ?」
私がいた場所は会場の入り口付近です。
パートナー待ちの上位貴族や二年生は慣例として壇上に近い花形のエリアに陣取っていまして、下位貴族や一年生の居場所は楽団から離れた入り口周辺なのです。
また往々にしてダンス待ちの行列ができるのは王家や高貴な方ですので、必然的に花形エリアにだけ長い行列が生まれます。
しかしながら、入り口付近にある行列。
意図せず私は主役になろうとしていました……。
カルロはご令嬢たちのダンス攻勢にあっており、私は会場の隅でエリカと談笑しています。
「ルイ様、私に気を遣わないでくださいまし」
ふとエリカが言った。
それはこっちのセリフだっての。会場にはセシルも来ているのだし、ダンス待ちの列に並んできたらいいのに。
「私は余所者ですから。大人しくしておくのが最善なの。色々と角が立ってはややこしいからね」
「いやでも、殿方の視線がつらいです……」
えっ? 確かにチラリチラリとした視線を感じるけれど、それは物珍しいからよ。
「ドレス姿が珍しいからね。そのうち視線もなくなるから」
「そうでしょうか。試しに向こう側まで歩いてみては如何でしょう?」
壁際にいるご令嬢は誘わないという暗黙の了解があります。
男性たちの視線は壁際を離れる私待ちだとエリカは考えているようです。
「じゃあ、あの執事からドリンクを貰ってくるよ……」
「踊らないのでしょうか?」
「だって誘われないもの……」
イセリナならばともかく、私はアナスタシアです。
ファニーピッグのアナスタシアが親しくもない男性に誘われるはずがありません。
私がエリカの側を離れるや、
「ルイ様、どうかお手を!」
誰かも分からない男性に私は誘われていました。
唖然としたのも束の間、次々と手が差し伸べられています。
「えっと……」
まるで予想していなかったので、困惑するしかありません。
どうしようかと悩んでいたところ、
「諸君、悪いが最初は私がお相手して頂く」
割り込んできた手が強引に私の腕を掴んでいました。
「アルバート貴院長様!?」
私の手を強引に取ったのは貴院長アルバート・ゼファー・クレアフィールでした。
クレアフィール公爵家のご長男が相手では流石に腕を伸ばしていた数も減り、遂には全員が後退りしています。
実をいうと、アルバートは前世でシャルロット王女殿下の旦那様です。
イセリナだった私とは毎日顔を合わすような仲だったのですけれど、どうしてか此度は私の手を取っています。
「ルイ君、やはり皆が君に興味を持っているようだ。まあそれは私もなんだがね」
眩しい笑顔を見せながら、アルバートは手の甲にキスをしています。
こうなると逃げられません。拒否しなかった私は彼のダンスパートナーを最低一曲は付き合わねばなりませんでした。
「では一曲だけ……」
「素敵な夜になるといいな。ドレス姿の君に雷が落ちたのは私だけではないはずだ。二年生にはフィアンセがいない者も多数いる。今宵くらいは夢を見させてやってくれ。麗しき青のお姫様……」
私は修道女です。
間違ってもお姫様ではありませんでしたけれど、アルバートはそんな風に言いました。
「物珍しいだけですわ……」
「ふはは、最初に踊るパートナーを珍妙さで選ぶ男がいるもんか。私とのダンスが終わるときを全員が待っているだろうさ」
本命を最初に誘う。それは慣例でありましたけれど、本当にそんなことになるのか疑問です。
私は年齢不相応な落ち着き払ったドレスを着ていたのだし。
「このドレスは可笑しくありませんか?」
思わず聞いてしまう。華やかさに欠けはしないかと。
「そんなことは気にならない。なぜなら、君のご尊顔を初めて見るものが殆どだ。聖女としての噂は知っている。容姿まで優れているのなら、並んででもアピールしたくなるだろう」
実をいうと私はアルバートが苦手でした。
ゲームでの印象は悪くなかったのですけれど、どうにも現実の彼は俺様すぎて好感を抱けないのです。
「誰もドレスを見ていないの?」
「地味なドレスは君自身を引き立たせているだけ。私も誘わずにいられなかったからね。それよりカルロ殿下との関係が知りたい。このまま突き進んでいいものかどうか分かりかねるのでな……」
アルバートは考えていたよりも、ずっと積極的でした。ゲームでは攻略済みでしたが、割と苦労したのを覚えています。
だというのに、今世では出オチだなんて思いもしないことですね。
「カルロ殿下のことは別に……。でも、行く当てのない私を迎え入れてくれました。彼は私を所有物だと話しておりますし、それ以上でもそれ以下でもありませんわ」
私の返答にアルバートは顔を振った。
所有物という酷い言葉が受け入れられない感じです。
「とにかく踊ろうか」
彼のリードでダンスが始まります。やはり公爵家のご長男。今までに踊った誰よりも上手だと思います。
下手くそなルークの相手をするよりも、ずっと楽しい時間を私は過ごせていました。
「最初のパートナーになってくれてありがとう。楽しかったよ」
一曲目が終わったあと、意外にもアルバートはダンスを打ち切るみたい。
同じ相手と二曲踊ることはザラにあったというのに、もう彼は私の手を離しています。
(あれ? 何かマズったかな?)
執着されないのは楽だけど、どうなってんの?
「何か失礼をしてしまいましたか?」
思わず問いを返した私でしたが、どうやら私のやらかしではないみたい。
アルバートが一曲で打ち切った理由は別のところにありました。
「後ろを見てご覧よ。流石に独り占めするのは憚られてしまう。これでも私は貴院長だからね。横暴だと非難されてしまうよ」
笑って話すアルバートに小首を傾げながら、彼が指さす方を振り返りました。
「えっ?」
私がいた場所は会場の入り口付近です。
パートナー待ちの上位貴族や二年生は慣例として壇上に近い花形のエリアに陣取っていまして、下位貴族や一年生の居場所は楽団から離れた入り口周辺なのです。
また往々にしてダンス待ちの行列ができるのは王家や高貴な方ですので、必然的に花形エリアにだけ長い行列が生まれます。
しかしながら、入り口付近にある行列。
意図せず私は主役になろうとしていました……。
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