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第七章 光が射す方角
待ち伏せ
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髭との話し合いが終わったあと、私は屋敷へ戻ろうと歩き始めました。
もう既に誰もいないはず。馬車通いの生徒は当然のこと、寄宿舎に住む生徒たちも部屋へ戻っていることでしょう。
「歩いて帰るのも悪くないか……」
イセリナが馬車に乗って帰ったので、私は徒歩で戻るしかありません。
長雨はもう過去のことですし、初春の清々しい空気を肌に感じながら帰りましょうかね。
歩き始めた私ですが、直ぐに立ち止まっています。なぜなら、通路の向かい側に知った人が立っていたからです。
私はベールを深く被り、隣を通り過ぎようとします。
「アナ、少しいいか?」
すれ違いざま声をかけられていました。
何とかやり過ごそうとしたわけですが、どうやら彼は私を待っていたらしい。
「殿下、今はルイ・ローズマリーですわ……」
待っていたのはルークに他なりません。
この状況は前世界線の記憶を彷彿と思い出させていました。
前世界線は僅か三日で超絶バッドエンド。ひょっとすると、この世界線もたった四日で終わりを告げるのかもしれません。
「アナ、もう二度と俺の顔を見たくないのは分かっている。でもな、俺は言わなきゃいけない」
もうやめて欲しい。私は何も聞きたくないの。
私がどうやって、この世界線を選んだことすら知らないくせに。
「俺を助けてくれて、ありがとう……」
身構えていた私ですが、予想に反して甘い言葉ではありませんでした。
ハッと彼の方を向く。思いがけぬ言葉に私は唖然としています。
「俺はようやく前に進むよ。君との関わりは、これで最後にする。命を助けてくれたこと。俺の罪をなかったことにしてくれたこと。俺が君にした軽はずみな行為は許されることじゃない。君が自殺したと聞いて俺は本当に絶望していたんだ……」
それは私が悪いのよ。もう少し思慮のある書き置きをするべきだったわ。
あのとき私は自殺なんて考えていなかった。そもそも私には自殺なんか選択肢として存在しないのだもの。
私は受動的にセーブポイントへ戻されるだけなのですから。
「気にしなくていいわ。私は自分が考える最良を選んでいるつもり。王国にとって必要だから行動しただけです」
何の感情も込めてはいけない。
淡々と返すだけだ。彼に振り回される世界線に戻してはならない。
「相変わらず君は強いんだな。まさか隣国まで落ち延びているなんて、思いもしなかった」
会話が弾むはずもありません。弾ませてはならないのですから。
「カルロ殿下の世話になっております。今の私は彼の命令通りに動く人形。強くあるはずもなく、弱さすらない。何もないという表現が現状の私を形容する最適な言葉……」
同情を買おうとしたわけではない。
嫉妬してもらおうとしたわけでもない。
でも、期待していたかも。
ルークが現状の私に対して何らかの感情を露わにしてくれることを。
しかし、その願いは叶わない。世界線が求めるままの返答が彼からありました。
「アナは強いから、大丈夫だよ……」
そんな言葉は求めていないのに。
私はただ再び彼の心の向きを変えたかっただけなのに。
(もう心はここにないのね……)
エリカが王城で働きを始めて丸二年。もう、すっかり彼女の魅力に取り憑かれた頃でしょう。
遠い昔にいた短気な田舎娘のことなど、彼の心には残っていないのです。
(これでいいのよ……)
私はルークに礼をして、この場を立ち去る。
向き合って話したとして、泣いてしまうだけでしょうし。
「アナ、ありがとう!」
背中越しにかけられる声に私がどれだけ心を痛めたのか、ルークには分からないでしょうね。
その台詞が私たちの関係を全て精算するものであることは想像に容易い。
謝罪と感謝が過去に終止符を打つ。新しい生活を始めようとする彼の勝手な区切りなのですから。
「お幸せに……」
皮肉にも似た言葉が口を衝く。
ホント、私は悪女だ。でも、この世界線を選んだときから、覚悟していたことじゃない?
エリカが割り込むなんて想定外だけど、ルークの相手は私じゃない誰かだと決まっている。
それはスカーレット子爵領でこっぴどく振ってから決まっていたことなのよ。
胸に突き刺した短剣の痛みを忘れないようにして生きてきた。あれは心に負った傷の痛み。死と同等以上の苦痛です。
今再び、私はあの痛みを覚えている。死んだ方がマシだと思える激しい痛みが私を襲っていました。
別れの言葉は私にとって自分を殺すことと同じ意味を持ったから。
でも、振り返らない。振り返られるはすがない。大泣きしている顔をルークには見せられない。
この世界線にある唯一の正答はこの遣り取りであるのだから。
もう二度と会話することのない君へ。
私は心の中で呟くことで、この愛の区切りとする。
今もまだ愛しているわ――と。
もう既に誰もいないはず。馬車通いの生徒は当然のこと、寄宿舎に住む生徒たちも部屋へ戻っていることでしょう。
「歩いて帰るのも悪くないか……」
イセリナが馬車に乗って帰ったので、私は徒歩で戻るしかありません。
長雨はもう過去のことですし、初春の清々しい空気を肌に感じながら帰りましょうかね。
歩き始めた私ですが、直ぐに立ち止まっています。なぜなら、通路の向かい側に知った人が立っていたからです。
私はベールを深く被り、隣を通り過ぎようとします。
「アナ、少しいいか?」
すれ違いざま声をかけられていました。
何とかやり過ごそうとしたわけですが、どうやら彼は私を待っていたらしい。
「殿下、今はルイ・ローズマリーですわ……」
待っていたのはルークに他なりません。
この状況は前世界線の記憶を彷彿と思い出させていました。
前世界線は僅か三日で超絶バッドエンド。ひょっとすると、この世界線もたった四日で終わりを告げるのかもしれません。
「アナ、もう二度と俺の顔を見たくないのは分かっている。でもな、俺は言わなきゃいけない」
もうやめて欲しい。私は何も聞きたくないの。
私がどうやって、この世界線を選んだことすら知らないくせに。
「俺を助けてくれて、ありがとう……」
身構えていた私ですが、予想に反して甘い言葉ではありませんでした。
ハッと彼の方を向く。思いがけぬ言葉に私は唖然としています。
「俺はようやく前に進むよ。君との関わりは、これで最後にする。命を助けてくれたこと。俺の罪をなかったことにしてくれたこと。俺が君にした軽はずみな行為は許されることじゃない。君が自殺したと聞いて俺は本当に絶望していたんだ……」
それは私が悪いのよ。もう少し思慮のある書き置きをするべきだったわ。
あのとき私は自殺なんて考えていなかった。そもそも私には自殺なんか選択肢として存在しないのだもの。
私は受動的にセーブポイントへ戻されるだけなのですから。
「気にしなくていいわ。私は自分が考える最良を選んでいるつもり。王国にとって必要だから行動しただけです」
何の感情も込めてはいけない。
淡々と返すだけだ。彼に振り回される世界線に戻してはならない。
「相変わらず君は強いんだな。まさか隣国まで落ち延びているなんて、思いもしなかった」
会話が弾むはずもありません。弾ませてはならないのですから。
「カルロ殿下の世話になっております。今の私は彼の命令通りに動く人形。強くあるはずもなく、弱さすらない。何もないという表現が現状の私を形容する最適な言葉……」
同情を買おうとしたわけではない。
嫉妬してもらおうとしたわけでもない。
でも、期待していたかも。
ルークが現状の私に対して何らかの感情を露わにしてくれることを。
しかし、その願いは叶わない。世界線が求めるままの返答が彼からありました。
「アナは強いから、大丈夫だよ……」
そんな言葉は求めていないのに。
私はただ再び彼の心の向きを変えたかっただけなのに。
(もう心はここにないのね……)
エリカが王城で働きを始めて丸二年。もう、すっかり彼女の魅力に取り憑かれた頃でしょう。
遠い昔にいた短気な田舎娘のことなど、彼の心には残っていないのです。
(これでいいのよ……)
私はルークに礼をして、この場を立ち去る。
向き合って話したとして、泣いてしまうだけでしょうし。
「アナ、ありがとう!」
背中越しにかけられる声に私がどれだけ心を痛めたのか、ルークには分からないでしょうね。
その台詞が私たちの関係を全て精算するものであることは想像に容易い。
謝罪と感謝が過去に終止符を打つ。新しい生活を始めようとする彼の勝手な区切りなのですから。
「お幸せに……」
皮肉にも似た言葉が口を衝く。
ホント、私は悪女だ。でも、この世界線を選んだときから、覚悟していたことじゃない?
エリカが割り込むなんて想定外だけど、ルークの相手は私じゃない誰かだと決まっている。
それはスカーレット子爵領でこっぴどく振ってから決まっていたことなのよ。
胸に突き刺した短剣の痛みを忘れないようにして生きてきた。あれは心に負った傷の痛み。死と同等以上の苦痛です。
今再び、私はあの痛みを覚えている。死んだ方がマシだと思える激しい痛みが私を襲っていました。
別れの言葉は私にとって自分を殺すことと同じ意味を持ったから。
でも、振り返らない。振り返られるはすがない。大泣きしている顔をルークには見せられない。
この世界線にある唯一の正答はこの遣り取りであるのだから。
もう二度と会話することのない君へ。
私は心の中で呟くことで、この愛の区切りとする。
今もまだ愛しているわ――と。
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