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第七章 光が射す方角

光の陰に

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「結果として、アナスタシア様は兄様を救ったではありませんか? 貴方はずっと心を痛めていただろうと、レグスが話していました。なぜなら、スカーレット子爵領でのアナスタシア様はどこかおかしかったと彼は口にしています。思えば裏に潜むリッチモンドの謀略があったのだと、今更ながらに気付いたとも」

 残念ながら、それは全部作り話よ。

 私は自分が傷つきたくなかったからルークを突き放し、邪魔に感じていたリッチモンド公爵を嵌めただけ。

 これを悪女と言わずして、他に適切な単語があるとは思えません。

「セシル殿下、ご用件は何でしょう?」

 煮え切らない話が続いたあと、私は本題を聞いた。

 褒め称えられたとして、それらは私の謀略に彼らが引っかかっただけなのです。私の行動を表層的にしか見ていない彼らは真の悪に気付かないのですから。

「僕はアナスタシア様が王国へ戻って来られるように動きたい。兄様もきっとそれを望まれているから。お声かけするのには勇気が必要でしたが、僕も王家の一人ですからね。兄様を支える方が必要だと考えただけです」

「ルーク殿下をお支えするのはイセリナ・イグニス・ランカスタ。彼女以外に存在しませんわ」

 私の返答を意外に感じたのか、セシルは目を丸くしています。

「兄様の命を二度も救い、王太子への道を切り開いた貴方様を差し置いて、イセリナ様が支えると仰るのですか?」

 セシルは命を懸けて私がルークを守ったと考えているみたいね。

 でも、そうじゃないの。火竜からは確かに救ったけれど、私は死んだとしてリセットされるだけなのよ。

 命の価値が貴方たちとは明確に異なる。それに毒殺に関してはマッチポンプだもの。暗殺者を雇って服毒させたのは他ならぬ私なのです。

 加えてルークを王太子候補に復帰させたのはイセリナと釣り合うようにしようとしただけ。打算的な行動ばかりで、彼のためを思ってした行動なんて一つですらありません。

(セシルに伝えられることはないね……)

 全てを明らかとするには、転生者であることから話し始めないといけませんし。

 とにかく、結果しか知らぬ彼は私を盲信するだけなのでしょう。

「今や、私はカルロ皇太子の所有物。試験会場にまで連れ回すくらいに。その辺りをご考慮いただきとうございます」

 現状ではベストな返答でしょう。

 小国とはいえ、隣国の皇太子です。彼の所有物を第三王子セシルがどうこうできるはずもないのですから。

「アナスタシア様は物ではありませんよ? スラム街に光を与えて、平民たちだけでなく、貴族たちも貴方様の行動に感嘆の声を上げております」

 セシルは続ける。私が彼らに呼ばれているというその二つ名を。

「清浄なる光だと――」

 溜め息しかでないわ。私はそのような高尚な存在ではないのですから。

「全て幻想です……」

 幻を見ているに違いない。セントローゼス王国には深い霧が立ち込めて、視界がない状態なのよ。

 だから見誤る。暗く澱んだ輝きを聖なる光と勘違いしてしまうのだ。

「聖女はエリカ・ローズマリー。最初から最後まで彼女しかおりませんわ」

 私はそう言って席を立つ。さりとてカルロの試験待ちであったから、うろつける場所は多くないのだけれど。

 でもね、セシルと不毛なやり取りをするよりずっといい。

 私はこの世界線において、陰であろうと決めているのですから……。
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