135 / 377
第七章 光が射す方角
心に触れて
しおりを挟む
「スカーレット子爵様です……」
私は声を失っていました。ここにきてダンツが現れるなんて。
まるで予想していませんでしたが、彼は私がこの屋敷にいることを知ってしまったようです。
「彼はどこに?」
「お通ししていいのか分かりませんでしたので、まだ……」
「着替えてから向かいます。そのままにしておいてくれる?」
エントランスにいるのなら、私としては好都合。長話するつもりはないのだから。
修道服に着替え終えた私は階段を下り、エントランスへと向かう。心なしか早足にて……。
どうして開墾を止めてしまったのか。
ダンツには呆れ果てていたのだけど、やはり実の父親です。文句は言わないでおこうと思いました。
豪華なエントランスに不似合いな田舎貴族が立っています。
一体何の用でしょうか。枢機卿となった私にお金の無心に来たのであれば、適当に金貨を手渡して帰ってもらうだけだわ。
「アナ!?」
エントランスに現れた私を見るや、ダンツは声を上げた。
もう長く聞いていないその愛称。懐かしくも感じる名前を。
「スカーレット子爵、私はルイ・ローズマリーですわ。以後、お見知りおきを」
もう私はアナスタシア・スカーレットではない。関係性はしっかりと付けておかねばなりません。
「いや、アナだ。俺の娘アナスタシア……」
言ってダンツは私のベールを剥ぐように取った。
デリカシーがないのは相変わらずみたいね。
「綺麗になったな……」
そういえば、あれから三年近くが経過しています。
少女から大人になろうとする私にそんな言葉をかけてくれました。
「俺はずっとお前を捜し続けた。悔やみ続けていたんだ。来る日も来る日も森へと入ってお前を捜していた……」
「ずっと? 捜さないでって書いたじゃない!?」
「娘がいなくなって捜さない親などいるか!」
スカーレット子爵領は広大です。恐らくダンツは開墾を止めたのではなく、私を捜し続けていたのでしょう。
たとえ遺体であったとしても、捜し出そうとしていたはず。
「ごめんなさい。とても急いでいたのよ……」
「理由はガゼル陛下に聞いた。お前は一人で抱え込みすぎだ。他国に渡ってしまうなんて考えもしなかった。しかも枢機卿とかどうなっている?」
話せば長くなる。少なからず嘘も多い。
私はどう伝えて良いのか分かりませんでした。
首を振るだけ。私が抱える罪は大きすぎる。嘘で固めた理由もそうだし、家族の元を利己的に離れたのです。残された者たちがどう思うかなど考えることなく。
「もういい。アナ、帰るぞ。メイアもレクシルも待っている」
「駄目なの……」
そう答えるのが精一杯。まだ家に帰るわけにはなりません。
山を一つ越えただけ。飢饉の問題はまだ残っているし、私の天命は世界の時間を動かすことなの。
世界を破滅から救済しなければならないのよ。
「うちが貧乏だからか?」
「違うわ! そんなんじゃない……。やらなきゃいけないことがある。全てを終えなければならないの」
「俺だって心を痛めたんだぞ!? お前は何でも一人でできた。だから俺は放置していたんだ。でもどうして、もっと構ってあげられなかったのかと悔やむしかなかった! なぜに気にかけてやれなかったのかと!」
分かってるけど駄目なのよ。
スラム街の自立支援や魔道書を取り寄せてもらうなんてスカーレット子爵家ではできないの。何を言われたとして首を振るしかない。
「スカーレット子爵、お帰りください。私はアナスタシア・スカーレットではないのですから……」
話すことはありません。
折り合うことなどないのですから、話し合いなど無駄なこと。私の覚悟を知らないダンツには絶対理解できないことよ。
「アナ、戻ってこないのか? お前は再びサルバディール皇国へと行ってしまうのか?」
食い下がるダンツ。冷たく対応すれば諦めてくれるかと考えていましたが、彼はまだ私を取り戻そうとしているかのよう。
どう返せば良いの? 絶縁を叩き付ければいいわけ?
色々な台詞を考えた私ですけれど、口を衝いたのは正反対の言葉でした。
「五年……。いや六年あれば全て終わるわ……」
イセリナだった頃、十八歳で婚約をして十九歳で正式に結婚した。
だから一つ年下のセシルまで考えたならば、あと六年くらいじゃないかな。
「全て終われば帰ってくるのか?」
脳筋子爵は本当に一つの事しか考えられないのね。私を家に戻すこと以外に思考できていないみたい。
だけど、小さく頷く。ダンツが納得するにはそのようにするしかないのですから。
ようやく笑顔を見せたダンツに私も微笑みを返す。
「それまでお待ちください……」
彼が納得できるように、私は最後に最善の言葉を選んでいる。
お父様――――と。
私は声を失っていました。ここにきてダンツが現れるなんて。
まるで予想していませんでしたが、彼は私がこの屋敷にいることを知ってしまったようです。
「彼はどこに?」
「お通ししていいのか分かりませんでしたので、まだ……」
「着替えてから向かいます。そのままにしておいてくれる?」
エントランスにいるのなら、私としては好都合。長話するつもりはないのだから。
修道服に着替え終えた私は階段を下り、エントランスへと向かう。心なしか早足にて……。
どうして開墾を止めてしまったのか。
ダンツには呆れ果てていたのだけど、やはり実の父親です。文句は言わないでおこうと思いました。
豪華なエントランスに不似合いな田舎貴族が立っています。
一体何の用でしょうか。枢機卿となった私にお金の無心に来たのであれば、適当に金貨を手渡して帰ってもらうだけだわ。
「アナ!?」
エントランスに現れた私を見るや、ダンツは声を上げた。
もう長く聞いていないその愛称。懐かしくも感じる名前を。
「スカーレット子爵、私はルイ・ローズマリーですわ。以後、お見知りおきを」
もう私はアナスタシア・スカーレットではない。関係性はしっかりと付けておかねばなりません。
「いや、アナだ。俺の娘アナスタシア……」
言ってダンツは私のベールを剥ぐように取った。
デリカシーがないのは相変わらずみたいね。
「綺麗になったな……」
そういえば、あれから三年近くが経過しています。
少女から大人になろうとする私にそんな言葉をかけてくれました。
「俺はずっとお前を捜し続けた。悔やみ続けていたんだ。来る日も来る日も森へと入ってお前を捜していた……」
「ずっと? 捜さないでって書いたじゃない!?」
「娘がいなくなって捜さない親などいるか!」
スカーレット子爵領は広大です。恐らくダンツは開墾を止めたのではなく、私を捜し続けていたのでしょう。
たとえ遺体であったとしても、捜し出そうとしていたはず。
「ごめんなさい。とても急いでいたのよ……」
「理由はガゼル陛下に聞いた。お前は一人で抱え込みすぎだ。他国に渡ってしまうなんて考えもしなかった。しかも枢機卿とかどうなっている?」
話せば長くなる。少なからず嘘も多い。
私はどう伝えて良いのか分かりませんでした。
首を振るだけ。私が抱える罪は大きすぎる。嘘で固めた理由もそうだし、家族の元を利己的に離れたのです。残された者たちがどう思うかなど考えることなく。
「もういい。アナ、帰るぞ。メイアもレクシルも待っている」
「駄目なの……」
そう答えるのが精一杯。まだ家に帰るわけにはなりません。
山を一つ越えただけ。飢饉の問題はまだ残っているし、私の天命は世界の時間を動かすことなの。
世界を破滅から救済しなければならないのよ。
「うちが貧乏だからか?」
「違うわ! そんなんじゃない……。やらなきゃいけないことがある。全てを終えなければならないの」
「俺だって心を痛めたんだぞ!? お前は何でも一人でできた。だから俺は放置していたんだ。でもどうして、もっと構ってあげられなかったのかと悔やむしかなかった! なぜに気にかけてやれなかったのかと!」
分かってるけど駄目なのよ。
スラム街の自立支援や魔道書を取り寄せてもらうなんてスカーレット子爵家ではできないの。何を言われたとして首を振るしかない。
「スカーレット子爵、お帰りください。私はアナスタシア・スカーレットではないのですから……」
話すことはありません。
折り合うことなどないのですから、話し合いなど無駄なこと。私の覚悟を知らないダンツには絶対理解できないことよ。
「アナ、戻ってこないのか? お前は再びサルバディール皇国へと行ってしまうのか?」
食い下がるダンツ。冷たく対応すれば諦めてくれるかと考えていましたが、彼はまだ私を取り戻そうとしているかのよう。
どう返せば良いの? 絶縁を叩き付ければいいわけ?
色々な台詞を考えた私ですけれど、口を衝いたのは正反対の言葉でした。
「五年……。いや六年あれば全て終わるわ……」
イセリナだった頃、十八歳で婚約をして十九歳で正式に結婚した。
だから一つ年下のセシルまで考えたならば、あと六年くらいじゃないかな。
「全て終われば帰ってくるのか?」
脳筋子爵は本当に一つの事しか考えられないのね。私を家に戻すこと以外に思考できていないみたい。
だけど、小さく頷く。ダンツが納得するにはそのようにするしかないのですから。
ようやく笑顔を見せたダンツに私も微笑みを返す。
「それまでお待ちください……」
彼が納得できるように、私は最後に最善の言葉を選んでいる。
お父様――――と。
10
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)
【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに
おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。
◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話
◇元サヤではありません
◇全56話完結予定

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる