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第七章 光が射す方角
心に触れて
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「スカーレット子爵様です……」
私は声を失っていました。ここにきてダンツが現れるなんて。
まるで予想していませんでしたが、彼は私がこの屋敷にいることを知ってしまったようです。
「彼はどこに?」
「お通ししていいのか分かりませんでしたので、まだ……」
「着替えてから向かいます。そのままにしておいてくれる?」
エントランスにいるのなら、私としては好都合。長話するつもりはないのだから。
修道服に着替え終えた私は階段を下り、エントランスへと向かう。心なしか早足にて……。
どうして開墾を止めてしまったのか。
ダンツには呆れ果てていたのだけど、やはり実の父親です。文句は言わないでおこうと思いました。
豪華なエントランスに不似合いな田舎貴族が立っています。
一体何の用でしょうか。枢機卿となった私にお金の無心に来たのであれば、適当に金貨を手渡して帰ってもらうだけだわ。
「アナ!?」
エントランスに現れた私を見るや、ダンツは声を上げた。
もう長く聞いていないその愛称。懐かしくも感じる名前を。
「スカーレット子爵、私はルイ・ローズマリーですわ。以後、お見知りおきを」
もう私はアナスタシア・スカーレットではない。関係性はしっかりと付けておかねばなりません。
「いや、アナだ。俺の娘アナスタシア……」
言ってダンツは私のベールを剥ぐように取った。
デリカシーがないのは相変わらずみたいね。
「綺麗になったな……」
そういえば、あれから三年近くが経過しています。
少女から大人になろうとする私にそんな言葉をかけてくれました。
「俺はずっとお前を捜し続けた。悔やみ続けていたんだ。来る日も来る日も森へと入ってお前を捜していた……」
「ずっと? 捜さないでって書いたじゃない!?」
「娘がいなくなって捜さない親などいるか!」
スカーレット子爵領は広大です。恐らくダンツは開墾を止めたのではなく、私を捜し続けていたのでしょう。
たとえ遺体であったとしても、捜し出そうとしていたはず。
「ごめんなさい。とても急いでいたのよ……」
「理由はガゼル陛下に聞いた。お前は一人で抱え込みすぎだ。他国に渡ってしまうなんて考えもしなかった。しかも枢機卿とかどうなっている?」
話せば長くなる。少なからず嘘も多い。
私はどう伝えて良いのか分かりませんでした。
首を振るだけ。私が抱える罪は大きすぎる。嘘で固めた理由もそうだし、家族の元を利己的に離れたのです。残された者たちがどう思うかなど考えることなく。
「もういい。アナ、帰るぞ。メイアもレクシルも待っている」
「駄目なの……」
そう答えるのが精一杯。まだ家に帰るわけにはなりません。
山を一つ越えただけ。飢饉の問題はまだ残っているし、私の天命は世界の時間を動かすことなの。
世界を破滅から救済しなければならないのよ。
「うちが貧乏だからか?」
「違うわ! そんなんじゃない……。やらなきゃいけないことがある。全てを終えなければならないの」
「俺だって心を痛めたんだぞ!? お前は何でも一人でできた。だから俺は放置していたんだ。でもどうして、もっと構ってあげられなかったのかと悔やむしかなかった! なぜに気にかけてやれなかったのかと!」
分かってるけど駄目なのよ。
スラム街の自立支援や魔道書を取り寄せてもらうなんてスカーレット子爵家ではできないの。何を言われたとして首を振るしかない。
「スカーレット子爵、お帰りください。私はアナスタシア・スカーレットではないのですから……」
話すことはありません。
折り合うことなどないのですから、話し合いなど無駄なこと。私の覚悟を知らないダンツには絶対理解できないことよ。
「アナ、戻ってこないのか? お前は再びサルバディール皇国へと行ってしまうのか?」
食い下がるダンツ。冷たく対応すれば諦めてくれるかと考えていましたが、彼はまだ私を取り戻そうとしているかのよう。
どう返せば良いの? 絶縁を叩き付ければいいわけ?
色々な台詞を考えた私ですけれど、口を衝いたのは正反対の言葉でした。
「五年……。いや六年あれば全て終わるわ……」
イセリナだった頃、十八歳で婚約をして十九歳で正式に結婚した。
だから一つ年下のセシルまで考えたならば、あと六年くらいじゃないかな。
「全て終われば帰ってくるのか?」
脳筋子爵は本当に一つの事しか考えられないのね。私を家に戻すこと以外に思考できていないみたい。
だけど、小さく頷く。ダンツが納得するにはそのようにするしかないのですから。
ようやく笑顔を見せたダンツに私も微笑みを返す。
「それまでお待ちください……」
彼が納得できるように、私は最後に最善の言葉を選んでいる。
お父様――――と。
私は声を失っていました。ここにきてダンツが現れるなんて。
まるで予想していませんでしたが、彼は私がこの屋敷にいることを知ってしまったようです。
「彼はどこに?」
「お通ししていいのか分かりませんでしたので、まだ……」
「着替えてから向かいます。そのままにしておいてくれる?」
エントランスにいるのなら、私としては好都合。長話するつもりはないのだから。
修道服に着替え終えた私は階段を下り、エントランスへと向かう。心なしか早足にて……。
どうして開墾を止めてしまったのか。
ダンツには呆れ果てていたのだけど、やはり実の父親です。文句は言わないでおこうと思いました。
豪華なエントランスに不似合いな田舎貴族が立っています。
一体何の用でしょうか。枢機卿となった私にお金の無心に来たのであれば、適当に金貨を手渡して帰ってもらうだけだわ。
「アナ!?」
エントランスに現れた私を見るや、ダンツは声を上げた。
もう長く聞いていないその愛称。懐かしくも感じる名前を。
「スカーレット子爵、私はルイ・ローズマリーですわ。以後、お見知りおきを」
もう私はアナスタシア・スカーレットではない。関係性はしっかりと付けておかねばなりません。
「いや、アナだ。俺の娘アナスタシア……」
言ってダンツは私のベールを剥ぐように取った。
デリカシーがないのは相変わらずみたいね。
「綺麗になったな……」
そういえば、あれから三年近くが経過しています。
少女から大人になろうとする私にそんな言葉をかけてくれました。
「俺はずっとお前を捜し続けた。悔やみ続けていたんだ。来る日も来る日も森へと入ってお前を捜していた……」
「ずっと? 捜さないでって書いたじゃない!?」
「娘がいなくなって捜さない親などいるか!」
スカーレット子爵領は広大です。恐らくダンツは開墾を止めたのではなく、私を捜し続けていたのでしょう。
たとえ遺体であったとしても、捜し出そうとしていたはず。
「ごめんなさい。とても急いでいたのよ……」
「理由はガゼル陛下に聞いた。お前は一人で抱え込みすぎだ。他国に渡ってしまうなんて考えもしなかった。しかも枢機卿とかどうなっている?」
話せば長くなる。少なからず嘘も多い。
私はどう伝えて良いのか分かりませんでした。
首を振るだけ。私が抱える罪は大きすぎる。嘘で固めた理由もそうだし、家族の元を利己的に離れたのです。残された者たちがどう思うかなど考えることなく。
「もういい。アナ、帰るぞ。メイアもレクシルも待っている」
「駄目なの……」
そう答えるのが精一杯。まだ家に帰るわけにはなりません。
山を一つ越えただけ。飢饉の問題はまだ残っているし、私の天命は世界の時間を動かすことなの。
世界を破滅から救済しなければならないのよ。
「うちが貧乏だからか?」
「違うわ! そんなんじゃない……。やらなきゃいけないことがある。全てを終えなければならないの」
「俺だって心を痛めたんだぞ!? お前は何でも一人でできた。だから俺は放置していたんだ。でもどうして、もっと構ってあげられなかったのかと悔やむしかなかった! なぜに気にかけてやれなかったのかと!」
分かってるけど駄目なのよ。
スラム街の自立支援や魔道書を取り寄せてもらうなんてスカーレット子爵家ではできないの。何を言われたとして首を振るしかない。
「スカーレット子爵、お帰りください。私はアナスタシア・スカーレットではないのですから……」
話すことはありません。
折り合うことなどないのですから、話し合いなど無駄なこと。私の覚悟を知らないダンツには絶対理解できないことよ。
「アナ、戻ってこないのか? お前は再びサルバディール皇国へと行ってしまうのか?」
食い下がるダンツ。冷たく対応すれば諦めてくれるかと考えていましたが、彼はまだ私を取り戻そうとしているかのよう。
どう返せば良いの? 絶縁を叩き付ければいいわけ?
色々な台詞を考えた私ですけれど、口を衝いたのは正反対の言葉でした。
「五年……。いや六年あれば全て終わるわ……」
イセリナだった頃、十八歳で婚約をして十九歳で正式に結婚した。
だから一つ年下のセシルまで考えたならば、あと六年くらいじゃないかな。
「全て終われば帰ってくるのか?」
脳筋子爵は本当に一つの事しか考えられないのね。私を家に戻すこと以外に思考できていないみたい。
だけど、小さく頷く。ダンツが納得するにはそのようにするしかないのですから。
ようやく笑顔を見せたダンツに私も微笑みを返す。
「それまでお待ちください……」
彼が納得できるように、私は最後に最善の言葉を選んでいる。
お父様――――と。
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