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第六章 揺れ動く世界線

イベント完遂のあと

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 キャサリン・デンバーの誕生パーティーイベントから一夜明けました。

 夜通し馬車を走らせた私たちは王都ルナレイクへと戻っています。

「イセリナ、一度は公爵様に顔を見せないと」

 どうしてかイセリナまでついて来てしまった。彼女はランカスタ公爵邸で馬車を降りようとしなかったのです。

「ワタクシも王都で遊びたいのですわ! ルイだけが王都に住むとか我慢なりませんの!」

 オリビアは所領へと帰ったというのに、この我が儘なお姫さまときたら。

「私は遊んでなどいませんから! スラム街の清掃とか忙しいのです!」

 今回、お留守番をしていたマリィの世話もあるし、ぐうたらな姫君の世話までするとかあり得ない。

 ほら、既にマリィは私の髪の毛にしがみついて離れないじゃない?

「マリィ、しばらくは外出しないから、落ち着いて!」

「がぁぁあああっ!」

 まあ、少しばかり気が晴れたように思う。

 きっとイセリナは私が落ち込んでいると感じたのでしょう。王都で遊びたいだなんて嘘。友人ともいえる私を気遣っただけだわ。

「イセリナ嬢、公爵殿にはペガサス便で知らせを送った。君は隣の部屋を使ってくれ」

「カルロ殿下、感謝いたしますわ! ワタクシ、しばらくご厄介になりとうございますの」

 構わないとカルロ。

 ったく勝手に決めないでよ。この姫様は本当に寝起きが最悪で、何にもできない駄目な人なんだから。

 とりあえず私の部屋から去って行く二人。

 これから先が思いやられてしまいます。長い息を吐いていると、不意に窓が叩かれていました。

「んん?」

 振り向くとそこには知った顔がある。

 思いもしない人物が二階にある部屋の窓を叩いていたのです。

「コンラッド!」

 素早く窓を開くと、彼はそのまま入ってきました。

 契約満了の挨拶なのか、わざわざ王都まで来てくれたようです。

「アナスタシア様、ああいえルイ様でしたね。お久しぶりでございます」

 そういえば聞きたいことがあった。どうして主任として雇われなかったのかと。

「一年前の時点で既に毒使いアドルフは雇われていたの?」

「申し訳ありません。アドルフと名乗っていた毒使いが先に雇われておりました。一応は複数の暗殺者を望んでおりましたので、リッチモンド公爵邸にまで向かいましたが、契約されませんでした。ですが、年代物のワインを幾つか同じ毒に変えております。それを呑むとすれば、昨夜であったことでしょう」

 なるほど、やはりこの世界線の毒使いは先に決まっていたみたいね。

 また年代物のワインならば、何か好ましい出来事がないと栓を抜かないでしょうし。

「捜査時に見つからないようでは駄目よ?」

「ご心配なく。王家には噂を流す要員を送り込んでおります。リッチモンドもまたサルバディール皇国から毒物を輸入していた旨の話を吹き込んでおりますゆえ……」

「あら? 費用はどうなるのかしら?」

「ああいや、私の落ち度です。雇ってもらう術は他にもあったはず。どうかお気になさらず……」

 まあコンラッドはプロ意識が高いからね。

 自身の非を認めたならば、彼は追加的な費用を求めはしないでしょう。

「準備期間は王家に潜り込ませる人員の選抜や、リッチモンドの調査に時間を費やしております。契約したからにはやり遂げる。捏造した証拠の確認は常々行なっておりました。貴方様が聖女との名声を高められておる一方で、忸怩たる思いで任務を遂行しております」

 連絡すらなかったことは聖女と呼ばれ始めたことも関係しているのかもね。

「成功する自信があったと?」

「当然です。証拠さえ捏造できたのなら、貴方様はやり遂げられるだろうと」

「それは雇い主に依存しすぎよ? 私は貴方なら完璧にこなせると信じて雇ったのですからね?」

 申し訳ございませんとコンラッド。彼としても不甲斐なさを感じているのでしょう。

「いただいた成功報酬は契約延長の代金としてもらえないでしょうか?」

 ここで耳慣れぬ話が聞かされています。

 成功報酬は髭が払うことで決まっている。昨日の今日で支払われたとは思わないのだけど。

「ランカスタ公爵はもう成功報酬を支払ったのですか?」

「一ヶ月前でしょうか。私のギルドカードに振り込みがございました」

 意外だわ。お金に関しては少しの情も挟まない髭が先に振り込みを済ませるなんて。

 まあ長雨の予知が当たったからかもしれません。大金を投じた治水工事が役に立ったから、彼はその先の予知も信頼したのでしょう。

「ならば今後も私に尽くしなさい。とりあえずメルヴィス公爵家の動向を探って。かの公爵家にも疑惑の目を向けましたので」

「承知しました。王家の判断と併せてご報告さしあげます」

 ひょんなことからコンラッドは契約延長となっています。

 彼はとても優秀な陰なので、私としても心強い限りです。

「こんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、貴方が望むのであれば契約は無効にしても構わないのよ?」

 一応は確かめておきましょう。

 コンラッドという暗殺者の意向を。私といたとして、暗殺依頼は期待できないのです。

 ここから先の私は華やかな生活とは無縁。私は陰から王国を操り、この世界線をクリアしようとしているのですから。

「お気になさらず。私は自身の直感を信じております。ランカスタ公爵だけでなく、貴方様は将となる器だと評価しておるのです。つまらない日常に火をくべる。そのような人材かとお見受けしました。だからこそ、私は今後も貴方様の手足となり、共に仕事を成したいと考えております」

 過剰な評価だね。ま、髭のオプションとして見てもらえるのなら、間違いではないと思う。

 私は今後もフィクサーであり続けるのですから。

「分かりました。よろしくお願いしますわ。今回の件で貴方は信頼できると思いました。如何なる状況になろうとも、やり遂げる意志は評価しておりますの」

「それは私もです。正直に作戦の変更も頭をよぎったのですが、貴方様が杯を掲げて言って見せたメッセージには心が震えました。私はまだ信頼されているのだと。必ずや、やり遂げなければならないのだと……」

 やはり聞いていたのね。加えて真意を理解してくれたようで助かりました。

 貴方だけに向けたメッセージ。全てを終えられたのは機転の速さかと思います。

 であれば、私たちの目指す道は一つ。私は契約を延長したコンラッドに進むべきルートを告げています。

「これより私は陰から王国を動かす。急用があれば、血の色をした薔薇を窓際に飾ります。それまでは指示の変更などございません」

 彼としては堂々と表舞台に立って欲しかったでしょうが、それは勘弁してください。

 私は愛する人とイセリナを結びつけなくてはならないのです。

 陰からでしか、心の平穏を保てそうにないのですから……。
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