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第五章 心の在りか

イセリナと

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 急なランカスタ公爵との邂逅から一夜明けた。

 イセリナには悪いけれど、残ってもらっている。彼女には徹底的にキャサリンの誕生パーティーを乗り切る策を伝授しなければならないから。

「イセリナ、いつまで寝てんのよ!」

 大聖堂にある私の部屋には大きなベッドがあった。なのでイセリナには同じベッドで寝てもらったってわけ。

 護衛も兼ねているのだし、適切な判断でしょ。

 まあしかし、本当に怠惰な姫君だわ。前世界線とはまるで異なっていたというのに、寝起きの悪さは少しも変わっていません。

「ルイィ、どうして呼び捨てなのよぉ?」

 寝ぼけ眼でイセリナが返す。

 そういえばそうでしたね。私は癖で呼び捨てにしてしまったみたい。前世界線では二人きりのとき、私は彼女を呼び捨てにしていたのだから。

「私は枢機卿! 立場的には変わらないわ! 早く起きなさい!」

 私には礼拝がある。よって公爵家にいたように、いつまでも寝かせておくわけにはならないのよ。

「まだ眠たいわ……」

「ここは教会なの! 修道女は暗い内から起きてるわよ」

 無理矢理に布団を捲り上げてイセリナを起こす。

 本当にこの姫君はもしも追放されたなら、光の速さで死ぬでしょうね……。

 叩き起こしたあとはイセリナの着替えを手伝う。私がいないこの世界線のイセリナは、まだ何も一人でできないのです。

「ほら、腕を通して!」

「ルイ、貴方強引すぎるわ……」

 一応、礼拝の時間まで一時間残っています。

 だけど、ご飯を食べるのも遅いし、早め早めの行動が求められるはずよ。

「ねぇルイ、貴方セントローゼス王国に戻らないと話していたけれど、どうして?」

 なぜか問いが向けられています。

 でも、その質問は間違っている。私はイセリナ次第で貴族院に入ると伝えたはず。

「イセリナが危険なら、貴族院に着いていくわ」

「それは戻るといいません。戻りたくないわけでもあるの?」

 割と鋭いな。かといって、誤魔化すだけだわ。

 家族には悪いのだけど、私はもうセントローゼス王国に住むつもりはない。

「サルバディール皇国でやることがありますし……」

 既に枢機卿という身の丈に合っていない役職をもらってるのよ。

 とんでもない額が毎月振り込まれるし、不自由はないからね。

「もう少し考えて行動したらどう? セントローゼス王国はもの凄く混乱したのよ? 火竜の聖女が突然いなくなれば、問題になるくらい分かったでしょう?」

 まさかイセリナに諭されるとは……。

 誠に心外だわ。眠り姫にだけは言われたくありません。

「いやあ、そんな余裕なんてなかった。恋は盲目ってね。何も見えなくなっていたのよ。後先考えず、逃げ出すことしか頭になかった」

 ここは素直に反省しておこう。

 即日の家出は流石にマズかったと思ってるもの。せめてダンツに話をしていたら、そこまで大ごとになっていなかったでしょうし。

「恋? それはカルロ殿下のことかしら?」

 おっと、失言だったわ。

 私の恋は追い求めるべきではないものです。イセリナに話せるはずもない恋心だもの。

「いいえ、違うわ……」

「じゃあ、誰よ?」

 あまり問い詰めないで欲しいな。

 もう二度と思い出したくないことなんだから。

「誰でもいいじゃない? イセリナには関係ないこと……」

 あっ――――。

 私の瞳から、無意識に涙が零れ落ちた。

 本当に……私は弱いな。

 あのシーンを思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。涙が、感情が、溢れ出てしまう。

「ちょっと、ルイ!?」

 ごめんなさい、イセリナ。私には答えられそうにないや。

 いつか笑って返答できる日が来るまで待ってもらえないかな?

 今の私は何も思い出したくないの。胸に残るあの痛みについては……。


 涙を拭って私はイセリナに言った。

「イセリナは幸せになって……」

 私が口にできるとすればエールしかない。

 私にはできないことをして欲しいと。

「嫌よ!!」

 ところが、イセリナは私の言葉に反発する。

 気が強いのは知っていたけれど、幸せになってという話くらい聞いてくれても良くない?

「ルイも幸せになりなさい! それが条件ですわ!」

 意外な話に私は驚いています。

 どうやら、イセリナは私を友人として認めてくれたみたいね。

 だけど、ごめん。それだけはできない。私のために言ってくれているのだろうけれど、私は既に幸せを捨てているのよ。

(その気持ちだけで充分だわ……)

 勝手に進んだ世界線ではなく、明確に私が選んだ世界線だもの。

 だから私は貴方に自分を投影し、本懐を遂げるだけ。滅茶苦茶にした世界線の結末を見届けることしかできません。

「泣くほど好きなら、どこまでも追いかけるべきですわ!」

「イセリナには分からないのよ!!」

 私は思わず声を荒らげていました。

 また八つ当たりだ。千年以上も生きているというのに、私は人間ができていない。

 イセリナはまだ十三年しか生きていない少女だというのに。

「ごめん……。私は朝の礼拝に行くから……」

 とりあえず、頭を冷やそう。イセリナに嫉妬してしまうなんて私は馬鹿だ。

 彼女は私の代わりに夜会の華となってくれる人なのに。

 気まずい雰囲気から逃げるようにして、私は自室から出て行くのでした。
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