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第五章 心の在りか

鋭い棘

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「私こそがアナスタシア・スカーレットだからです」

 流石に予想していなかったのか、髭だけでなくイセリナも絶句しています。

 顔を見せたところで知るはずもありませんけれど、名前くらいは知っているだろうと。

「貴様が火竜の聖女だと!?」

 疑うのなら、マリィを出すだけです。何しろ聖女は火竜とセットなのですから。

「がぁぁっ!」

 何も知らないマリィはキャリーバッグから出してもらえて嬉しそうです。

 私も彼女のように屈託のない表情ができたら良いのですけどね。

「実をいうと、私も命の危機にあったのです。殿下の行いは事実ですけれど、あの件によって失踪したとされるのは心外であります」

 ルークは悪くない。悪者がいるとすれば私だけだ。

「それも……リッチモンドのせいか?」

 ここは頷くだけ。悪いけれど、私に喧嘩を売ったのはリッチモンドだからね。

 転生したとして許さないし、全ての罪を背負わせてあげるわ。

「お父様、リッチモンド公爵は許せません!」

「落ち着け、イセリナ。して、アナスタシア嬢、策はあるのだろう?」

 ようやく話が進み始めました。

 聞く耳を持ってくれたのなら、思うつぼです。もはやリッチモンド公爵家の没落は決定したと言えましょう。

「ルイとお呼びください。私はもう過去を捨てております。身分も生き様も、心までも……」

 突き進むしかない。この世界線をいち早く終わらせるために。

 私の平穏はこの世界線には存在しないのですから。

「ではルイ、聞かせてくれ」

 髭の要請に頷くと、私はこれからすべきことを述べる。

「まずイセリナ様の暗殺ですが、既に解決しております。優秀な暗殺者を雇いました」

「いや、暗殺者を雇うだけで解決するのか?」

「当然ですわ。解決しないはずがありませんもの。何しろ……」

 聞いて驚くがいいわ。悪役令嬢が結論づけた悪の限りを。

「リッチモンド公爵は私の暗殺者と契約しております」

「二重契約だと!?」

「お静かに。特別な契約術式を施しております。私と交わした契約以降は如何なる契約も無効ですわ。きっとリッチモンド公爵は満足しておられるでしょうけれど」

 それは決定事項だ。コンラッドは前世界線同様に上手く取り入っていると思う。

 全ての企てが進行しているはずよ。

「ただイセリナ様には他に問題もございますので、しばらくはサルバディール皇国に留まっていただきたい。覚えることが沢山ございますから」

 基本的な回避行動は覚えてもらわないとね。

 あと迂闊な行動は死に繋がることを意識してもらわねばなりません。

「覚えること? 何なのそれは……?」

「立ち回りですわ。暗殺は未然に防ぐのではなく、実際に実行されなくてはならないからです」

「貴方、ワタクシに危険を冒せと!?」

「安全は保証します。私の話す通りにしていただけるのであれば……」

 睨むような私の目にイセリナは黙り込む。

 彼女としては看過できる話ではなかったというのに。

「ルイ枢機卿、イセリナの暗殺だけは阻止せねばならんぞ?」

 唯一の後継者だから仕方ないね。

 まあでも、安心して欲しい。基本的に茶番なのだから。

「問題ありませんわ。イセリナ様が失われる未来など存在いたしません。イセリナ様は気高くあられますからね。弱者などに殺されるはずもありませんわ。美しい薔薇には棘がございましょう?」

 だから私は告げるだけよ。

 青き薔薇が今世も咲き乱れる理由について。

「血をすするための鋭い棘が――」
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