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第五章 心の在りか

真紅の薔薇を

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「主人が悪であるほど良いのでしょう?」

 確かにコンラッドは話していた。極悪な思考をする私を褒め称えていたのだから。

 誰もいない裏筋にコンラッドの笑い声が響く。どうやら私の計画が気に入ったみたいね。

「いや、話を聞いて良かった。これほど胸躍る依頼は初めてだ。お嬢さん、私は依頼を受けても構わない。名前を聞いても良いだろうか?」

「私は火竜の聖女アナスタシア・スカーレット子爵令嬢ですわ。依頼金はどれくらい必要かしら?」

 王国外なのだし、ここでならミスリル鉱石を売却したとして髭には分からない。

 お金を作る目的だけでも来て良かったと思えます。

「支度金に金貨五百枚、手付けは白金貨一枚。成功報酬は白金貨五枚だ」

 やはり高額だわね。まあでも適切かもしれない。

 四大公爵家の一人に冤罪を押し付けようとしているのですから。

(成功報酬は髭に丸投げしよう……)

 どうせイセリナが失われるのならリセットです。

 髭を抱き込めなかった時点で詰むのは明白。気にする必要はありません。

「よろしい。ミスリルを換金しますわ。高く買い取ってもらえる市場を知っているかしら?」

 コンラッドに案内され、私は闇市へと向かった。

 ミスリル鉱石は基本的に市場に出回らない。故に高額取引が成される。生産職ギルドが正規に買い付けるほかは闇の取引しか存在しないのです。

(とりま、白金貨三枚分でいいか……)

 私は手持ちの三分の一を換金しました。

 コンラッドの顔があったから少しばかり高く見積もってくれています。

「契約を交わしましょう。これより貴方はあらゆる手段を講じてリッチモンド公爵と接触を。加えて、王子殿下暗殺容疑を確定する証拠を公爵邸に残す。それでいてパーティーにて王子のシャンパンを毒化しなさい」

「待ってくれ。ここで契約を交わすと、公爵との契約を結べん。怪しまれるぞ?」

「平気よ。私が作成した契約書は以降の契約全てを無効化する。幾らでもサインしてやりなさい。寧ろ躊躇する必要はありません」

 このあと私は計画の全貌をコンラッドに伝えた。

 イセリナの担当執事に命じられ、現場での確認が行えること。更にはメインである王子殿下の毒殺のタイミングまで。

 納得したのか、コンラッドは頷くとサインを終えて血判を押した。

「いやはや、暇つぶしにしては壮大な計画ですな? アナスタシア様、私は久しぶりに昂ぶっております。上位貴族同士のいざこざとか大好物ですし」

「それは良かったわ。これから貴方がすべきことはリッチモンド公爵に雇われ、信用を得ることです。少なからず、くだらない依頼を受けるでしょうが、我慢してね?」

 コンラッドなら抜かりはない。

 必ずやリッチモンド公爵の信頼を得ることでしょう。

「楽しみですな。二重契約とか腕が鳴ります。期待してお待ちください」

 きっとリッチモンド公爵は彼を選ぶ。

 この世界線はルークの不意打ちキスしなかった世界線。加えて他国の暗殺者であれば、足が付く心配もありませんし。

「しかし、疑問が残ります。子爵令嬢でしかない貴方がどうして公爵令嬢の暗殺を気にするのです? 王子殿下暗殺を食い止めた実績だけで成り上がれるでしょうに?」

 別れ際にコンラッドが聞いた。

 確かにイセリナを救うまでは余計に感じるわね。

「イセリナは世界に必要な存在だからです。彼女なくして世界に平穏が訪れないことを私は予知しておりますの」

 ここは予知のせいにしておく。実際にイセリナは必要な存在なんだけど。

「なるほど、貴方の予知スキルは大したものです。異国の暗殺者である私にまで辿り着くのですからな。しかし、面白い。貴方は極悪でありながら、聖女でもあるわけですか……」

 どうやらコンラッドは私だけでなく、予知についても受け入れてくれたみたい。

 信頼がなきゃ契約なんかしないでしょうしね。

「ああいや、私は間違っても聖女じゃありませんわ。暗がりに咲く悪の薔薇であり、決して世界のために動く聖人とは異なります。それに私の目的は判然としている……」

 蘇る前世界線の最後。求めてはならないルートを選んだ結末を思い出していました。

 現状は利己的な理由です。善意なんて少しもない。

(私は自分が苦しみたくないだけだもの……)

 だから、戒めとして前世界線の最後に見た光景だけは忘れちゃいけない。

 胸から吹き出す血飛沫は記憶に刻みつけておかねばなりません。真なる愛で満たされたあの赤い薔薇のことだけは……。

 嘆息しつつも、私は目的についての返答を終える。

「もう二度と真紅の薔薇を咲かせないためよ……」
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