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第四章 歪んだ愛の形

切り捨てるもの

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「リック、火竜の聖女は信用できるのか?」

 ここでカルロは従者に問いを投げる。

 私を連れてきたリックの意見。長く付き従う者の見解を知ろうとして。

「アナスタシア様は世界の安寧を求められています。人知れず冒険者となり、世界を救う道を模索しておられました。恐らくは殿下が現れることすらも、彼女の思惑通りであったのだろうと感じます」

 うん、それは過大評価だね。予知能力なんて持っていませんし。

 私は記憶を頼りに話すだけで、詳細まで知っているわけではないのですから。

「アナスタシア嬢、リックが信用するのなら、俺は君を信用しよう。再度聞くが、帝国と争っている鉱山は手に入れない方が良いのだな?」

 思わず笑みが零れていました。

 ようやく歴史が変わる。今世こそ貴方は貴族院を卒業できるはずよ。

「金鉱脈より鉄を好まれるのでしたら、その限りではありませんね。私はとある目的があって皇国まで来たのであって、実をいうとサルバディール皇国の未来に関与するつもりはありません。その辺りはお好きにされたらよろしいかと」

 リックが鬼の形相で私を見ているけれど、折れた方が負けなのよ。

 交渉ごとは常に有利な立場で行うべきだと髭も言っていたのだから。

「意地が悪い聖女だな? まあいい。それで目的とは何だ? サルバディール皇国に関係のあることか?」

「これでも親身になっているのですけどね。私の目的はコードネーム[サイファー]という暗殺者を雇うことですわ。他にもございましたけれど、サルバディール皇国は先見の明に欠けると判断しました。沈む船に乗るほど愚かではありませんの」

 言った直後にドナテロ准男爵が斬りかかって来ました。

 私は太もものホルダーから短剣を抜いて、それを受けています。

「ぐぬぅ!?」

「あら? 手加減してくださったのかしら?」

 斬りかかられたのであれば、もう大人しくしている必要はありません。派手に暴れてやろうと思います。

 私がハイドロクラッシャーの詠唱を始めようとした矢先のこと、

「ガァァァッ!!」

 マリィが一足早く火球を撃ち放っていました。

 やはりマリィは私の危機を察知しています。殺意に対して敏感に反応している。

 残念ながら、私が吹き飛ばす前にドナテロは消し炭となってしまいました。

 こうなると穏便に済ますルートはありません。マリィに乗っかるようにして古代魔法を詠唱していくだけ。

「サルバディール皇国は滅びるべき!」

 抗えないほど強大な力を見せてあげる。

 昏倒するので発動まではできませんでしたが、巨大な魔法陣は畏怖するに充分なものとなるでしょう。

「やめてくれ、アナスタシア嬢!!」

 賢明な判断、感謝しますわ。

 止めてくれなければ撃つしかない。とはいえ、止めてくれると思ったから詠唱したまで。

「カルロ殿下、私は斬り付けられたのですよ? 准男爵とかいう貴国の兵士に」

 もうサルバディール皇国の逃げ道は塞いだ。

 帝国だけでも敗戦が決まっているというのに、セントローゼス王国を敵に回すなどあり得ない。

 留学を考えている彼であれば、尚のことその意味合いを理解できたことでしょう。

「父上、どうか兵を下げてください。リックの報告によると彼女は火竜二頭を一撃で討伐した大魔法使いです。決して軽口で言っているわけではなく、本当に皇城ごと吹き飛ばしてしまいますよ。しかも火竜の幼体までいたのでは……」

 諜報活動していたのですから、当然のことリックは火竜の聖女について調べたはず。

 あれから一年くらいしか経っていませんけれど、既にカルロはその報告を受けていたみたい。

「カルロ殿下、私は小国が滅びようが知ったことではありませんの。忠告しただけだというのに斬り付けてくるような野蛮な国。私は火竜の聖女です。マリィだけでも、このような小国くらい制圧可能ですわ」

 平然と私の肩に乗るマリィ。主人たる私を守った彼女はその成果を誇りに感じていることでしょう。

 再び殺意を向けられるのであれば、彼女はまたも強大な火球を吐くはずです。

 次の瞬間、私は絶句させられていました。

「アナスタシア嬢、どうか許してくれ! 貴殿の罪を問うつもりはない。サルバディール皇国を許して欲しい」

 カルロが頭を垂れて謝罪していたのです。

 スラムで物乞いをしていそうな身なりの私に向かって。彼は態度と言葉で私に願っていました。

(興ざめだわ……)

 皇太子殿下が家臣たちのために頭を下げるなんてね。

 いざとなればリックを引き連れて逃げるつもりだったのだけど、もうその必要はないみたいです。

 何とも消化不良でしたが、私も頭を冷やせたかのよう。

 だからこそ、事態の収拾を期待してカルロに言葉をかけるのでした。

「頭をお上げください、カルロ殿下……」
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