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第四章 歪んだ愛の形

亡命

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「私を皇国に亡命させなさい。そして極秘裏にランカスタ公爵を呼び寄せるの」

「いや、サルバディール皇国が直接ランカスタ公爵家とかかわるのはマズいでしょう!? ランカスタ公爵も確実に難色を示されるはずです!」

「ミスリル鉱脈が発見されたと嘘を言いなさい。必ずあの男は飛びついてくる。金目の話を無視する人間ではないのですから」

 頭を振るリック。

 私の命令には逆らえないのですけれど、どうにも成功するとは考えられないのでしょう。

「失敗するどころか、疑いの目がサルバディール皇国に向きます……」

「問題ない。ランカスタ公爵を騙すに充分なミスリルを私は持っております。それを持参すれば良いだけです。契約はサルバディール皇国で行うと言えば、ペガサスにて飛んでくるでしょう」

 稀少なミスリルを白金貨三枚分も持参すれば、髭は必ず興味を示す。

 恐らくは充分な採掘量がある鉱山だと予想するでしょう。独占したいと考えるはずだわ。

「本当ですか……?」

「予知ではそうなっています。彼を味方につけなければ何も始まりません。全ての元凶はリッチモンドですからね」

 嘘に嘘を重ねていく。

 普通なら自滅していくような行動ですけれど、そんなヘマをしでかすつもりはありません。

「私が自害したと吹聴したのもリッチモンド公爵であり、ルーク殿下のせいにすることで彼はセシル王子を担ごうとしているのです。このままではセントローゼス王国に未来はなくなる。逆賊リッチモンドはセシル王子を傀儡にして、王国を牛耳ろうとしているのですから」

 全て嘘だけど、筋は通っている。追い込まれたリックはただ頷くだけでしょう。

 忠臣として私に従うしかないのですから。

「アナスタシア様は亡命されてどうされるのです? まだ我が国に疑念をお持ちなのでしょうか?」

「私はしばらく身を隠さねばならないのです。リッチモンドの策が立ち消えしてしまうでしょう? 巨悪を屠るまでは彼の計画通りに動いているフリが必要なのよ」

「いやでも、アナスタシア様はランカスタ公爵領に留まっておられたではないですか?」

 これだから頭が切れる人は嫌いよ。

 ダンツみたく素直に受け入れてくれないかしら?

「当然でしょ? 貴方がラルクレイドに現れる予知を見たのは今朝なのですから。それまではランカスタ公爵に匿ってもらうつもりだったのです。予知ではあと二ヶ月で私は彼の目に留まる予定でしたわ」

「ああ、なるほど。より良い選択肢が現れたから、そちらを選んだだけなのですね。最初から謀られていたとは陰として失格です」

「分かれば良いの。とにかく悪いようにはしないから。上手くいけばソフィア姫殿下とセシル王子を引き合わせてもいいと考えておりますの」

 サルバディール皇国にも利益の享受を。

 協力を強制するのだから、メリットの提示は必要でしょう。

「本当ですか!? それなら皇様も喜びます!」

「任せておいて。私が全てを解決に導くのよ。それでなくとも王家は私に借りがある。第三王子殿下と隣国の姫君。両国にとっても良いことだと考えますわ」

 ソフィア・サルバディールはエレオノーラ公爵令嬢と同じくセシルルートのライバルです。

 だからこそ、結ばれる可能性があるはず。もし仮に二人が婚約に至ったのであれば、私の役目はそこで終わり。

 最後はイセリナとルークが結ばれるように影から操るだけです。

「アナスタシア様は構わないのでしょうか? 一応は噂になっておりましたよね?」

「私は修道院にでも引っ込んでおきますわ。友達もいますし」

 現時点で最良の未来が見えていました。

 王家の問題をクリアし、私はエリカと共に修道女となる。

 光属性持ちの私たちならば不自由はしないはず。何より、それだけで私は心に平穏を得られるのですから。

「とりあえず、私は貴方の奴隷だとしておきましょう。奴隷であれば出国時に身分証明を求められませんし」

「書類はどうするのですか?」

 疑問ばかりのリックには溜め息が漏れてしまう。

 しかしながら、私の実力をまだ彼は知らないのですから仕方ないのかもね。

「当然、制作しますわ。見ていなさい」

 私は羊皮紙を取り出し、呪文を唱えていきます。

 奴隷契約の術式くらいわけないわ。主従の関係を明記するだけなのですから。

 光輝く羊皮紙。奴隷契約に複雑な術式を構築する必要はなく、特記事項があれば付け足すだけで構わない。

 瞬く間に出来上がった契約書。まずは私がサインを終え、それをリックに手渡します。

「偽装……なのですよね?」

「いいえ、本物よ」

 関所の通過に偽装などもっての外。捕らえられては意味などありません。

 私が制作した契約書はどのような魔道具でチェックしようと無駄なこと。何しろ本物の契約書なのですから。

「大丈夫なのですか?」

「当たり前でしょ? 先に貴方と交わした契約が優先されます。あの契約術式は以降の契約を全て無効にする。この奴隷契約は表面上成立しているのですが、内容は無効とされてしまうのです。なので、ただの紙切れですわ」

「貴方は本当に恐ろしい人だ……」

 小さく頭を振りながら、リックもまたサインを終えています。

 これにて準備が整いました。ならば、いざサルバディール皇国へと。

 私は初めて国外へ行くことになっています。少しばかり昂ぶっていたのは、ここだけの話ですけれど。

 私はリックを引き連れ、宿をあとにするのでした。
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