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第四章 歪んだ愛の形
夢のような世界線
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「公にはなっておりませんが、貴方様は亡くなったことになっております」
あれ? 一向に捜索願いの依頼が冒険者ギルドに張られないなと思っていたら、私は死んだことになっているみたいです。
ちゃんと書き置きしてきたというのに。
「私が亡くなったことに?」
「ご存じないのですか? 王都は大騒ぎになっていますよ? 火竜の聖女は遺書を残してこの世を去ったのだとか」
おかしいな……。
ダンツの馬鹿にも分かるよう、留守について書いたというのに。
確か、文面はこんな感じ。
◇ ◇ ◇
突然いなくなることをお許しください。
私はとある理由で旅に出ます。でも心配しないで。
長い旅路となり、一人きりであっても平気です。とても遠いところへ行きますから、どうか捜さないでください。
お父様、開墾は続けてくださいね。
お母様とレクシルを守ってあげて欲しい。私はもう守ってあげられませんので。
愛する家族の無事を願っています。
アナスタシア・スカーレット
◇ ◇ ◇
ああ、やってしまったみたい。
事情を知らなければ遺書に見えてしまう。いや、恐らく事情を知ったのでしょう。
王家に喧嘩を売った娘が子爵家のために自害したと捉えられる文面なのですから。
「それでリックさんは諜報活動中ってわけですか?」
私のことはともかく、リックについて聞いておく。
彼が公爵領で何をしているのかと。
「いやはや、貴方様の予知スキルはそんなことまで分かるのですか。既に名前どころか身分まで知られているとは思いませんでした」
「何でも知ってるわよ。カルロ殿下が留学されるのでしょう? 下調べしているのは分かっておりますわ」
唖然と頭を振るのはリックです。
留学先は別にセントローゼス王国だけじゃない。
プロメティア世界には他にも強国があるのだし、現状は留学先を吟味している最中なのでしょう。
「大したものです。既に何カ国か調査したのですけれど、私としてはセントローゼス王国が良いかと考えております。まあそれで殿下が移動される所領の治安調査をしておったわけです」
隠すことを諦めたのか、リックは真相を口にする。
聖女との噂が信憑性に繋がっているのかしらね。
嘘のスキルを彼は信じてしまったらしい。
「それでアナスタシア様は目的があって、ランカスタ公爵領におられるのですか?」
「ええまあ、とても嫌な予知をしてしまいまして……」
頷くリックは周囲を確認したのち、小さく囁いた。
「詳しく聞かせていただいてよろしいでしょうか? 直ぐ近くに宿を取っておりますので」
まだ十三歳とはいえ、未婚の女性を連れ込もうっての?
私としては用事などないのだけど、彼にはいずれ走り回ってもらわねばなりません。
ここは素直に従っておくべきでしょう。
ちょっとしたロマンスでもあれば、セーブされるかもしれないし。
私はリックに連れられて、大通りの高級な宿へとやって来ています。
私は魔法陣を展開し、今さらながらにアンチマジックの術式を行使。
王都で問題となっているのなら、絶対に見つかりたくはないのだと。
「ほう、流石は火竜の聖女様。二頭の火竜を一撃で屠ったという逸話の通りに、強大な魔力を感じさせますね」
「お世辞は結構。それで私の予知なのですが、貴国とは何ら関係がございません」
「それでもお聞かせください。何しろ貴方様が失踪されてから、良くない話ばかり聞かされています。何でも王太子問題にまで発展しているのだとか」
いきなり強烈なカウンターパンチ。まるで予想していない話が飛び出しています。
私のせいで国を揺るがす大問題となっているようです。
「王太子様はまだ決定していませんでしょう?」
「決まっていないせいでと言うべきでしょう。光属性を持つ稀少な人材を王国は失ったのです。当然のこと、火竜の聖女を失った原因である第一王子殿下が責任を負わなければなりません。ですが、幼い王子殿下が支払うべき対価は王位継承権しかない。諸侯たちがルーク第一王子殿下に票を入れることはなくなるでしょう」
何てことだろう。私はとんでもない失態を犯したのかもしれません。
世界のためにしたことが、ルークを王位から遠ざけてしまうなんて。
(そんなこと許されないわ……)
立派な王様だったのは私だけが知っている。
セシルが王となった場合に王国がどうなるのか、私は知りません。
何よりイセリナの問題がある。彼女は王座の隣にいることを望んでいるのよ。
もし仮にルークが王太子ではなくなったとすれば……。
(あれ……?)
私は気付いてしまった。
この世界線の特殊性に。今までセシルが王太子に選ばれたことなどなかった。
セシルが手を挙げたとして、恐らくはルークが選ばれるはず。しかし、この世界線だけは明確にルークが不利な状況となっていたのです。
(ひょっとして私はまた……?)
ルークが王太子でないのであれば、私が婚約者になれるかもしれない。
再び夢のような時間が手に入るのかもしれません。
なぜならセシルが王太子となるのであれば、王座の隣を希望するイセリナはセシルを選ぶはずだから。
ゴクリと唾を飲み込む。私は過度に緊張していました。
望んではならない未来を夢見てしまったから……。
あれ? 一向に捜索願いの依頼が冒険者ギルドに張られないなと思っていたら、私は死んだことになっているみたいです。
ちゃんと書き置きしてきたというのに。
「私が亡くなったことに?」
「ご存じないのですか? 王都は大騒ぎになっていますよ? 火竜の聖女は遺書を残してこの世を去ったのだとか」
おかしいな……。
ダンツの馬鹿にも分かるよう、留守について書いたというのに。
確か、文面はこんな感じ。
◇ ◇ ◇
突然いなくなることをお許しください。
私はとある理由で旅に出ます。でも心配しないで。
長い旅路となり、一人きりであっても平気です。とても遠いところへ行きますから、どうか捜さないでください。
お父様、開墾は続けてくださいね。
お母様とレクシルを守ってあげて欲しい。私はもう守ってあげられませんので。
愛する家族の無事を願っています。
アナスタシア・スカーレット
◇ ◇ ◇
ああ、やってしまったみたい。
事情を知らなければ遺書に見えてしまう。いや、恐らく事情を知ったのでしょう。
王家に喧嘩を売った娘が子爵家のために自害したと捉えられる文面なのですから。
「それでリックさんは諜報活動中ってわけですか?」
私のことはともかく、リックについて聞いておく。
彼が公爵領で何をしているのかと。
「いやはや、貴方様の予知スキルはそんなことまで分かるのですか。既に名前どころか身分まで知られているとは思いませんでした」
「何でも知ってるわよ。カルロ殿下が留学されるのでしょう? 下調べしているのは分かっておりますわ」
唖然と頭を振るのはリックです。
留学先は別にセントローゼス王国だけじゃない。
プロメティア世界には他にも強国があるのだし、現状は留学先を吟味している最中なのでしょう。
「大したものです。既に何カ国か調査したのですけれど、私としてはセントローゼス王国が良いかと考えております。まあそれで殿下が移動される所領の治安調査をしておったわけです」
隠すことを諦めたのか、リックは真相を口にする。
聖女との噂が信憑性に繋がっているのかしらね。
嘘のスキルを彼は信じてしまったらしい。
「それでアナスタシア様は目的があって、ランカスタ公爵領におられるのですか?」
「ええまあ、とても嫌な予知をしてしまいまして……」
頷くリックは周囲を確認したのち、小さく囁いた。
「詳しく聞かせていただいてよろしいでしょうか? 直ぐ近くに宿を取っておりますので」
まだ十三歳とはいえ、未婚の女性を連れ込もうっての?
私としては用事などないのだけど、彼にはいずれ走り回ってもらわねばなりません。
ここは素直に従っておくべきでしょう。
ちょっとしたロマンスでもあれば、セーブされるかもしれないし。
私はリックに連れられて、大通りの高級な宿へとやって来ています。
私は魔法陣を展開し、今さらながらにアンチマジックの術式を行使。
王都で問題となっているのなら、絶対に見つかりたくはないのだと。
「ほう、流石は火竜の聖女様。二頭の火竜を一撃で屠ったという逸話の通りに、強大な魔力を感じさせますね」
「お世辞は結構。それで私の予知なのですが、貴国とは何ら関係がございません」
「それでもお聞かせください。何しろ貴方様が失踪されてから、良くない話ばかり聞かされています。何でも王太子問題にまで発展しているのだとか」
いきなり強烈なカウンターパンチ。まるで予想していない話が飛び出しています。
私のせいで国を揺るがす大問題となっているようです。
「王太子様はまだ決定していませんでしょう?」
「決まっていないせいでと言うべきでしょう。光属性を持つ稀少な人材を王国は失ったのです。当然のこと、火竜の聖女を失った原因である第一王子殿下が責任を負わなければなりません。ですが、幼い王子殿下が支払うべき対価は王位継承権しかない。諸侯たちがルーク第一王子殿下に票を入れることはなくなるでしょう」
何てことだろう。私はとんでもない失態を犯したのかもしれません。
世界のためにしたことが、ルークを王位から遠ざけてしまうなんて。
(そんなこと許されないわ……)
立派な王様だったのは私だけが知っている。
セシルが王となった場合に王国がどうなるのか、私は知りません。
何よりイセリナの問題がある。彼女は王座の隣にいることを望んでいるのよ。
もし仮にルークが王太子ではなくなったとすれば……。
(あれ……?)
私は気付いてしまった。
この世界線の特殊性に。今までセシルが王太子に選ばれたことなどなかった。
セシルが手を挙げたとして、恐らくはルークが選ばれるはず。しかし、この世界線だけは明確にルークが不利な状況となっていたのです。
(ひょっとして私はまた……?)
ルークが王太子でないのであれば、私が婚約者になれるかもしれない。
再び夢のような時間が手に入るのかもしれません。
なぜならセシルが王太子となるのであれば、王座の隣を希望するイセリナはセシルを選ぶはずだから。
ゴクリと唾を飲み込む。私は過度に緊張していました。
望んではならない未来を夢見てしまったから……。
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