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第四章 歪んだ愛の形

零れ落ちる雫に

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 ナイフを胸に突き刺し、私は自害していました。

 一拍おいて、私の意識は戻っています。

 やはりレジュームポイントではなく、戻されたのはセーブポイントのよう。

 しかし、様子がおかしい。

 キャサリン・デンバーの誕生パーティー会場であると考えていましたが、どう見ても屋外です。それもかなり見たことがある景色。

「まあでも、あと一つだけ俺には要求があるんだ……」

 戸惑う私を更なる混乱が襲います。

 どうしてか、毒に冒されていないルークが目の前にいたのです。

(セーブポイントが更新されてない……?)

 瞬時に理解する。私の予想が完全にハズレていたのだと。

(どうしてなの、アマンダ……?)

 あろうことか、セーブポイントは五年も巻き戻された時間帯でした。

 何度も経験したから覚えている。

 ここはルークが不意打ちでキスをしようとする場面に他なりません。

 どうしてかアマンダが巻き戻したのはこの時間軸。ここより先に私は二度もキスしていたというのに。

「殿下、おやめください!!」

 私は声を張った。

 絶対にキスされてはならないのだと。なぜならアマンダの意図がそれとなく分かったから。

 セーブしなかったのは、そもそもあの世界線がマズい展開だったからでしょう。

 逆に考えると、この時間軸ならば、まだやり直しが可能。より良い世界線へと向かえる可能性があるはずです。

(王家との関わりを断てば……)

 きっとそれが正解です。

 先ほどの世界線が行き詰まったのはルークが必要以上に好意を持ってしまったから。だから私はもう彼と関わらない。

「不意打ちでキスしようとするなんて、それでも王家の人間でしょうか!? 幻滅いたしましたわ!」

「ああいや、すまん! あまりに君が魅力的……」

「言い訳は聞きたくありませんの! 荷物を纏めて帰ってください!」

 激怒しておく。

 ルークには悪いけれど、これでも私は貴方の為に動いているのよ。

 予定を変更し、私はルークを生かす世界線を構築しようとしているのだから。

「アナ、俺はお土産を……」

「そんなもの必要ございませんわ! 顔も見たくありません! 即座に立ち去るよう願います!」

 不敬罪となってもおかしくはありませんが、元はといえば不意打ちでキスしようとしたルークが悪いのです。

「アナスタシア嬢、どうか落ち着いてください。殿下は貴方に一目惚れしただけなのです」

「レグス近衛騎士団長様、一目惚れしたならば、未婚の女性に対して不意打ちでキスが許されるのですか? 私は結婚まで純潔を守りたいのです。王子殿下ならば許されるのでしょうか!?」

 私はレグス近衛騎士団長にも同じ対応をする。

 一応は正論のつもり。一歩も引くわけにはなりません。ここはレグス近衛騎士団長にも明言しておくだけよ。

「火竜退治の褒美は何一つ必要ありませんわ。陞爵すらお断りします! ガゼル王陛下にはそのようにお伝えくださいまし!」

「いやしかし……」

「私の行動による褒美ならば、拒否するのも私の勝手。議会の承認とか知ったことではありませんわ! しつこく仰るのでしたら、私は王子殿下に無理矢理唇を奪われそうになったと、全国各地で声を上げようと考えます」

 レグス団長しかいないのは助かりました。

 まあしかし、罰を与えるなら甘んじて受けましょう。

 私は悪に徹すると決めたんだ。日和見的な攻略はもうしない。

「殿下、引き下がりましょう。アナスタシア様の言い分は正しい。貴方様の失態です。彼女が話す通りにしなければ収拾がつきません」

「いや、レグス!?」

 今もまだルークは私を宥めたいと考えているのでしょう。

 しかし、何度も首を振るレグス近衛騎士団長に彼も理解したらしい。激怒する私を宥める方法は一つしかないのだと。

「アナ、すまない……」

「もう二度と私の前に現れないと誓ってくださいまし。許すことがあるとすれば、それを誓ってくれた場合のみですわ」

 これで良いの。もう二度とルークの顔を見なくて済む。

 惑わされることなく、私は攻略を続けることができるんだ。

(えっ……?)

 ルークは泣いていました。

 たった一度命を救っただけの少女を、そんなにも好きになっていたのね。でも、私たちは関わるべきじゃない。これが最善の選択なの。

「誓うよ……。もう二度と君の前に現れない……」

 大粒の涙を零す彼に、私は視線を合わせない。

 目を合わせると私まで泣いてしまう気がして。

 けれど、ルークが身体を反転させたあと、私はこの瞳に彼の姿を焼き付けていました。

 今世で最後の会話。名残惜しさも、未練も全てこれで最後にしようと。

 レグス近衛騎士団長に肩を抱かれながら、嗚咽するルークが去って行く。

 泣きながら去って行く背中を見るのは、これが初めてでした……。
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