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第三章 鮮血に染まる赤薔薇を君に
真紅の薔薇
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翌朝も貴族院へと向かう準備が忙しい。
王都ルナレイクに邸宅を持っていないご令嬢は寮での住み込みとなるのですが、イセリナと私はランカスタ公爵家の別宅から通うことになっています。
「アナ、その物騒なナイフは何事です?」
着替えの最中にイセリナが問う。
ナイフは必要ないかと考えていたのだけど、早速とミランダが突っかかってきたからね。取り巻きの男子もいるし、用心はした方がいいの。
「護身用ですよ。イセリナのね?」
「それでスリットが入ったドレスなの?」
「腰にぶら下げて歩き回れるはずもないでしょ?」
一応はご令嬢なんですのよ。
男子ならともかく、武器を手に授業を受けるわけにはなりません。
昨日、泣いたせいかスッキリしていました。
エリカと話をして改めて思う。
私はプロメティア世界の救世主なんだと。世界の時間を動かすこと。アマンダもミカエル様もそれを望んで私を召喚したのだから。
颯爽と貴族院に向かった私たちですが、到着するやイセリナはモジモジとしています。
「イセリナ、どうしたの?」
「どうもお腹の調子が良くありませんの……」
ああ、トイレですか。
起きるのが遅いからだよ。私と同じ時間に起きていたら、全て済ませてからでも充分に間に合ったというのに。
ところが、イセリナは本当にお腹の具合が悪いらしく、トイレに籠もると言い始めています。
「一人で大丈夫ですか?」
「失礼ね。ワタクシも成長しているのです! 一人でできますわ!」
貴族のドレスは割と厄介なのよ。使用人にトイレまでついてきてもらう女性も多い。
このイセリナには割と厳しく教えてきたので、彼女は一人でも大丈夫だと返している。
「じゃあ、トイレの前で見張りをしています。どうぞごゆっくり」
「お願いね!」
朝からトイレ番だとは考えなかったのだけど、具合が悪いのなら仕方ありません。
この様子では本日の授業は受けないで帰宅した方がいいかもですね。
誰もいない通路の端。私は一人、トイレの前で仁王立ちしていました。
朝っぱらからトイレに駆け込む人が多くいるはずもないけれど、イセリナが殺されてはリセット確定なので仕方ありません。
しばらくすると、誰もいなかった通路に人影が現れました。
またその人物は真っ直ぐにトイレへと向かっているかのよう。
「えっ?」
私は固まっていました。
迫る人影に。しかしながら、悪漢であったからではありません。
「アナ!!」
現れたのはどうしてかルークでした。
こっぴどく振ったはずなのに、二日経過しただけで彼は私の前に現れています。
呆然と頭を振る。
恐らくはエリカの仕業でしょう。迂闊なことを口走ったせいで、ルークに真相を知られてしまった可能性がある。
(失敗したな……)
どうしてこうも私の心を掻き乱すのでしょうか。
引いてくれたら楽だというのに、彼はそれを認めてくれません。
「君の気持ちはエリカから聞いた。俺は身分なんか気にしないし、文句がある奴は全員廃爵に追い込んでやる!」
もう、やめてよ。お願いだからやめて……。
私はそれだけで身を引くわけじゃないの。伝えられない使命があるからこそ、私は貴方の前から消えていくのよ。
「ルーク殿下、私は言ったはず。サヨナラだと……」
貴族院三日目にして修羅場を迎えるなんてね。
でも、もう望む未来なんてないのよ。貴方も私も別々の道を歩むしかない。
「俺は諦めない。火竜の巣で初めて会った時から君に惹かれた! 伯爵領で再会してから、それは確信に変わったんだ!」
違うわ、ルーク。その感情は偽物なの。残念だけど、前世とは違って本当の感情じゃない。
小さく頭を振る私にルークが続けた。
「逃げるな、アナ! ちゃんと向き合え!」
どうして私が責められているのかな。
私は世界のために感情を犠牲としているのに。
まあでも、そうか。そう見えても仕方ないね。ルークに分かるはずもないのだから。
「逃げてなんかいない。望むことすら叶わないだけ。もう終わりなのよ。この歪みきった世界線は……」
人は過ちを繰り返すものだ。
それこそ何度失敗したとしても。それほどに人は愚かなのよ。
でも、私はようやく気付いた。最大にして最悪の誤りに。だから私はそれを正すの。もうそれしか前へと進めそうにないから。
言って私はスカートのスリットに手を入れ、太股のホルダーからナイフを抜く。
「お、おい!?」
「先に謝っておくわ。私は殺そうとしているの……」
一歩二歩と後ずさりするルーク。私の殺気を感じ取ったのかもしれない。
「今思えばイセリナだった頃は楽しかった。きっと、あれは攻略なんかじゃなかったのね。今になって気付くなんて私は本当に馬鹿だ。毎晩求めれたこと。うざったく感じていたことも、本当は嬉しかったに違いない。何しろ私は一度として拒否しなかったのだし」
自問自答のような話は結論へと辿り着く。
「こんなにも愛おしく想っているのだから……」
全て過去の話だ。幾ら涙を流したとして、あの頃には戻れない。
今はもう道を違えた人。アナスタシアと貴方は結ばれるべきじゃない。
「ありがとう、ルーク。この世界線でも愛を語ってくれて。だけど、もうおしまい。たった三日なのに頭がおかしくなりそうよ。これじゃ使命なんか遂げられないわ」
不意に流れた涙を拭い、私は彼に微笑む。これで最後にするのだと。
「アナ……?」
「安心して。苦しむのは今の貴方じゃない。ずっと昔の貴方よ……」
私は覚悟の全てを伝えている。
「今、死ぬのは私だもの――――」
言って私は刃先を自分の胸元に向けた。
私が死ねばリセットされる。
きっとセーブポイントはルークを毒殺しようとした場面。あのとき私は彼に目覚めのキスをした。それをアマンダが見逃すはずはない。
リスタートした私は解毒に失敗しようと思う。
罪はリッチモンド公爵に丸投げできるし、私はもう煩わされることなく攻略に集中できる。
ルークのいない世界線ならばクリアできるはず。だから私は鬼にでもなろう。
私はナイフを自分の胸に突き刺していた。
激痛が全身に迸っていたけれど、これはルークを殺めようとする私への罰。歪みきった愛の結末なんだ。
「ルーク、愛してる――――」
せめて本心を。今際のきわくらいは許して欲しい。
愛に気付いた私の最初で最後となる告白なのだから。
徐にナイフを抜くと、刹那に血飛沫が舞い上がっていました。
胸元から吹き出す鮮血。どうやら穢れきった私にも赤い血が流れていたみたいね。
意外なほど綺麗だわ……。まるで赤い薔薇のようにも見える。
確か赤い薔薇の花言葉は愛。一本であれば、貴方しかいないって意味だったかしら……?
それは素敵ね……。
ならば、私はこの真紅に染まる薔薇を君に。
永遠の愛と揺るぎない決意を込めて。貴方だけを愛することを誓おう。
たとえ、この身を誰かに委ねることになっても……。
想いを伝えられた今、もう心残りはない。
きっと私は穏やかな顔をして死を迎えたことでしょう。
リセット後の人生は決意に基づき悪に徹する。
愛する王子殿下の暗殺を目論む私は生半可な気持ちで生きられないから。
もう二度と間違いを犯さないためにも……。
王都ルナレイクに邸宅を持っていないご令嬢は寮での住み込みとなるのですが、イセリナと私はランカスタ公爵家の別宅から通うことになっています。
「アナ、その物騒なナイフは何事です?」
着替えの最中にイセリナが問う。
ナイフは必要ないかと考えていたのだけど、早速とミランダが突っかかってきたからね。取り巻きの男子もいるし、用心はした方がいいの。
「護身用ですよ。イセリナのね?」
「それでスリットが入ったドレスなの?」
「腰にぶら下げて歩き回れるはずもないでしょ?」
一応はご令嬢なんですのよ。
男子ならともかく、武器を手に授業を受けるわけにはなりません。
昨日、泣いたせいかスッキリしていました。
エリカと話をして改めて思う。
私はプロメティア世界の救世主なんだと。世界の時間を動かすこと。アマンダもミカエル様もそれを望んで私を召喚したのだから。
颯爽と貴族院に向かった私たちですが、到着するやイセリナはモジモジとしています。
「イセリナ、どうしたの?」
「どうもお腹の調子が良くありませんの……」
ああ、トイレですか。
起きるのが遅いからだよ。私と同じ時間に起きていたら、全て済ませてからでも充分に間に合ったというのに。
ところが、イセリナは本当にお腹の具合が悪いらしく、トイレに籠もると言い始めています。
「一人で大丈夫ですか?」
「失礼ね。ワタクシも成長しているのです! 一人でできますわ!」
貴族のドレスは割と厄介なのよ。使用人にトイレまでついてきてもらう女性も多い。
このイセリナには割と厳しく教えてきたので、彼女は一人でも大丈夫だと返している。
「じゃあ、トイレの前で見張りをしています。どうぞごゆっくり」
「お願いね!」
朝からトイレ番だとは考えなかったのだけど、具合が悪いのなら仕方ありません。
この様子では本日の授業は受けないで帰宅した方がいいかもですね。
誰もいない通路の端。私は一人、トイレの前で仁王立ちしていました。
朝っぱらからトイレに駆け込む人が多くいるはずもないけれど、イセリナが殺されてはリセット確定なので仕方ありません。
しばらくすると、誰もいなかった通路に人影が現れました。
またその人物は真っ直ぐにトイレへと向かっているかのよう。
「えっ?」
私は固まっていました。
迫る人影に。しかしながら、悪漢であったからではありません。
「アナ!!」
現れたのはどうしてかルークでした。
こっぴどく振ったはずなのに、二日経過しただけで彼は私の前に現れています。
呆然と頭を振る。
恐らくはエリカの仕業でしょう。迂闊なことを口走ったせいで、ルークに真相を知られてしまった可能性がある。
(失敗したな……)
どうしてこうも私の心を掻き乱すのでしょうか。
引いてくれたら楽だというのに、彼はそれを認めてくれません。
「君の気持ちはエリカから聞いた。俺は身分なんか気にしないし、文句がある奴は全員廃爵に追い込んでやる!」
もう、やめてよ。お願いだからやめて……。
私はそれだけで身を引くわけじゃないの。伝えられない使命があるからこそ、私は貴方の前から消えていくのよ。
「ルーク殿下、私は言ったはず。サヨナラだと……」
貴族院三日目にして修羅場を迎えるなんてね。
でも、もう望む未来なんてないのよ。貴方も私も別々の道を歩むしかない。
「俺は諦めない。火竜の巣で初めて会った時から君に惹かれた! 伯爵領で再会してから、それは確信に変わったんだ!」
違うわ、ルーク。その感情は偽物なの。残念だけど、前世とは違って本当の感情じゃない。
小さく頭を振る私にルークが続けた。
「逃げるな、アナ! ちゃんと向き合え!」
どうして私が責められているのかな。
私は世界のために感情を犠牲としているのに。
まあでも、そうか。そう見えても仕方ないね。ルークに分かるはずもないのだから。
「逃げてなんかいない。望むことすら叶わないだけ。もう終わりなのよ。この歪みきった世界線は……」
人は過ちを繰り返すものだ。
それこそ何度失敗したとしても。それほどに人は愚かなのよ。
でも、私はようやく気付いた。最大にして最悪の誤りに。だから私はそれを正すの。もうそれしか前へと進めそうにないから。
言って私はスカートのスリットに手を入れ、太股のホルダーからナイフを抜く。
「お、おい!?」
「先に謝っておくわ。私は殺そうとしているの……」
一歩二歩と後ずさりするルーク。私の殺気を感じ取ったのかもしれない。
「今思えばイセリナだった頃は楽しかった。きっと、あれは攻略なんかじゃなかったのね。今になって気付くなんて私は本当に馬鹿だ。毎晩求めれたこと。うざったく感じていたことも、本当は嬉しかったに違いない。何しろ私は一度として拒否しなかったのだし」
自問自答のような話は結論へと辿り着く。
「こんなにも愛おしく想っているのだから……」
全て過去の話だ。幾ら涙を流したとして、あの頃には戻れない。
今はもう道を違えた人。アナスタシアと貴方は結ばれるべきじゃない。
「ありがとう、ルーク。この世界線でも愛を語ってくれて。だけど、もうおしまい。たった三日なのに頭がおかしくなりそうよ。これじゃ使命なんか遂げられないわ」
不意に流れた涙を拭い、私は彼に微笑む。これで最後にするのだと。
「アナ……?」
「安心して。苦しむのは今の貴方じゃない。ずっと昔の貴方よ……」
私は覚悟の全てを伝えている。
「今、死ぬのは私だもの――――」
言って私は刃先を自分の胸元に向けた。
私が死ねばリセットされる。
きっとセーブポイントはルークを毒殺しようとした場面。あのとき私は彼に目覚めのキスをした。それをアマンダが見逃すはずはない。
リスタートした私は解毒に失敗しようと思う。
罪はリッチモンド公爵に丸投げできるし、私はもう煩わされることなく攻略に集中できる。
ルークのいない世界線ならばクリアできるはず。だから私は鬼にでもなろう。
私はナイフを自分の胸に突き刺していた。
激痛が全身に迸っていたけれど、これはルークを殺めようとする私への罰。歪みきった愛の結末なんだ。
「ルーク、愛してる――――」
せめて本心を。今際のきわくらいは許して欲しい。
愛に気付いた私の最初で最後となる告白なのだから。
徐にナイフを抜くと、刹那に血飛沫が舞い上がっていました。
胸元から吹き出す鮮血。どうやら穢れきった私にも赤い血が流れていたみたいね。
意外なほど綺麗だわ……。まるで赤い薔薇のようにも見える。
確か赤い薔薇の花言葉は愛。一本であれば、貴方しかいないって意味だったかしら……?
それは素敵ね……。
ならば、私はこの真紅に染まる薔薇を君に。
永遠の愛と揺るぎない決意を込めて。貴方だけを愛することを誓おう。
たとえ、この身を誰かに委ねることになっても……。
想いを伝えられた今、もう心残りはない。
きっと私は穏やかな顔をして死を迎えたことでしょう。
リセット後の人生は決意に基づき悪に徹する。
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