青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第三章 鮮血に染まる赤薔薇を君に

愚か者

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 ようやくランカスタ公爵家から別邸へと移り住む日が来ました。

「お父様は見送りに来ないのね?」

「ええまあ。天邪鬼ですからね……」

 髭は完全なツンデレだと思います。

 裏では滅茶苦茶心配しているというのに、本人を前にそのような態度は見せません。傍目からは嫌われようとしているかのよう。

 私たちは馬車に乗り、王都ルナレイクを目指して出発します。

 それほど長旅ではありませんけれど、やはり何時間と馬車に乗っているのは疲れてしまいますね。

 二人して居眠りしていた頃、外を飛んでいたマリィがガァガァと声を上げたのに気付きました。

「どうしたの、マリィ?」

 常にべったりだったマリィも少しだけ大人になったみたい。

 身体こそ大きくなっておりませんが、彼女も一人で遊ぶことを覚え始めています。

 窓を開けるや、馬車が急停車。流石に問題発生の予感です。

「イセリナ様、ご心配なく。盗賊くらいでしたら蹴散らしますので、そのまま眠っていてください」

「よろしくね。アナ……」

 言ってまたイセリナは居眠りしてしまう。

 信頼されるのは有り難いのですけれど、一応は私も貴族の令嬢なんですけどね。

 野党を一人で蹴散らすという話に疑問すら抱かないなんておかしいわ。

 私は馬車を飛び出すと、御者が困惑顔をして私を見ています。

 街道の真ん中にいたのは女性。さりとて、彼女が盗賊団の女頭領という話ではなく、女性は一人だけでした。

 小さく顔を振ったのは私です。

 とはいえ、貴族の馬車を女が一人で襲うことに呆れたわけではなく、唖然としたわけは彼女の事を知っていたからでした。

「シルヴィア様……」

 間違いありません。

 痩せ細っていましたが、彼女はイセリナの母親。前世で私を産んだ人そのものでした。

「貴方、公爵家の人間? 何か食べるものをよこしなさい」

 前世でも会話する機会はありませんでした。

 何しろ産まれた直後に離婚をし、政敵であるリッチモンド公爵の妾となってしまったのですから。

「貴方に与える物など持っておりませんわ。それよりも指名手配犯ですよね? 王家に突きつけて褒美をいただこうかと思います」

 リッチモンド公爵家は全員が断罪の対象です。大半が捕まっていたけれど、シルヴィアは逃げおおせていたらしいね。

「ランカスタ公爵に話を通しなさい。シルヴィア・イグニス・ランカスタが戻ったのだと。使用人と話をするつもりはありません」

 どうやらシルヴィアはアナスタシアについて知らないみたい。

 全ての元凶である私を知らないとは呆れてしまうわね。

「イグニスの名を口にしないでくれる? 私は今、猛烈に怒りを覚えています」

 四大公爵家はそれぞれ始祖とされる精霊の名をミドルネームとしています。

 メルヴィス公爵家は水属性の精霊シーズ。クレアフィール公爵家は風属性の精霊ゼファーであり、リッチモンド公爵家は土属性のガイアでした。そしてランカスタ公爵家は火属性の精霊イグニスといった風に。

「私は今もイグニスの加護の元にいますわ。早く公爵に取り次ぎなさい! クビにしますわよ!?」

 声を荒らげるシルヴィアに私は首を振った。

 話すことなどない。この傲慢なご婦人は犯罪者であり、公爵家とは無関係だ。

 離婚に関しては髭が悪いと考えていたけれど、どうやら一方的な話ではなかったのかもしれません。

「クビにできるならやってみるがいいわ! 私は貴方よりも確実に愛されているから!」

 どうしてか私はイセリナになりきっていました。

 転生者である私は母がいなくても大丈夫でしたが、この世にいるイセリナはその限りではありません。私という理解者がいなければ、彼女は今も荒れた人生を歩んでいたことでしょう。

「死ねばいいのよ。男にこびを売るしかない無能な女は死ねばいい」

 言って私は魔法を詠唱していく。

 それは岩盤を貫く土木工事の魔法でしたけれど、女一人を殺めるくらいわけないのだと。

「ちょっと、貴方やめなさい! 私を誰だと!?」

「うるさい! 悪夢は消えてなくなればいいんだ! 穢れた女と共に!」

 躊躇いなく私はハイドロクラッシャーを撃ち放っていました。

 まあしかし、少しばかり躊躇したのは否めません。なぜなら、私の魔法は明後日の方向へと放射されていたのですから。

「次は確実に殺す。もう二度とランカスタ公爵領に現れないこと。せいぜいご自慢の身体でも売って、生き長らえることね……」

 私はシルヴィアから背を向けて馬車へと戻る。

 御者には轢き殺してもいいと伝えて、馬車へと戻っていく。

 このとき私は本当に轢き殺してくれないかと願っていました。

 間違ってもイセリナと面会させるわけにはならない。せっかく大人しい令嬢に成長してきたというのに、今さら振り出しに戻るなんて絶対に拒否したい話だからです。

 でも、私には殺せなかった。

 前世の私を産んだ人。思い入れは少しもなかったというのに、どうやら私には覚悟が足りないようです。

 穏やかな表情で眠るイセリナを見ては嘆息してしまう。どうして私は詰めが甘いのだろうかと。

 悪役令嬢に徹することもできない。

 真実の愛を追い求めることすらやめた。

 今の私はただの極悪人。見てくれだけ成長した空っぽの人間です。

 千年以上も存在しているというのに、今も生き方について模索するしかできない愚か者でした……。
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