青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第二章 繰り返す時間軸

望まぬ結末

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 一つ息を吸ってから、私はルークの側へとしゃがみ込む。

 直ぐさま彼の手を握り、私は解毒魔法を詠唱し始めています。

「清浄なる輝き。気高き女神の慈愛。穢れなる事象の排除を……」

 これは呪われた巫女による穢れた祝詞だ。

 私はそんな風に考えていました。

 悪役令嬢は悪事を働いてこそだというのに、私は心が折れそうになっていたのです。

「災いとなるもの。聖なる輝きにより浄化せよ……」

 まるで自身の罪を告白するかのように、私は懺悔するように詠唱を終えていました。

 きっと不浄であるものは私自身だ。

 浄化されるべきは私に違いない。悪に染まった私こそが消えてなくなれば良いのに……。

 嘆息する私の心情を推し量ることなく、神聖魔法は神々しい輝きを発してルークを包み込んでいます。

 術者の穢れなど加味せず、ただその効果を発揮するだけでした。

「うぅ……」

 どうしてなのかな。

 ルークが回復することは確定していたというのに、私は安堵していました。

 顔色が戻っていくルークを見ているだけで安心したのです。

 一瞬のあと、意図せず一筋の涙が頬を伝う。

 自ら仕掛けた謀略であったというのに、なぜか私の頬を大粒の涙が滑り落ちていく。

 私は悪役令嬢なのに。

 悪に徹すると決めたはずなのに、心を掻き乱されたままでした。

 流れる涙はルークへと落ちて、乾く間もなく次の涙がルークへと滴る。

 涙の数だけ私は後悔をし、謝罪を脳裏に呟いています。

「ルーク……」

 目覚めぬルークに私は口づけをする。

 かつて感謝の前払いをしたように。或いは今回の謝罪を押し付けるかのように。

 毒リンゴを食べた白雪姫よろしく、ルークが目覚めはしないかと。

「アナ……?」

 長いキスのあと、ようやく目を開くルークに長い溜め息が自然と漏れていました。

 何をしていたのか、自問自答を無意味に繰り返す。

 固定された時間軸を再び動かすという建前。けれど、その実は自分勝手に生きているだけではないかと。

 私を慕って会場まで来てくれたルークを毒殺しようとした事実。

 絶対に助ける手筈であったことなど、罪悪感を薄めることすらできませんでした。

 想定していたよりも重い罪。ようやくと私は気付いています。

「ルーク殿下、私はやはり貴方様に相応しくありませんわ」

 後悔はしたくない。罪の意識はあったとして、もう既に結果は出ている。

 リセットされないのであれば、私は突き進むだけだ。

 ルークとの関係を断ち切って、私はリッチモンド公爵を断罪に追い込むだけです。

「今、キスしただろ?」

 明確な回答を持つその問いには頷くだけ。でも、キスの理由は一途に愛してくれた前世の感謝と、貴方を利用した謝罪です。

 私はもう妻であるイセリナではない。

 辺境に住むただの伯爵令嬢。申し訳ございませんが、ここまでの無礼は今のキスで清算とさせてください。

 私は告げた。

 今世における彼との付き合い方。その結末を……。

「サヨナラの口づけですわ――――」

 イベントが終われば、もう会わない。

 会えるはずがありません。近付けば、私はまた利用してしまう。

 本質的に悪である私が彼に近付くべきじゃない。どうか私ではないイセリナと幸せになってください。

「殿下、早く起きてくださいまし。もう毒素は残っておりませんわ」

 淡々とした台詞とは違って、私は今も泣いていました。

 痛みに耐えきれず心が流す雫。

 前世を通して、転生前を含めても、私には心がありませんでした。

 しかし、二度の転生をして、ようやくと心の在り処に気付く。

 私の心はこの胸の内にある。

 遂げられない想いとして、明確に私の感情を揺さぶっていたのですから。

 ここに愛があるのだからと……。

 感情は攻略じゃない。でも、私がしているのは明らかに攻略です。

 ストーリーを楽しむ余裕はなく、ただクリアするだけ。そんな言い訳を私は人知れず脳裏に繰り返していました。

 ルークが立ち上がるや、大喝采が巻き起こります。

 それは王子殿下を救った私に対するもの。

 仕組まれた暗殺の顛末を、さも自身の手柄のように片付けた私に贈られる賛辞でした。

 私は悪役令嬢なのに――――。

 周囲が騒ぐほど、胸を締め付けられたような苦しみが湧き立つ。

 私は褒められた人間ではありません。

 女神からの指令を遂行するためならば、平然と人をも殺める悪役令嬢なのです。

「お見事!!」

 今も騒然とするパーティー会場に、一際大きな声が響きました。

 それは血塗られた誕生パーティーイベントに終止符を打つ声。前世同様にこのイベントを強制終了させるべく告げられた声でした。

 拍手をしながら、会場の中央へと歩み寄るのは隣国の皇太子カルロ・サルバディール殿下です。

「私はカルロ・サルバディール。他国の政治に関与するつもりもなかったのだが、美しき女性に頼まれてしまっては動かざるを得なかったのだ」

 カルロは立派な服に着替えています。

 全ては記憶のまま。オリビアに事態の収拾を依頼された彼はこのパーティーに隠された悪事の尻尾を掴んで現れていました。

「ルーク王子殿下、ご気分は如何でしょう?」

「ああいや、処置が早くて助かったようだ……」

 国としてはセントローゼス王国の方が遥かに強大です。

 しかし、侯爵家と比べればその力は比較対象にもなりません。

「ならば良かったです。どうやら殿下はデンバー侯爵家によって暗殺されようとしていたのですから」

「何だって!?」

 流石に看過できない話であったことでしょう。

 ルークはスケジュールを明らかとせず、お忍びと言えるほど突然に現れたのですから。

「実は我がサルバディール皇国から、デンバー侯爵は薬と称して様々な毒草を密輸していたのです。摘発された業者が密輸先を明らかにしたと、魔道通話にて連絡を受けました。パーティーへのご参加は事前に公表されていた行事ですか?」

 カルロの話には首を振るルーク。彼に代わって答えたのは近衛騎士団長のレグスでした。

「いえ、殿下は内密に侯爵家まで来られております。警備上の安全を考え、デンバー侯爵様にしかその旨はお伝えしておりません」

 カルロは分かっていたかのように、大きく頭を上下させています。

 つまりはデンバー侯爵が黒幕なのだと。

 実際にデンバー侯爵は毒草を輸入していたのですが、本当の使途は明らかとなっておりません。

 前世では私ことイセリナの暗殺容疑で彼は捕まっていましたけれど、密輸した毒草から毒薬を作ったのかどうかの真相は明らかとなっていないのです。

 ただし、前世界線においてデンバー侯爵家は取り潰しとなっています。

「ならば明らかだ。王子殿下に毒を盛ったのはデンバー侯爵だろう。如何かな?」

 カルロは鋭い視線で駆け付けたデンバー侯爵を睨み付けている。

「わ、私は何もしていない! 私じゃなくリッチモ……」

 言ってデンバー侯爵は口を噤む。

 ここは前世と同じだ。この発言により、私は更なる巨悪の存在に気付いた。

 彼が言い淀んだ存在こそリッチモンド公爵であるのだと。

「デンバー侯爵を拘束しろ! 殿下を馬車までお連れするぞ!」

 レグス近衛騎士団長の声により、誕生パーティーは唐突に終わりを迎えます。

 ここまでは前世と変わりありませんが、此度の世界線は大物狩りがまだ残っているのです。

 まあしかし、既にそれは私の手を離れたことだ。

 既にコンラッドは行方を眩ませているでしょうし、リッチモンド公爵家の噂話を各所で言い広めているはず。

 今はただイベントを乗り切った感傷に耽ると同時に、自身の悪について考えるだけだわ。

 手段を選ばぬ私は正しいのかどうかと……。
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