青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第二章 繰り返す時間軸

暗殺者

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 急な王城でのイベントから一ヶ月が経過していました。

 私は今も考えています。まるで愛の哲学者にでもなったかのように、人を愛することについて思考していました。

 まあしかし、結論が得られるはずもありません。

 私はまだ愛を知らない。ルークに愛されはしましたけれど、イセリナとして愛していたかと問われると疑問符が浮かびます。

 今ならアマンダの台詞も理解できる。きっと私はあの愛に溺れていなかったのだと。

 ルークは自ら生み出す愛に溺れていた。私はそれに関与していません。

 愛の淀みでルークが藻掻き苦しんでいたときも、私自身は息苦しくない場所で生きていただけなのです。

「愛を騙った偽物よね……」

 恐らく、あの愛は溺愛なんてものじゃない。愛に似せようとしてできた紛い物です。

 あれからずっと溜め息を零している。

 ただ侍女としての仕事は大してありませんので、問題はありませんでした。

 朝っぱらから髭は来客中とのこと。私もそろそろ仕事を始めようと、イセリナを叩き起こそうとしています。

「アナスタシア様、旦那様がお呼びです」

 エントランスから螺旋階段を登ろうという私に声かけがありました。執事によると髭は私を呼んでいるらしい。

「何かしら?」

「分かりません。至急とのことです」

 イセリナは放置していたら、お昼まで寝ているというのに、何の用があるというのでしょう。

 さりとて、髭には逆らえませんので、私は貴賓室へと向かいました。

 扉をノックし応答があるや扉を開きます。

 ドレスの裾を上げ、貴族的な挨拶を。慣れた所作をしただけなのですが、私は呆然と固まっていました。

「コンラッド……?」

 間違いありません。記憶より若く見えるのは変装していたからでしょうか。

 でも間違いなく眼前の男はコードネームサイファーこと、コンラッドでした。

「ほう、これは驚いた。偽名の一つを知っているなんて。街中で呼ばれていたのなら、貴方を殺していたことでしょう」

 やはり彼は殺し屋でした。

 あの会場にいた執事。イセリナの命を狙った暗殺者に他なりません。

(悩んでいてもシナリオは進むのね)

 何も選択しなかったとして、現実は時を経ていく。

 私が動かねばイセリナは失われてしまうというのに、私は何を呆けていたのでしょう。

 愛については後回しにして、キャサリン・デンバーの誕生パーティーイベントに全力を尽くさねばなりません。

「アナ、お前が指名した男を雇った。間違いないのだな?」

「公爵様、ありがとうございます。これで勝算が高まりました。彼は私が予知した暗殺者に違いありません」

 私は臆面もなく、サイファーの隣へと座ります。腹を割って話をするために。

「お嬢さん、私が怖くありませんか? これでも闇の家業をしておりますけれど」

「怖い? 貴方様は雇い主に忠誠を誓うと存じておりますの。心強い味方をなぜ恐れるのです?」

 堂々と意見した私にサイファーは大声で笑う。

 意外な話だったのだろう。何しろ私は十三歳の子供なのですから。

「公爵殿、私は依頼を受けようと思います。こんなにも面白いお嬢さんが雇い主であれば、断る理由などありませんな」

 どうやら私が雇い主ということで決まってしまったみたい。

 まあでも、立場なんて関係ないの。私はイセリナを救った上で、敵を倒すと決めたのだから。

「ならばコンラッドと名乗りなさい。私が予知で見た貴方もそう名乗っておりましたから」

 私の話に頷きを返すサイファー。今からこの男はコンラッドとして働いてもらうことになります。

「では私の仕事はなんでしょう? 随分と長い期間を雇ってもらえるようですが……」

「貴方が望むのであれば、公爵家の陰として生涯働いてもらうことも可能です。何しろ敵が多すぎるのですよ」

 私は予知とした前世界線の記憶を語り出す。

 リッチモンド公爵家に雇われた暗殺者に、イセリナが暗殺されてしまったことを。

「まあ貴方の予知とやらは正しいのでしょうな。私は契約者以外に正体を告げない。契約違反となれば契約者ですら殺す。よってコードネーム以外を知る貴方は未来を見たのでしょう」

 コンラッドは私の未来予知を信じてくれたみたい。

 まあ彼がコンラッドと名乗ろうとしていたのは明らかです。私は実際にそう名乗る彼を見ているのだし。

「それで私は何をすれば良いのです? 大金をもらうのであれば、何用でもお引き受けいたしましょう」

「それは有り難いわね。今より一年後のことが問題となっているわ。リッチモンド公爵家とデンバー侯爵家をご存じかしら?」

「もちろん。私はサルバディール皇国を中心に動いておりますが、もちろんセントローゼス王国でも活動しておりますから」

 まあそうでしょうね。常にアドルフが雇われていたのです。彼が主戦場をセントローゼス王国内にしていたとは考えられません。

「まずはこの書面にサインと血判を。話はそれからですわ」

 私はアイテムボックスから書面を取り出す。

 それにはオリジナルの術式が記されています。絶対服従の術式が……。

「これは見たことのない構文ですね?」

「ただの契約書ですわ。二重スパイとか話になりませんからね。これに署名したのなら絶対に裏切れない。私を裏切ったその場で心臓が破裂することになりますわ」

 私は悪魔的な笑みを浮かべて言った。

 その様子に満足そうなのは髭だけです。

 家族ですら信用しない彼の信条と合致しているのは遺憾でしかありませんけれど、暗殺者を簡単に信用するわけにもなりませんからね。

「フハハ、良いでしょう。ちょうど暇を持て余しておったところです。上位貴族のいざこざとか大好物ですからな。私は永遠の忠誠を誓いましょう」

 悩む様子もなく、コンラッドはサインと血判を押した。これにて契約が成ったのは明らかです。

「言っておきますが、サインは偽名でも問題ありません。貴方が記したという事実だけで術式に紐付けされますから。また血判は呪い。自害すらできないようになっております。自害しようとすれば死と同様の苦しみを味わう。もちろん他者に自身の殺害を依頼しようとしても同じですわ。ご自身の心臓を愛おしく感じられるのでしたら、くれぐれも裏切ることのないように願います」

 悪役令嬢たる私を舐めてもらっては困る。散々裏切りに遭ってきたのよ。申し訳ないけれど、絶対服従とさせてもらいます。

 さて、これでようやく駒が揃った。あとは前へと進むだけだわ。巨悪へと繋がる盛大なパーティー会場へと向かって。

 私は頷きながら、小さく呟いています。

 邪魔になる者は排除するだけよ――と。
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