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第二章 繰り返す時間軸

友情の芽生え

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 イセリナの侍女としてランカスタ公爵家に居座って三日目のこと。

 私はいつものように寝起きの悪いイセリナを叩き起こし、文句を言われています。

「アナ、もっとワタクシに敬意を持てと言っているでしょう!?」

「知りませんよ。私の仕事ができなくなるので、さっさと朝ご飯を食べてください!」

 不敬罪とか知ったこっちゃありません。

 もしも私が死ねばリセットされるだけ。だから、別にイセリナとの間に壁を作る必要などありませんでした。

 せっかくなので、私は公爵家の蔵書を読み漁ることにしています。

 前世でも色々と読んだものですが、いかんせん所蔵数が半端ないもので、未だに新しい発見があったりして充実した時間が送れていたりします。

 イセリナの世話さえなければですけど……。

「アナ、今日はお出かけしますから」

 ちくしょうめ。私は読みかけの本を読破するつもりだったのに。

 この怠惰な姫君は日中まで拘束するつもりなのか。

「何用でしょうか?」

「いえ、いつまでもメイド服というのも何なので、アナにドレスを買って差し上げますわ」

 あらら? こんなところでドレスイベントが差し込まれちゃうの?

 まあそれはどこでも一緒だけど、オリビアとの出会いはどうなるのかしら。

「私はメイド服でも構いませんよ? 伯爵家の人間ですし……」

「ワタクシが嫌なのです! 食事のあと出かけますわよ!」

 言い出したら聞かないのだから、しょうがないね。オリビアと出会うのはまだ先でも構わないし、ここは我が儘な姫君に付き合ってあげましょうか。

 イセリナの食事が終わったあと、私たちは公爵領の主要都市であるラルクレイドへと馬車にて向かいました。

 勝手知ったる街であるけれど、一応は田舎者らしく驚いてあげなきゃね。

 取り巻きとして公爵家をヨイショする姿勢は何よりも大切なのだし。

 幾度となく訪れた服飾店にて私はイセリナにドレスを見繕ってもらいます。

「地味な顔なのですし、シンプルなドレスが似合うと思いますわ!」

「地味は余計ですよ……」

 採寸が終わり、幾つかのドレスが選ばれています。

 とはいえ、全てイセリナが決めていたのですけれど。

「色は少しばかり華やかなものが良いですわ!」

 放っておけばゲームの記憶通りにピンク色が選ばれるだろうね。

 しかし、勝負服は決めているのよ。ここは口出しさせてもらいましょうか。

「最後のドレスだけはブルーでお願いいたしますわ」

 とりあえず一番豪華そうなドレスを勝負服としよう。

 再び夜会で耳目を集め、私はセシルの視線を独り占めにするんだ。

「ブルー? ピンクの髪ですし、明るい色の方が似合いますわよ?」

「いえ、そのドレスだけはここぞというときに着ようと考えております。たとえば貴族院の卒業式のあとにある夜会だとか……」

 青薔薇の夜会を再び。貴族院の卒業式は成人の儀も兼ねていたりします。

 上位貴族のご子息が集うその夜会には王家や諸侯だけでなく、外国からも君主などが招かれるという盛大なイベントでした。

 前世での主役は間違いなくルークでしたけれど、私はイセリナとして会場の視線を独り占めにしました。

 乙女ゲームBlueRoseのクライマックス。貴族院二年目の冬に行われる夜会は今も私の記憶の中で光り輝いています。

 幾度となく、この時間軸を繰り返している。

 モブであるのは分かっていても、考える度に想いが強くなっていました。

 やはり私は放たれる輝きの中心を歩いていたいのだと。

「アナ、六年後のことをもう考えているの? まあ確かに胡蝶蘭の夜会であれば、セシル殿下もおられるでしょうけれど……」

 実をいうと夜会の正式名称は胡蝶蘭の夜会と言います。

 ソレスティア王城内でも極めて美しいと評判のノブレスガーデンにある純白の館が名称の由来。

 会場となる胡蝶蘭の館の周辺には見頃を迎えた胡蝶蘭が咲き乱れているのです。

 何と言いますか、私は主役であるルークをも霞んで見えるほど目立ってしまいまして、そのせいでその年の夜会は青薔薇の夜会と呼ばれております。オホホホ!

「貴族院に入って二年目の冬でしょうか。卒業式後の夜会に参列したいと考えております。招待されるように頑張りますわ」

 イセリナであれば文句なしですけれど、私の場合は伯爵令嬢です。

 主役になりたくても、参加できるかどうかも分かりません。

 卒業式自体は問題ありませんけれど、上位貴族以外は優秀な成績を収めなくては参加資格がなかったりします。

「胡蝶蘭の夜会への参加についてはワタクシに任せなさいな。貴族であるのなら、ねじ込むくらいわけありませんわ」

 やはり公爵令嬢は頼り甲斐があるね。

 それならば私は夜会への出席ができるでしょう。白も黒だと言い張れるイセリナがいうのであれば。

「まあ、まだ先の話ですわ。イセリナ様は私が話す通りのことを覚えていってくださいまし。必ずやイセリナ様をお守りしますので……」

 何とか手にした二年という期間を無駄にしてはいけない。

 二年もあればイセリナが取るべき行動の全てを伝えられるはず。

 彼女は誕生パーティーイベントを生き残れるはずです。

「ところでアナ、貴方ワタクシが怖くないの?」

 ここで意味不明な話が続く。イセリナはどうしてか私の感情について聞いた。

「怖がらせたいのですか?」

 薄い目をして問いを返します。

 彼女が怖がれというのならば、私は怖がってみせるだけなのだと。

「ああいえ、そういう意味ではありません。ワタクシは割と畏怖される存在ですからね。まあそれで初対面から今までワタクシと親しく接してくれる貴方を不思議に感じているのです」

 今のイセリナは私が好きな彼女だ。

 幼くして母の愛を失ったイセリナ。加えて彼女は産まれながらにして力を持っていました。

 だからこそ、他人との関わり方を知りません。近付こうとしない者へ自ら歩み寄ることなど今までになかったことでしょう。

「どうしろというのです? 私はあの髭に無理矢理命じられているのです……」

 言ったあとで失言に気付いた。

 普段から髭と呼んでいる私はまたも迂闊な言葉を口にしています。

「ひ、髭……?」

 流石に固まってしまうイセリナ。でも、これは仕方がない。

 公爵である父親を髭とだけ呼ばれてしまったのですから。私としては申し開きしたいところですけれど。

 一拍おいたあと、

「アハハ、確かに髭ですわね! あの髭にはワタクシも苦労させられていますの!」

 キレられてしまうのかと考えたけれど、イセリナは意外と柔軟な思考をしてくれる。

 私は驚いていた。まさか彼女の反応が好意的なものであるなんてと。

「アナ、貴方はお父様ですら恐れないのですから、ワタクシを怖がるはずもありませんわね。ワタクシのことはイセリナとだけ呼びなさい。敬称など不要ですわ」

 あらまあ、何とも仲良くなりすぎじゃない?

 でも、流石にイセリナのことを公共の場で呼び捨てにはできない。

「無理ですよ。他者から見たら絶対にスカーレット伯爵家がおかしいと思われます。ただでさえ田舎貴族ですのに……」

「ならば公式の場所以外ではイセリナと呼ぶこと。いいですわね? これは命令ですわ!」

 命令ならば仕方ありません。何だかイセリナが可愛いと思えてしまいますね。

 恐らく彼女は友達が欲しかったのでしょう。

 慕ってくれるオリビアがいましたけれど、彼女の味方は一人だけ。

 まだ十二歳でありますし、臣下ではなく腹を割って話せる友人が必要なのだと思います。

「承知いたしましたわ。イセリナ、今後ともどうぞよろしくね?」

 ニシシと笑う私にイセリナは頬を膨らませました。

 本当に可愛い。

 美人になるのは決定事項ですけれど、今は幼さを残しており、子供らしい感じがキュンとさせてくれます。

 まあ、前世の自分なのですが……。

「分かればいいのよ。アナ、決してワタクシを失望させないでね……」

 その台詞には胸が痛む。ここまでもイセリナは裏切り続きだったのかもしれない。

 敵対するリッチモンド公爵家の陰謀か、仲良くなったご令嬢は直ぐに離れていったはずだ。

 加えて私には分かる。彼女が抱え込む全てを。

 何しろ、嫌と言うほど味わったからね。

 精神年齢が子供であったなら、私もイセリナと同じように酷く落ち込んだことでしょう。

「イセリナ、安心していい。私は最後まで貴方の味方だから。たとえ世界中の全てが貴方を裏切ったとしても、私は最後の最後までイセリナの隣にいるわ」

 私にとってイセリナは必要不可欠な存在。四大公爵家にいる他のご令嬢がルークを落とすなど考えられない。

 私がセシルルートを選ぶのであれば、ルークの相手を任せられるのはイセリナしかいないのです。

 青き薔薇の公爵令嬢たるイセリナ・イグニス・ランカスタしかおりません。

「アナ、貴方とはいい関係が築けそうよ。ワタクシは貴方となら共に歩めるような気がするのです」

 そんな弱気な発言はしないで欲しいな。

 貴方は高貴なる青き薔薇の令嬢なのだから。

「イセリナ、王国を牛耳ってやりましょう。私と貴方でセントローゼス王国を手中に収めるのです。私はそれを望んでおります……」

 少し悪役令嬢成分を出し過ぎたかもしれない。

 でも、それは私の嘘偽りない気持ちです。

 イセリナがルークを完落ちさせ、私がセシル殿下を虜にする。

 それ以外のシナリオなど存在しません。全ては停滞する時間軸を進めるためなんだから。

 どうしてか私たちは握手を交わしています。

 悪役令嬢同士が結託しているようにも感じますけれど、これは友情の芽生えであると私は考えます。

 目指す結末に向け、私たちは同じ志を持っていました。
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