青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

文字の大きさ
上 下
48 / 377
第二章 繰り返す時間軸

胸の痛み

しおりを挟む
「最悪という暗殺者を先に雇うということか?」

 期待したままの返答に私は頷きを返しています。

 本当、悪事に関しては理解が早いね。

「コンラッドという暗殺者に覚えはありませんか? 偽名である可能性が高いので、暗殺者の人相書きリストでもあればと思うのですけれど」

 暗殺者がそのまま名乗っているはずがない。だからこそ人相書きが必要でした。

「まあ子飼いにしておる暗殺者ではないだろうな。足がつくような真似をするとは思えん。よかろう。裏の筋を当たっておく」

 ま、裏の情報はこの髭に勝る者などいないわ。

 リッチモンド公爵には申し訳ないけれど、ただの悪が極悪に勝てるはずもないってことよ。

「そうですか。よろしくお願いいたしますわ」

 とりあえず私の要件はこれで終わり。

 次に会うのはリストが揃ってからになるのかしらね。

 徐に席を立つ私に、どうしてか髭が声をかけます。

「ああ、待て。しばらく滞在していきなさい」

 ええ? マジで言ってんの?

 イセリナには会っておきたいけれど、まだ猶予は二年もある。

 今から取り巻きの位置に納まるのは行動の自由が失われちゃうような……。

「裏の筋を洗うのに時間などかからん。子供は嫌いだが、頭が切れる者は好物なんでな。少しばかり話がしたい」

 気に入られたのか、或いは見定めようとしているのか。

 どちらにせよ私は実家に戻れない。この髭が口にしたことを曲げるはずもないのですから。

 ここで髭がベルを鳴らす。すると直ぐさま執事が入室してくる。

「イセリナを呼んでくれ。急いでな」

 よく知る光景でした。

 髭は相手の都合など気にしない。ベル一つで何でも可能にしてしまう。

 暗殺でさえも依頼できてしまうのだから、イセリナを連れてくるくらいはわけないことでしょう。

 しばらくして、イセリナが執務室へとやって来ました。

 どうにも不機嫌そう。

 私もそうだったけど、このイセリナも父親の横暴には腹を立てているのでしょうかね。

「お父様、何ですの? それにこの小汚い子豚は……」

 一応まだイセリナは私の世界線を引き摺っている感じ。

 子豚とのキーワードはそれを如実に表しています。

「イセリナ様、小汚いまではその通りですけれど、私は子豚でしょうかね?」

 ここはセオリーで返す。

 イセリナとアナスタシアとの出会いに変化を与える必要はないはずです。

「あら? どうしてかしらね? どちらかというとお痩せになっているわ」

 とりま、ドレスでも贈ってもらいましょうか。小汚い私に慈悲を与えてくださいな。

 しかし、私の目論見は果たされませんでした。

 なぜなら、髭が話に割り込んでしまい、とんでもない内容で話の腰を折ったからです。

「イセリナ、この令嬢はアナスタシアだ。しばらくお前の侍女として身の回りの世話をすることになった」

 ちょちょ、聞いてないよ! 何勝手に決めてんの!? 私の都合も考えろっての。

「待ってください! 私には所領の運営という業務がございまして……」

「知らん。貴殿が言い始めたことだろうが?」

 くっそ……。

 まあいい。既にミスリル鉱脈は掘る必要がないし、開墾も王家が請け負ってくれるんだ。

 毒シタケの増産についても目処はついてるし。

「じゃあ、分かりました。侍女と仰られましたが、何をすればいいのです?」

「仕事は特にない。貴殿はイセリナが暗殺されぬようにしてくれ。他者の策に嵌まるのは好かんのでな」

 どこまでも利己的なんだよね。

 恐らく髭はイセリナの死より、自身の矜持が重要に決まってる。

 イセリナを失えば負けだとでも考えているのでしょう。

「お父様、ワタクシが暗殺されるってどういうことですの?」

 まあ、そうなるよね。

 かといって説明を省略するなんてできません。

 彼女にはちゃんと成人して、ルークと結ばれてもらわなきゃならないのですから。

「イセリナ様、私は未来予知を得意としております。王都の危機であった火竜被害や、これから王都を襲う問題も私には分かっているのです」

 まずは話題となっただろう火竜の話をし、次に飢饉や疫病の話をしていく。

 それらは既に対策を講じていることを併せ伝え、信頼を得られるようにした。

「基本的に対策が可能なのですけれど、一つだけどうしようもない問題がありました。だからこそ、私は無理を言ってランカスタ公爵様に面会したのです」

「早く言いなさい! ワタクシはどうなってしまうのです!?」

 イセリナには悪いけれど、順追って説明するしかありません。

 私が予定を早めてまで公爵家に赴いた理由は。

「二年後にあるキャサリン侯爵令嬢の誕生パーティーです。イセリナ様はあらゆる方面から命を狙われてしまいます。というのも、貴方様はルーク殿下の十二歳を祝う春立祭にて注目を浴びてしまったから……」

 問題の発端は恐らくルークが十二歳を迎えた日だと思う。

 プロメティア世界において十二歳と十八歳の誕生日には重大な祭事がある。

 十八歳の誕生日に行われる成人の儀に対して、生誕十二年を祝う祭事が春立祭でした。

 王子様の春立祭が身内だけで行われるはずもなく、王城では盛大な式典が催されていたのです。

 前世でイセリナだった私は春立祭にて注目を浴び、王太子妃候補としてその名を全国に轟かせたのでした。

 ルークの春立祭は世間が初めてイセリナを認識した瞬間に他なりません。

 私のデータを引き継ぐイセリナもまた華々しくデビューを飾ったことでしょう。

「春立祭? ワタクシはお父様の後ろをついて歩いていただけですわよ?」

「それでもです。公の場に現れてしまったこと。恐らく、そこから全てが始まっている。二年後の誕生パーティーイベントは春立祭より計画されています」

 リッチモンド公爵は思い出してしまったのでしょう。自身にも愛する息子がいたことを。

 のちに後継者問題はなくなったものの、立派に成長したイセリナの姿が許せなかったのだと思います。

「私としては春立祭への出席も、目立ったことさえも良かったと思いますわ。イセリナ様は王太子妃候補として名を連ねたのですから」

 イセリナがルークを落とさねばゲームオーバーです。

 私がどれだけ頑張ろうとも、彼女が他の誰かと結ばれては水の泡なのよ。

 ルークとイセリナが結ばれる世界線がゲームクリアには必須なのだから。

「ワタクシがルーク殿下と……?」

「今後も王家が主催するパーティーにはご参加ください。躊躇していたのでは王太子妃という身分は手に入りませんわ」

 流石に十二歳の時点では考えもしないことでしょう。

 現に四大公爵家の全てにご令嬢がいるのだし、第一王子に相応しいのは四人のうち一人。

 主人公補正を持つ平民を退けられるのは、その四人しかいないのです。

「アナスタシア、貴方はどうなの? 妙な話がワタクシにも届いております。ルーク殿下が熱を上げているという令嬢の噂。その人物こそアナスタシアではないのですか?」

「ご冗談を。私は伯爵令嬢ですわ。王となる方の隣には相応しくありません。まあですが、第三王子殿下であればと目論んでおります」

 私は計画の全てを伝えている。

 イセリナがルークを。そして私がセシルを落とす。

 これは世界を救うゲームだ。

 愛情など関係なく、求められる形に収まれば勝ち。

 光の聖女エリカがしゃしゃり出る隙を与えてはならないんだもの。

「あら? 年下が好み? フェリクス第二王子殿下はどうなの?」

 少しだけ気が引けるね。

 しかし、私はイセリナの問いに答えるしかありません。

「フェリクス王子殿下は残念ながら十六歳でこの世を去ります……」

 この話にはイセリナだけでなく、髭でさえも息を呑んでいる。

 オフレコではあったけれど、王子殿下の死を明確に告げた私に対して。

「アナスタシア、言うに事欠いて……」

「先ほど申しましたように、私は予知できるのです。ここだけの話になりますが、フェリクス王子殿下は長生きできません」

 もう既に私の予知について疑問はないはずだ。

 なぜなら、己の身が危なくなるような話を平然としたのです。

 未来を知っていなければ、絶対に口にできない話を。

「なるほど、お父様が気に入るわけですわ。ならば良いでしょう。アナスタシア、ワタクシは第一王子の妃となりますわ。貴方は第三王子セシル殿下を。ワタクシたち二人が王家の席を予約することをここに誓いましょう」

 ここまでは予定通り。イセリナをその気にさせることが必須なのです。

 猪突猛進な彼女であれば、己が道を突き進んでくれるはず。

「誰にもルーク殿下は渡しません。王座の隣にはワタクシこそが相応しい」

 それは悪役令嬢らしい宣言でした。

 イセリナは気高く、それでいて自信満々に将来の姿を口にしています。

 これでいいのよ。何も間違っていない。

 全ては私が計画したままだ。

 イセリナが本気になれば、ルークを完落ちさせられるはずだもの。

 きっと青き薔薇は今世でも咲き乱れることでしょう。

 イセリナの話に想像してみる。戴冠式へと臨むルークの隣にいるイセリナを。

 王族たちが並ぶその脇で拍手を送る私とセシルの姿を……。

(あれ……?)

 どうしてか私は胸に何かが突き刺さるような痛みを感じている。

 それは高宮千紗であった頃から通して、初めて感じる鋭く強い痛み。

 大きく深呼吸してみたけれど、収まる様子はありません。

(この感情は……?)

 私は愛を知らない。

 万年独り身のOLであった私は初めての経験を全てルークに捧げたのです。

 かといって、ルークは単に攻略対象であっただけ。

 乙女ゲームBlueRoseの攻略キャラクターでしかないルークに、特別な感情を抱くはずもありません。

(今回の攻略対象はセシルなんだって……)

 私は間違っていない。

 女神アマンダは確かに言ったのよ。ルークはイセリナに任せて、私はセシルを狙うのだと。

(きっと執着心……)

 私はこの痛みのわけを結論づけた。

 ずっと所有物であったルークを奪われると感じただけ。誰にでもある執着心の一つであるのだと。

(私はこの世界線をクリアするために転生している)

 初めから目的は明らかです。

 私は女神アマンダが指示した通りに動くだけの駒。世界線を動かすためのギアに他ならない。

 感情に左右されて動くわけにはならない身の上なの。

 千年以上も存在して一人だけにしか愛されなかった私は、少しばかりイセリナに嫉妬しているだけよ。

(何も間違っていない……)

 恋愛経験のなさが痛みを覚えさせた。

 それこそ遊び回っていた女なら、取り立てて騒ぐ必要のない些細な出来事であるはずです。

 この胸の痛みは、気にするのも馬鹿らしい薄っぺらい感情に違いありません。

 納得したはずなのに……。

 今もまだ私は胸に強い痛みを覚えたままでした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】あなたの瞳に映るのは

今川みらい
恋愛
命を救える筈の友を、俺は無慈悲に見捨てた。 全てはあなたを手に入れるために。 長年の片想いが、ティアラの婚約破棄をきっかけに動き出す。 ★完結保証★ 全19話執筆済み。4万字程度です。 前半がティアラside、後半がアイラスsideになります。 表紙画像は作中で登場するサンブリテニアです。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...