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第二章 繰り返す時間軸
胸の痛み
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「最悪という暗殺者を先に雇うということか?」
期待したままの返答に私は頷きを返しています。
本当、悪事に関しては理解が早いね。
「コンラッドという暗殺者に覚えはありませんか? 偽名である可能性が高いので、暗殺者の人相書きリストでもあればと思うのですけれど」
暗殺者がそのまま名乗っているはずがない。だからこそ人相書きが必要でした。
「まあ子飼いにしておる暗殺者ではないだろうな。足がつくような真似をするとは思えん。よかろう。裏の筋を当たっておく」
ま、裏の情報はこの髭に勝る者などいないわ。
リッチモンド公爵には申し訳ないけれど、ただの悪が極悪に勝てるはずもないってことよ。
「そうですか。よろしくお願いいたしますわ」
とりあえず私の要件はこれで終わり。
次に会うのはリストが揃ってからになるのかしらね。
徐に席を立つ私に、どうしてか髭が声をかけます。
「ああ、待て。しばらく滞在していきなさい」
ええ? マジで言ってんの?
イセリナには会っておきたいけれど、まだ猶予は二年もある。
今から取り巻きの位置に納まるのは行動の自由が失われちゃうような……。
「裏の筋を洗うのに時間などかからん。子供は嫌いだが、頭が切れる者は好物なんでな。少しばかり話がしたい」
気に入られたのか、或いは見定めようとしているのか。
どちらにせよ私は実家に戻れない。この髭が口にしたことを曲げるはずもないのですから。
ここで髭がベルを鳴らす。すると直ぐさま執事が入室してくる。
「イセリナを呼んでくれ。急いでな」
よく知る光景でした。
髭は相手の都合など気にしない。ベル一つで何でも可能にしてしまう。
暗殺でさえも依頼できてしまうのだから、イセリナを連れてくるくらいはわけないことでしょう。
しばらくして、イセリナが執務室へとやって来ました。
どうにも不機嫌そう。
私もそうだったけど、このイセリナも父親の横暴には腹を立てているのでしょうかね。
「お父様、何ですの? それにこの小汚い子豚は……」
一応まだイセリナは私の世界線を引き摺っている感じ。
子豚とのキーワードはそれを如実に表しています。
「イセリナ様、小汚いまではその通りですけれど、私は子豚でしょうかね?」
ここはセオリーで返す。
イセリナとアナスタシアとの出会いに変化を与える必要はないはずです。
「あら? どうしてかしらね? どちらかというとお痩せになっているわ」
とりま、ドレスでも贈ってもらいましょうか。小汚い私に慈悲を与えてくださいな。
しかし、私の目論見は果たされませんでした。
なぜなら、髭が話に割り込んでしまい、とんでもない内容で話の腰を折ったからです。
「イセリナ、この令嬢はアナスタシアだ。しばらくお前の侍女として身の回りの世話をすることになった」
ちょちょ、聞いてないよ! 何勝手に決めてんの!? 私の都合も考えろっての。
「待ってください! 私には所領の運営という業務がございまして……」
「知らん。貴殿が言い始めたことだろうが?」
くっそ……。
まあいい。既にミスリル鉱脈は掘る必要がないし、開墾も王家が請け負ってくれるんだ。
毒シタケの増産についても目処はついてるし。
「じゃあ、分かりました。侍女と仰られましたが、何をすればいいのです?」
「仕事は特にない。貴殿はイセリナが暗殺されぬようにしてくれ。他者の策に嵌まるのは好かんのでな」
どこまでも利己的なんだよね。
恐らく髭はイセリナの死より、自身の矜持が重要に決まってる。
イセリナを失えば負けだとでも考えているのでしょう。
「お父様、ワタクシが暗殺されるってどういうことですの?」
まあ、そうなるよね。
かといって説明を省略するなんてできません。
彼女にはちゃんと成人して、ルークと結ばれてもらわなきゃならないのですから。
「イセリナ様、私は未来予知を得意としております。王都の危機であった火竜被害や、これから王都を襲う問題も私には分かっているのです」
まずは話題となっただろう火竜の話をし、次に飢饉や疫病の話をしていく。
それらは既に対策を講じていることを併せ伝え、信頼を得られるようにした。
「基本的に対策が可能なのですけれど、一つだけどうしようもない問題がありました。だからこそ、私は無理を言ってランカスタ公爵様に面会したのです」
「早く言いなさい! ワタクシはどうなってしまうのです!?」
イセリナには悪いけれど、順追って説明するしかありません。
私が予定を早めてまで公爵家に赴いた理由は。
「二年後にあるキャサリン侯爵令嬢の誕生パーティーです。イセリナ様はあらゆる方面から命を狙われてしまいます。というのも、貴方様はルーク殿下の十二歳を祝う春立祭にて注目を浴びてしまったから……」
問題の発端は恐らくルークが十二歳を迎えた日だと思う。
プロメティア世界において十二歳と十八歳の誕生日には重大な祭事がある。
十八歳の誕生日に行われる成人の儀に対して、生誕十二年を祝う祭事が春立祭でした。
王子様の春立祭が身内だけで行われるはずもなく、王城では盛大な式典が催されていたのです。
前世でイセリナだった私は春立祭にて注目を浴び、王太子妃候補としてその名を全国に轟かせたのでした。
ルークの春立祭は世間が初めてイセリナを認識した瞬間に他なりません。
私のデータを引き継ぐイセリナもまた華々しくデビューを飾ったことでしょう。
「春立祭? ワタクシはお父様の後ろをついて歩いていただけですわよ?」
「それでもです。公の場に現れてしまったこと。恐らく、そこから全てが始まっている。二年後の誕生パーティーイベントは春立祭より計画されています」
リッチモンド公爵は思い出してしまったのでしょう。自身にも愛する息子がいたことを。
のちに後継者問題はなくなったものの、立派に成長したイセリナの姿が許せなかったのだと思います。
「私としては春立祭への出席も、目立ったことさえも良かったと思いますわ。イセリナ様は王太子妃候補として名を連ねたのですから」
イセリナがルークを落とさねばゲームオーバーです。
私がどれだけ頑張ろうとも、彼女が他の誰かと結ばれては水の泡なのよ。
ルークとイセリナが結ばれる世界線がゲームクリアには必須なのだから。
「ワタクシがルーク殿下と……?」
「今後も王家が主催するパーティーにはご参加ください。躊躇していたのでは王太子妃という身分は手に入りませんわ」
流石に十二歳の時点では考えもしないことでしょう。
現に四大公爵家の全てにご令嬢がいるのだし、第一王子に相応しいのは四人のうち一人。
主人公補正を持つ平民を退けられるのは、その四人しかいないのです。
「アナスタシア、貴方はどうなの? 妙な話がワタクシにも届いております。ルーク殿下が熱を上げているという令嬢の噂。その人物こそアナスタシアではないのですか?」
「ご冗談を。私は伯爵令嬢ですわ。王となる方の隣には相応しくありません。まあですが、第三王子殿下であればと目論んでおります」
私は計画の全てを伝えている。
イセリナがルークを。そして私がセシルを落とす。
これは世界を救うゲームだ。
愛情など関係なく、求められる形に収まれば勝ち。
光の聖女エリカがしゃしゃり出る隙を与えてはならないんだもの。
「あら? 年下が好み? フェリクス第二王子殿下はどうなの?」
少しだけ気が引けるね。
しかし、私はイセリナの問いに答えるしかありません。
「フェリクス王子殿下は残念ながら十六歳でこの世を去ります……」
この話にはイセリナだけでなく、髭でさえも息を呑んでいる。
オフレコではあったけれど、王子殿下の死を明確に告げた私に対して。
「アナスタシア、言うに事欠いて……」
「先ほど申しましたように、私は予知できるのです。ここだけの話になりますが、フェリクス王子殿下は長生きできません」
もう既に私の予知について疑問はないはずだ。
なぜなら、己の身が危なくなるような話を平然としたのです。
未来を知っていなければ、絶対に口にできない話を。
「なるほど、お父様が気に入るわけですわ。ならば良いでしょう。アナスタシア、ワタクシは第一王子の妃となりますわ。貴方は第三王子セシル殿下を。ワタクシたち二人が王家の席を予約することをここに誓いましょう」
ここまでは予定通り。イセリナをその気にさせることが必須なのです。
猪突猛進な彼女であれば、己が道を突き進んでくれるはず。
「誰にもルーク殿下は渡しません。王座の隣にはワタクシこそが相応しい」
それは悪役令嬢らしい宣言でした。
イセリナは気高く、それでいて自信満々に将来の姿を口にしています。
これでいいのよ。何も間違っていない。
全ては私が計画したままだ。
イセリナが本気になれば、ルークを完落ちさせられるはずだもの。
きっと青き薔薇は今世でも咲き乱れることでしょう。
イセリナの話に想像してみる。戴冠式へと臨むルークの隣にいるイセリナを。
王族たちが並ぶその脇で拍手を送る私とセシルの姿を……。
(あれ……?)
どうしてか私は胸に何かが突き刺さるような痛みを感じている。
それは高宮千紗であった頃から通して、初めて感じる鋭く強い痛み。
大きく深呼吸してみたけれど、収まる様子はありません。
(この感情は……?)
私は愛を知らない。
万年独り身のOLであった私は初めての経験を全てルークに捧げたのです。
かといって、ルークは単に攻略対象であっただけ。
乙女ゲームBlueRoseの攻略キャラクターでしかないルークに、特別な感情を抱くはずもありません。
(今回の攻略対象はセシルなんだって……)
私は間違っていない。
女神アマンダは確かに言ったのよ。ルークはイセリナに任せて、私はセシルを狙うのだと。
(きっと執着心……)
私はこの痛みのわけを結論づけた。
ずっと所有物であったルークを奪われると感じただけ。誰にでもある執着心の一つであるのだと。
(私はこの世界線をクリアするために転生している)
初めから目的は明らかです。
私は女神アマンダが指示した通りに動くだけの駒。世界線を動かすためのギアに他ならない。
感情に左右されて動くわけにはならない身の上なの。
千年以上も存在して一人だけにしか愛されなかった私は、少しばかりイセリナに嫉妬しているだけよ。
(何も間違っていない……)
恋愛経験のなさが痛みを覚えさせた。
それこそ遊び回っていた女なら、取り立てて騒ぐ必要のない些細な出来事であるはずです。
この胸の痛みは、気にするのも馬鹿らしい薄っぺらい感情に違いありません。
納得したはずなのに……。
今もまだ私は胸に強い痛みを覚えたままでした。
期待したままの返答に私は頷きを返しています。
本当、悪事に関しては理解が早いね。
「コンラッドという暗殺者に覚えはありませんか? 偽名である可能性が高いので、暗殺者の人相書きリストでもあればと思うのですけれど」
暗殺者がそのまま名乗っているはずがない。だからこそ人相書きが必要でした。
「まあ子飼いにしておる暗殺者ではないだろうな。足がつくような真似をするとは思えん。よかろう。裏の筋を当たっておく」
ま、裏の情報はこの髭に勝る者などいないわ。
リッチモンド公爵には申し訳ないけれど、ただの悪が極悪に勝てるはずもないってことよ。
「そうですか。よろしくお願いいたしますわ」
とりあえず私の要件はこれで終わり。
次に会うのはリストが揃ってからになるのかしらね。
徐に席を立つ私に、どうしてか髭が声をかけます。
「ああ、待て。しばらく滞在していきなさい」
ええ? マジで言ってんの?
イセリナには会っておきたいけれど、まだ猶予は二年もある。
今から取り巻きの位置に納まるのは行動の自由が失われちゃうような……。
「裏の筋を洗うのに時間などかからん。子供は嫌いだが、頭が切れる者は好物なんでな。少しばかり話がしたい」
気に入られたのか、或いは見定めようとしているのか。
どちらにせよ私は実家に戻れない。この髭が口にしたことを曲げるはずもないのですから。
ここで髭がベルを鳴らす。すると直ぐさま執事が入室してくる。
「イセリナを呼んでくれ。急いでな」
よく知る光景でした。
髭は相手の都合など気にしない。ベル一つで何でも可能にしてしまう。
暗殺でさえも依頼できてしまうのだから、イセリナを連れてくるくらいはわけないことでしょう。
しばらくして、イセリナが執務室へとやって来ました。
どうにも不機嫌そう。
私もそうだったけど、このイセリナも父親の横暴には腹を立てているのでしょうかね。
「お父様、何ですの? それにこの小汚い子豚は……」
一応まだイセリナは私の世界線を引き摺っている感じ。
子豚とのキーワードはそれを如実に表しています。
「イセリナ様、小汚いまではその通りですけれど、私は子豚でしょうかね?」
ここはセオリーで返す。
イセリナとアナスタシアとの出会いに変化を与える必要はないはずです。
「あら? どうしてかしらね? どちらかというとお痩せになっているわ」
とりま、ドレスでも贈ってもらいましょうか。小汚い私に慈悲を与えてくださいな。
しかし、私の目論見は果たされませんでした。
なぜなら、髭が話に割り込んでしまい、とんでもない内容で話の腰を折ったからです。
「イセリナ、この令嬢はアナスタシアだ。しばらくお前の侍女として身の回りの世話をすることになった」
ちょちょ、聞いてないよ! 何勝手に決めてんの!? 私の都合も考えろっての。
「待ってください! 私には所領の運営という業務がございまして……」
「知らん。貴殿が言い始めたことだろうが?」
くっそ……。
まあいい。既にミスリル鉱脈は掘る必要がないし、開墾も王家が請け負ってくれるんだ。
毒シタケの増産についても目処はついてるし。
「じゃあ、分かりました。侍女と仰られましたが、何をすればいいのです?」
「仕事は特にない。貴殿はイセリナが暗殺されぬようにしてくれ。他者の策に嵌まるのは好かんのでな」
どこまでも利己的なんだよね。
恐らく髭はイセリナの死より、自身の矜持が重要に決まってる。
イセリナを失えば負けだとでも考えているのでしょう。
「お父様、ワタクシが暗殺されるってどういうことですの?」
まあ、そうなるよね。
かといって説明を省略するなんてできません。
彼女にはちゃんと成人して、ルークと結ばれてもらわなきゃならないのですから。
「イセリナ様、私は未来予知を得意としております。王都の危機であった火竜被害や、これから王都を襲う問題も私には分かっているのです」
まずは話題となっただろう火竜の話をし、次に飢饉や疫病の話をしていく。
それらは既に対策を講じていることを併せ伝え、信頼を得られるようにした。
「基本的に対策が可能なのですけれど、一つだけどうしようもない問題がありました。だからこそ、私は無理を言ってランカスタ公爵様に面会したのです」
「早く言いなさい! ワタクシはどうなってしまうのです!?」
イセリナには悪いけれど、順追って説明するしかありません。
私が予定を早めてまで公爵家に赴いた理由は。
「二年後にあるキャサリン侯爵令嬢の誕生パーティーです。イセリナ様はあらゆる方面から命を狙われてしまいます。というのも、貴方様はルーク殿下の十二歳を祝う春立祭にて注目を浴びてしまったから……」
問題の発端は恐らくルークが十二歳を迎えた日だと思う。
プロメティア世界において十二歳と十八歳の誕生日には重大な祭事がある。
十八歳の誕生日に行われる成人の儀に対して、生誕十二年を祝う祭事が春立祭でした。
王子様の春立祭が身内だけで行われるはずもなく、王城では盛大な式典が催されていたのです。
前世でイセリナだった私は春立祭にて注目を浴び、王太子妃候補としてその名を全国に轟かせたのでした。
ルークの春立祭は世間が初めてイセリナを認識した瞬間に他なりません。
私のデータを引き継ぐイセリナもまた華々しくデビューを飾ったことでしょう。
「春立祭? ワタクシはお父様の後ろをついて歩いていただけですわよ?」
「それでもです。公の場に現れてしまったこと。恐らく、そこから全てが始まっている。二年後の誕生パーティーイベントは春立祭より計画されています」
リッチモンド公爵は思い出してしまったのでしょう。自身にも愛する息子がいたことを。
のちに後継者問題はなくなったものの、立派に成長したイセリナの姿が許せなかったのだと思います。
「私としては春立祭への出席も、目立ったことさえも良かったと思いますわ。イセリナ様は王太子妃候補として名を連ねたのですから」
イセリナがルークを落とさねばゲームオーバーです。
私がどれだけ頑張ろうとも、彼女が他の誰かと結ばれては水の泡なのよ。
ルークとイセリナが結ばれる世界線がゲームクリアには必須なのだから。
「ワタクシがルーク殿下と……?」
「今後も王家が主催するパーティーにはご参加ください。躊躇していたのでは王太子妃という身分は手に入りませんわ」
流石に十二歳の時点では考えもしないことでしょう。
現に四大公爵家の全てにご令嬢がいるのだし、第一王子に相応しいのは四人のうち一人。
主人公補正を持つ平民を退けられるのは、その四人しかいないのです。
「アナスタシア、貴方はどうなの? 妙な話がワタクシにも届いております。ルーク殿下が熱を上げているという令嬢の噂。その人物こそアナスタシアではないのですか?」
「ご冗談を。私は伯爵令嬢ですわ。王となる方の隣には相応しくありません。まあですが、第三王子殿下であればと目論んでおります」
私は計画の全てを伝えている。
イセリナがルークを。そして私がセシルを落とす。
これは世界を救うゲームだ。
愛情など関係なく、求められる形に収まれば勝ち。
光の聖女エリカがしゃしゃり出る隙を与えてはならないんだもの。
「あら? 年下が好み? フェリクス第二王子殿下はどうなの?」
少しだけ気が引けるね。
しかし、私はイセリナの問いに答えるしかありません。
「フェリクス王子殿下は残念ながら十六歳でこの世を去ります……」
この話にはイセリナだけでなく、髭でさえも息を呑んでいる。
オフレコではあったけれど、王子殿下の死を明確に告げた私に対して。
「アナスタシア、言うに事欠いて……」
「先ほど申しましたように、私は予知できるのです。ここだけの話になりますが、フェリクス王子殿下は長生きできません」
もう既に私の予知について疑問はないはずだ。
なぜなら、己の身が危なくなるような話を平然としたのです。
未来を知っていなければ、絶対に口にできない話を。
「なるほど、お父様が気に入るわけですわ。ならば良いでしょう。アナスタシア、ワタクシは第一王子の妃となりますわ。貴方は第三王子セシル殿下を。ワタクシたち二人が王家の席を予約することをここに誓いましょう」
ここまでは予定通り。イセリナをその気にさせることが必須なのです。
猪突猛進な彼女であれば、己が道を突き進んでくれるはず。
「誰にもルーク殿下は渡しません。王座の隣にはワタクシこそが相応しい」
それは悪役令嬢らしい宣言でした。
イセリナは気高く、それでいて自信満々に将来の姿を口にしています。
これでいいのよ。何も間違っていない。
全ては私が計画したままだ。
イセリナが本気になれば、ルークを完落ちさせられるはずだもの。
きっと青き薔薇は今世でも咲き乱れることでしょう。
イセリナの話に想像してみる。戴冠式へと臨むルークの隣にいるイセリナを。
王族たちが並ぶその脇で拍手を送る私とセシルの姿を……。
(あれ……?)
どうしてか私は胸に何かが突き刺さるような痛みを感じている。
それは高宮千紗であった頃から通して、初めて感じる鋭く強い痛み。
大きく深呼吸してみたけれど、収まる様子はありません。
(この感情は……?)
私は愛を知らない。
万年独り身のOLであった私は初めての経験を全てルークに捧げたのです。
かといって、ルークは単に攻略対象であっただけ。
乙女ゲームBlueRoseの攻略キャラクターでしかないルークに、特別な感情を抱くはずもありません。
(今回の攻略対象はセシルなんだって……)
私は間違っていない。
女神アマンダは確かに言ったのよ。ルークはイセリナに任せて、私はセシルを狙うのだと。
(きっと執着心……)
私はこの痛みのわけを結論づけた。
ずっと所有物であったルークを奪われると感じただけ。誰にでもある執着心の一つであるのだと。
(私はこの世界線をクリアするために転生している)
初めから目的は明らかです。
私は女神アマンダが指示した通りに動くだけの駒。世界線を動かすためのギアに他ならない。
感情に左右されて動くわけにはならない身の上なの。
千年以上も存在して一人だけにしか愛されなかった私は、少しばかりイセリナに嫉妬しているだけよ。
(何も間違っていない……)
恋愛経験のなさが痛みを覚えさせた。
それこそ遊び回っていた女なら、取り立てて騒ぐ必要のない些細な出来事であるはずです。
この胸の痛みは、気にするのも馬鹿らしい薄っぺらい感情に違いありません。
納得したはずなのに……。
今もまだ私は胸に強い痛みを覚えたままでした。
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