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第二章 繰り返す時間軸

捨てプレイ

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 私は再び十四歳となっていました。

 記憶と同じルートを選択し、キャサリン・デンバーの誕生パーティーへとやって来たのです。

 根回しは以前と変わりません。オリビアを先行させ、事前準備を済ませています。

 堂々とパーティー会場へ入っていく。

 この世界線でもイセリナは挨拶攻めとなっていまして、その行列には手袋に毒を塗ったサマンサ・マキシムの姿がありました。

「ちょっと、貴方!」

 私は手を伸ばしたサマンサの手首を強く握った。

 この世界線でもサマンサは愚かにも遅効性の毒を塗っているはず。

 このあとセシル殿下が現れるとも知らずに……。

「何をするのです!?」

「いえ、それはこちらの台詞ですわ。毒を塗った手袋で接触しようとするなんてね?」

 当然のこと、青ざめるサマンサ。だけど、本当に絶望するのはこれからよ。

 何しろ貴方は第三王子セシルに裁かれる運命なのだから。

「な、何を……?」

「どなたか警備を呼んでくださいな? イセリナ様が暗殺されるところでしたわよ?」

 ここまでは何も変えなくていい。

 それだけでサマンサは裁かれるわけだし、私は少しばかりセシルとの会話を楽しむことができる。

 ところが、どうしてか警備兵がやって来てしまう。

 ここは王家の近衛兵たちがサマンサを連行してくれるはずなのに。

「聞いてください! アナスタシア様が私に濡れ衣を着せようとしているのです!」

(あれ? どうなってんの?)

 何だか嫌な予感がします。

 私が知るどんな世界線とも異なる反応です。

 セシルが現れたのはレアイベントだとしても、本来は有無を言わせず毒を調べられ、サマンサは警備兵によって連行されていくはずでした。

(どういうこと?)

 私は選択を迫られていました。強気に返すサマンサに動揺していたのです。

 もし仮に毒が検出されなかったとしたら。毒を塗る役割が変更となっていたならと。

 過度に改変された世界線が、私に迷いを生じさせていました。

「アナ、貴方は気を張りすぎですわ。警備兵たち、ワタクシに免じて下がってくださいな? アナスタシアはワタクシの護衛も兼ねておるのですわ。疑心暗鬼になってますの。良からぬ噂を聞きましたから」

 不覚にもイセリナにフォローされてしまう。

 流石にイセリナが制したからか、警備兵は戻っていく。加えてサマンサも挨拶することなくこの場を去っていった。

 文句も言わず立ち去る様子を見ると、恐らく毒は塗られていたことでしょう。

(どうしよう。このままじゃ全く知らない世界線が始まっちゃうかもしれない)

 私の不安は的中していました。

 控え室へ行ったあとも、記憶とは異なっていたのです。

 迎えに来た執事はどの世界線とも違う。キリクの香りを漂わせるアドルフではなかったのですから。

(明らかに世界線が動いている……)

 此度の執事はコンラッドと名乗っていました。人の良さそうな紳士っぽい顔立ちですが、騙されてはいけません。

 このあと私とイセリナは舞台裏へと案内されるわけですが、アドルフの代わりに現れたコンラッドも恐らくは暗殺者なのでしょう。

 舞台袖での一幕。私は今回も毒味とばかりにシャンパンを要求します。

(捨てプレイしてみようか……)

 まるで理解できない世界線。イセリナがどうやって殺害されるかも分からないのですから、私は思いきって動いてみようと考えます。

「きゃぁぁっ!」

 態とらしく蹴躓いてやりました。

 私はシャンパンを注いでくれる執事コンラッドに倒れ込むようにして抱きついています。

 刹那にボトルが床へと転げ落ち、あろう事か逸品のシャンパンは床へと散乱することに。

「ああ、申し訳ございません!」

「いえ、ボトルはまだ新しいものがございますので!」

 即座にモップを持ち出してコンラッドはシャンパンを拭き始めました。

(同じ匂い。ボトルに変更はない……)

 鼻につくキリクの香りが周囲に漂う。

 どうやらメルヴィス公爵から贈られたという真っ黒なボトルはこの世界線でも変化がないようです。

「コンラッドさん、アドルフという執事をご存じでしょうか?」

 情報収集を始めます。限りなくクロだったあの執事がどこで何をしているのかと。

 コンラッドはシャンパンを拭きながら私の問いに答えてくれます。

「アドルフでしょうか? はて、当家にはそのような執事などおりませんけれど?」

 いよいよ、おかしなことになった。どの世界線でも彼はいました。

 毒入りのシャンパンを普通に掃除しているコンラッドもおかしいし、強気に返したサマンサも気になります。

 まるでこの世界線のパーティーイベントが無害であるかのように感じさせていました。

 ここまでは完璧に同じ世界線を辿ったはず。どこで世界線が動き出してしまったのでしょう。

(あっ……?)

 記憶を掘り返すと、一つだけ私はやらかしていました。

 何の因果関係もなさそうだったイベント。此度の世界線で私はそれをスルーしていたのです。

(ルークとのキス……)

 気が立っていた私は口づけをしようとしたルークに頭突きをかましていました。

 それだけでなく、重要な台詞もすっ飛ばしていたみたい。

(セシル殿下によろしくと伝えなかった……)

 どうやらセシル殿下が現れなかったのはルークに伝言を頼まなかったことが原因の一つとなっている感じ。

 律儀にも彼はセシルに私の話をしてくれていたみたいね。

 あの一言によって、セシルが現れる確率が上がるのだと思われます。

(それにこの違和感……)

 私はコンラッドにも疑いの目を向けています。

 誰も信用するべきではない。

 アドルフがこの世界線にいないとしても、パーティー会場は敵陣なんだ。

 紳士に見えたとして、それは仮面を被っているだけでしょう。

 壇上のデンバー侯爵の話が終わって、いよいよイセリナの祝辞が始まります。

 この世界線において私の攻略法が有効かどうか不明でありましたが、もう既にこの世界線は捨てた私です。

 謎を解明するためにも動いていくしかありません。

(どうなるのかしらね?)

 私は横目でコンラッドを見ています。

 しかし、意外にも彼はシャンパンを注ぐ役目を請け負っていませんでした。

 新米のような執事が壇上の全員にシャンパンを注いでいます。

(照明が消えたとすれば……)

 仮に世界線が完全に変わったとすれば、暗殺は行われないのかもしれません。

 その鍵を握るのは照明魔法が消えるかどうかでした。

 もしも会場が闇に包まれたなら、一見平穏そうなこの世界線でもイセリナは暗殺されることになる。

(どうせ捨てプレイなんだ。私も壇上で舞い踊ることにしよう……)

 悪役令嬢の本領発揮といきましょうかね?

 この人生は暗殺される立場ではありません。

 滅茶苦茶になった世界線にも暗殺者たちが現れるのなら、私もそこに混じっていくだけだわ。

(最低でも一人。上手くいけば何人か仕留めたい……)

 私は新米執事が壇上から持ち帰ったボトルを手に取っていました。

 イセリナに施したアンチマジックのせいで、壇上では魔法が機能しません。

 だからこそ、物理攻撃で暗殺者たちと戦うだけよ。

(一暴れしてやるんだ……)

 貴族令嬢がボトルを振り回すとか訳わかんないけど、相手の位置は頭に入っている。

 攻略法通りに敵が動いてくれたのなら。

(捨てプレイも、なかなか面白いね……)

 この先の世界線。どうなってしまうのでしょう。

 悪役令嬢らしい笑みを浮かべながら、戦いの火蓋が切られる瞬間を私は待ち望んでいます。
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