青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

文字の大きさ
上 下
38 / 377
第二章 繰り返す時間軸

イセリナへの指示

しおりを挟む
「やりましょうか? 全員の身体検査を……」

 どうしてかセシルがそんな話をする。

 いや、王族が言い始めたら誰も文句は言えないけど、たぶん武器を隠し持っている者たちから反論があるはず。

 かく言う私もドレスの中にナイフを隠し持つ一人なのですけれど。

「セシル殿下、流石に身体検査をしたとして、護身用だと言われたら意味などありませんわ。今後もイセリナ様が狙われることに違いありません」

「ああ、そうか。僕はそんなことにも気付かない……」

「いえいえ、なかなかご決断できることではありません。カッコいいですわ!」

 とりあえず褒める。気弱な彼の攻略法はそれだけなのよ。

 セシルが自信を持てるように。いずれ自信満々に私を口説けるようにと。

「アナ、それじゃあワタクシはどうすればいいのです? もし仮にワタクシの首を狙う不届き者がいるというのなら、逃げも隠れもしたくありませんの!」

 そういや、この人は負けず嫌いでしたね。

 セシルが口出ししなければ、今頃は控え室で大人しくしていたというのに。

(やるっきゃないか……)

 もうこうなったら、とことん戦うしかありません。

 どうせイセリナが殺されたらリセットされるんだ。

 酷く歪んだこの時間軸で再びループするとは考えたくもないけれど、イセリナがやる気なら私も腹を括るしかない。

「このパーティーで特に危ない場面はイセリナ様の祝辞です」

「祝辞? 祝いの言葉をかけるだけでしょう?」

 イセリナは壇上で祝辞を述べる役目を請け負っています。

 だけど、手渡されたシャンパングラスには毒が入っているし、飲んだフリをすると照明魔法が消えて暗殺者に刺し殺される運命です。

 間者も一人や二人ではなく、壇上での暗殺から生き延びる方法が最初は少しも分かりませんでした。

 祝辞こそがパーティーイベントを何百回と繰り返す羽目になった主な原因だったのですから。

「祝辞についてはお任せください。あとダンスが始まってからも危機がございますけれど、そちらはオリビア様次第ですわ。彼女が言い付け通りに行動してくれたのなら、難易度は急激に低下します。とはいえ、少しばかりイセリナ様には頑張っていただく必要がございますので」

 オリビア攻略法が確立するまでパーティーの後半は無理ゲーそのものでした。

 どうしてアマンダがリセットしないのかと不審に感じていたくらいです。

「ならば祝辞をお断りすればどう?」

「無駄ですよ。何しろデンバー侯爵家以外にも敵がいるのですから」

 実をいうと、前世の私はこの誕生パーティーイベントを完全クリアしていません。

 周到に計画された暗殺には黒幕が存在していたからです。

 イベントの最終段階でデンバー侯爵が思わず漏らした声により、髭と敵対しているリッチモンド公爵が裏で動いているのだと分かりました。

 本来なら完クリを目指すところなのですけれど、イベントをクリアしたあとセーブされたせいで、私はリッチモンド公爵まで辿り着いていない。

 結果としてデンバー侯爵が全ての罪を背負い、断罪されたという結末でした。

「祝辞の拒否はパーティーへの参加拒否と同じですわ。それらはランカスタ公爵家の没落を意味します。間違ってもそれだけは選択できません」

 祝辞を断ると、デンバー侯爵はランカスタ公爵家の傲慢さを王家に訴えてしまう。

 それもまた仕組まれたことであり、デンバー侯爵の訴えにリッチモンド公爵が同調するのです。

 果てには北の名士メルヴィス公爵も加わり、ランカスタ公爵家の発言権が削がれていく。

 最終的にその世界線の私は謂われのない罪を着せられ、断罪されました。

「じゃあ、どうしろと言うのよ!?」

「祝辞を追えたあと、シャンパンを飲む振りをしてください。そうすると十秒ほど真っ暗になります。イセリナ様は視界が奪われた直後に三歩下がること。ここは通常の歩幅を守って。大きくても小さくても駄目ですからね? トントントンと真後ろへ三歩下がる。下がり終えたら二秒数えて、今度は左手方向に三歩移動。これは肩幅と同じでお願いします」

 これこそが攻略法であり、何百回とこのイベントを繰り返した原因でもあります。

 トラウマになるほど刺し殺された私は暗がりの中、殺気だけを頼りに暗殺者の位置を予想しました。

 編み出されたのは全ての攻撃を回避する動作に他なりません。

「ちょちょっと、待って! どういうこと!?」

「お答えできません。聞けば足が竦むはずですから」

 聞けば足が動かなくなる。だからこそ教えるわけにはなりません。

 何も考えずに動くだけで助かるのです。余計な思考は作戦を失敗に終わらせることでしょう。

「左手方向に三歩動いたあとは三秒数えてしゃがみ込む。そこから二秒数えたのち、最後は後ろへと転がってください」

 全ての照明が消え、完全に視界が失われるのよ。

 しかし、それは暗殺者も同じこと。私は自身にアンチマジックの術式を施していましたから、敵も暗視魔法が使えず、同じ暗闇にいたのです。

「ワタクシが武器を持っておれば良いのではなくて?」

「余計な事はしないでください。武器の所持も没落への足がかりでしかありません。私が話す通りに動きさえすれば、絶対に助かりますから」

「本当でしょうね!? ワタクシは大勢を前にして奇行など披露したくありませんわよ?」

「大丈夫ですよ。全ては前座でしかありません。あとは素敵なナイトが現れて、対処してくださいますわ」

 まだ刺客が残っているけれど、祝辞イベントさえクリアできたのなら、あとはオリビアのナイトに任せるだけ。

 カルロさえ現れてくれたならば、もうクリアしたも同然です。パーティーの後半部分を一度にショートカットできるのですから。

 初見で回避するのは不可能だけど、クリアした私がいるのだから問題なんて少しもない。イセリナは一度も死ぬことなく、イベントをクリアすることでしょう。

 一瞬のあと、パチパチと拍手が聞こえた。

 せっかく緊張感が高まってきたというのに、牧歌的な雰囲気になってしまう。

「アナスタシア様、凄いですね! どうして起きる未来が分かるのでしょうか!?」

 問いを投げたのはセシルでした。

 イベントに巻き込んでしまって申し訳ないのですが、今しばらくお付き合いいただければと存じます。

「オーホッホ! セシル殿下、アナは未来予知ができましてよ? 凄いでしょう?」

 いや貴方さっき、信じてなかったじゃん?

 それに自分の物のように扱うなっての。

 まあしかし、とりあえずイセリナには動作の練習をしてもらわなくちゃ。こんなところで死に戻っていては、これから先が思いやられてしまうからね。

 前世とは明確に異なる。生温い罰で済ますつもりはありません。いっそのこそ、前世で炙り出せなかった黒幕まで引きずり出してやろうかしらね。

 私は不適な笑みを浮かべながら、二人に告げる。

 巨悪の行く末が、どのようなものであるのかを。

「絶望の果てにある地獄へ。悪党共には私が責任を持ってご案内いたしますわ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】あなたの瞳に映るのは

今川みらい
恋愛
命を救える筈の友を、俺は無慈悲に見捨てた。 全てはあなたを手に入れるために。 長年の片想いが、ティアラの婚約破棄をきっかけに動き出す。 ★完結保証★ 全19話執筆済み。4万字程度です。 前半がティアラside、後半がアイラスsideになります。 表紙画像は作中で登場するサンブリテニアです。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

処理中です...