青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第二章 繰り返す時間軸

イセリナへの指示

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「やりましょうか? 全員の身体検査を……」

 どうしてかセシルがそんな話をする。

 いや、王族が言い始めたら誰も文句は言えないけど、たぶん武器を隠し持っている者たちから反論があるはず。

 かく言う私もドレスの中にナイフを隠し持つ一人なのですけれど。

「セシル殿下、流石に身体検査をしたとして、護身用だと言われたら意味などありませんわ。今後もイセリナ様が狙われることに違いありません」

「ああ、そうか。僕はそんなことにも気付かない……」

「いえいえ、なかなかご決断できることではありません。カッコいいですわ!」

 とりあえず褒める。気弱な彼の攻略法はそれだけなのよ。

 セシルが自信を持てるように。いずれ自信満々に私を口説けるようにと。

「アナ、それじゃあワタクシはどうすればいいのです? もし仮にワタクシの首を狙う不届き者がいるというのなら、逃げも隠れもしたくありませんの!」

 そういや、この人は負けず嫌いでしたね。

 セシルが口出ししなければ、今頃は控え室で大人しくしていたというのに。

(やるっきゃないか……)

 もうこうなったら、とことん戦うしかありません。

 どうせイセリナが殺されたらリセットされるんだ。

 酷く歪んだこの時間軸で再びループするとは考えたくもないけれど、イセリナがやる気なら私も腹を括るしかない。

「このパーティーで特に危ない場面はイセリナ様の祝辞です」

「祝辞? 祝いの言葉をかけるだけでしょう?」

 イセリナは壇上で祝辞を述べる役目を請け負っています。

 だけど、手渡されたシャンパングラスには毒が入っているし、飲んだフリをすると照明魔法が消えて暗殺者に刺し殺される運命です。

 間者も一人や二人ではなく、壇上での暗殺から生き延びる方法が最初は少しも分かりませんでした。

 祝辞こそがパーティーイベントを何百回と繰り返す羽目になった主な原因だったのですから。

「祝辞についてはお任せください。あとダンスが始まってからも危機がございますけれど、そちらはオリビア様次第ですわ。彼女が言い付け通りに行動してくれたのなら、難易度は急激に低下します。とはいえ、少しばかりイセリナ様には頑張っていただく必要がございますので」

 オリビア攻略法が確立するまでパーティーの後半は無理ゲーそのものでした。

 どうしてアマンダがリセットしないのかと不審に感じていたくらいです。

「ならば祝辞をお断りすればどう?」

「無駄ですよ。何しろデンバー侯爵家以外にも敵がいるのですから」

 実をいうと、前世の私はこの誕生パーティーイベントを完全クリアしていません。

 周到に計画された暗殺には黒幕が存在していたからです。

 イベントの最終段階でデンバー侯爵が思わず漏らした声により、髭と敵対しているリッチモンド公爵が裏で動いているのだと分かりました。

 本来なら完クリを目指すところなのですけれど、イベントをクリアしたあとセーブされたせいで、私はリッチモンド公爵まで辿り着いていない。

 結果としてデンバー侯爵が全ての罪を背負い、断罪されたという結末でした。

「祝辞の拒否はパーティーへの参加拒否と同じですわ。それらはランカスタ公爵家の没落を意味します。間違ってもそれだけは選択できません」

 祝辞を断ると、デンバー侯爵はランカスタ公爵家の傲慢さを王家に訴えてしまう。

 それもまた仕組まれたことであり、デンバー侯爵の訴えにリッチモンド公爵が同調するのです。

 果てには北の名士メルヴィス公爵も加わり、ランカスタ公爵家の発言権が削がれていく。

 最終的にその世界線の私は謂われのない罪を着せられ、断罪されました。

「じゃあ、どうしろと言うのよ!?」

「祝辞を追えたあと、シャンパンを飲む振りをしてください。そうすると十秒ほど真っ暗になります。イセリナ様は視界が奪われた直後に三歩下がること。ここは通常の歩幅を守って。大きくても小さくても駄目ですからね? トントントンと真後ろへ三歩下がる。下がり終えたら二秒数えて、今度は左手方向に三歩移動。これは肩幅と同じでお願いします」

 これこそが攻略法であり、何百回とこのイベントを繰り返した原因でもあります。

 トラウマになるほど刺し殺された私は暗がりの中、殺気だけを頼りに暗殺者の位置を予想しました。

 編み出されたのは全ての攻撃を回避する動作に他なりません。

「ちょちょっと、待って! どういうこと!?」

「お答えできません。聞けば足が竦むはずですから」

 聞けば足が動かなくなる。だからこそ教えるわけにはなりません。

 何も考えずに動くだけで助かるのです。余計な思考は作戦を失敗に終わらせることでしょう。

「左手方向に三歩動いたあとは三秒数えてしゃがみ込む。そこから二秒数えたのち、最後は後ろへと転がってください」

 全ての照明が消え、完全に視界が失われるのよ。

 しかし、それは暗殺者も同じこと。私は自身にアンチマジックの術式を施していましたから、敵も暗視魔法が使えず、同じ暗闇にいたのです。

「ワタクシが武器を持っておれば良いのではなくて?」

「余計な事はしないでください。武器の所持も没落への足がかりでしかありません。私が話す通りに動きさえすれば、絶対に助かりますから」

「本当でしょうね!? ワタクシは大勢を前にして奇行など披露したくありませんわよ?」

「大丈夫ですよ。全ては前座でしかありません。あとは素敵なナイトが現れて、対処してくださいますわ」

 まだ刺客が残っているけれど、祝辞イベントさえクリアできたのなら、あとはオリビアのナイトに任せるだけ。

 カルロさえ現れてくれたならば、もうクリアしたも同然です。パーティーの後半部分を一度にショートカットできるのですから。

 初見で回避するのは不可能だけど、クリアした私がいるのだから問題なんて少しもない。イセリナは一度も死ぬことなく、イベントをクリアすることでしょう。

 一瞬のあと、パチパチと拍手が聞こえた。

 せっかく緊張感が高まってきたというのに、牧歌的な雰囲気になってしまう。

「アナスタシア様、凄いですね! どうして起きる未来が分かるのでしょうか!?」

 問いを投げたのはセシルでした。

 イベントに巻き込んでしまって申し訳ないのですが、今しばらくお付き合いいただければと存じます。

「オーホッホ! セシル殿下、アナは未来予知ができましてよ? 凄いでしょう?」

 いや貴方さっき、信じてなかったじゃん?

 それに自分の物のように扱うなっての。

 まあしかし、とりあえずイセリナには動作の練習をしてもらわなくちゃ。こんなところで死に戻っていては、これから先が思いやられてしまうからね。

 前世とは明確に異なる。生温い罰で済ますつもりはありません。いっそのこそ、前世で炙り出せなかった黒幕まで引きずり出してやろうかしらね。

 私は不適な笑みを浮かべながら、二人に告げる。

 巨悪の行く末が、どのようなものであるのかを。

「絶望の果てにある地獄へ。悪党共には私が責任を持ってご案内いたしますわ」
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