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第二章 繰り返す時間軸

思わぬ来訪者

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「イセリナは死ねばいいのよ!!」

 もう帰りたい……。

 イセリナは自分じゃないと分かっていましたが、向けられる憎悪の感情は他人事だと思えません。

 私自身はまだ耐性があるけれど、目の当たりにしたイセリナが心配だわ。

「セシル殿下、お手を煩わせてしまい恐縮でございます。正直に私は怖かったですわ」

 とりあえず淑女らしく感謝を述べてみる。

 せっかくの機会だもの。

 脳筋令嬢というイメージを一新しないことには攻略なんてあり得ないわ。

 いつまでも火竜二頭を蹂躙する強靭なご令嬢イメージでは駄目なのよ。

「ご冗談を。僕こそしゃしゃり出てしまって申し訳ございません。勇猛なアナスタシア様の見せ場でありましたのに。とはいえ流石は火竜の聖女ですね? アナスタシア様はとても勇敢であられたことを思い出せました」

 ご令嬢に対する褒め言葉じゃないでしょ!? それに火竜の聖女はエリカだってば!

(これってルークのせいじゃないの?)

 ルークにあることないこと吹き込まれているのかも。

 だとすれば、勇敢や勇猛、屈強といった勇者的な語彙を植え付けられた可能性があります。

「私はお淑やかに生きたいのですけれどね?(キャルン)」

 乙女アピで上書きし続けるしかない。

 妙なイメージを可愛いが上回るまで、私はぶりっ子を続けていかなきゃいけないわ。

「あはは、アナスタシア様はやはり面白い方ですね!」

 何だかスルー気味。年上の魅力が伝わらないとか、どうなってんのよ?

 ルークの奴、一体どんな話をしたのかしら?

 セシルは既にご令嬢として私を見てくれていないみたいなんだけど。

「セシル殿下のご婚約はまだでしょうか?」

「いや、僕はまだですよ! お兄様のように勇ましくもありませんし……」

 どうもセシルはまだ気弱な部分を残しているみたいね。

 過度に動いた世界線においても、兄に対するコンプレックスは持っているように感じます。

 乙女ゲーム『BlueRose』におけるセシルルートは実をいうと初心者に用意されたシナリオでした。

 この世界線が同じだとは思いませんけれど、セシルルートにおけるライバルはイセリナじゃありません。

 主なライバルは西部にあるクレアフィール公爵家のご令嬢エレオノーラと隣国サルバディール皇国のソフィア姫殿下だけ。普通にプレイしていたらクリアできる難易度に設定されていたのです。

 だからこそ、私はモブキャラであるアナスタシアでもクリアできると考えたわけで、女神アマンダの話を了承してもいたのです。

「セシル殿下、アナスタシアとの友好はそれくらいにしていただけません? ワタクシは殺されそうになったのですわ!」

 ここでイセリナが口を挟む。少しくらい良いじゃないのよ?

 私は世界のためにセシルを口説こうとしているのに。

「イセリナ様、心中お察しします。僕にできることなら、何でも仰ってください」

 やはりセシルは兄とは違うタイプです。

 思慮深く、腰が低い。

 間違っても不意打ちでキスしてくるパリピな性格ではありません。

 なんてか、思い出したら腹が立ってきたな……。

「それではイセリナ様、控え室へと行きましょうか。ここは危険です。パーティーが始まってからも気を抜かないように願います」

「アナ、貴方はどこまで知っているの?」

 ここで私は問われている。かといって、当然の疑問です。

 先ほどの対応も知っていたとしか思えなかったでしょうし。

 まあでも、私はその場面にならなきゃ分からなかったりするのよね。

(どう説明したものかしらね……)

 イセリナはこのパーティーにおいて、全方位から悪意を向けられています。

 分岐が多すぎて、次に何が起きるのか残念ながら予測できません。

 動き始めた世界線が女神アマンダの認識と異なってしまったのなら、命が幾つあっても足りないことでしょう。

「サマンサの件はこの殺戮パーティーにおいて、まだ序章ですわ。イセリナ様はあらゆる方面から命を狙われますから」

 イセリナだけでなく、セシルもまた声を失う。

 良い機会だから、セシルにも私の有能さを知らしめてあげましょうかね。

 どうせ脳筋令嬢で固定されてるし。

「個人による殺害は列挙しきれません。ですが、確実に起きる計画ならお伝えできます」

 細かな殺害を事前に防ごうとするならば、パーティーに訪れた全員を裸にするしかない。

 それだけで何十という凶器が発見されることでしょう。

 しかし、パーティーに参加しているのは概ね上位貴族です。

 全員を裸にするなんて暴挙が許されるはずもありません。

「そんなにですか!? ワタクシはどれだけ恨まれているんですの!?」

「落ち着いてください。何もイセリナ様だけの問題ではないのです。貴方様のお父様。ランカスタ公爵は割と際どい商売をされております。後継者を亡き者にすることで、溜飲を下げられる場合もあるのですよ」

 ゲームではイセリナ自身にも問題がある。

 しかし、私のクリアデータが反映された彼女はそこまで酷い行動をしていないはずだ。

 最近まで生きていられたのがその証拠。恐らく世界線が動いたことで、聖女としての認識が薄れているのだろうと思います。

「そんな……?」

「とにかく危険です。来場者一人一人を裸にして調べられないのですから、隠れておくべきですわ」

 勝ち気なイセリナとしては隠れるなどもっての外であるだろうけれど、確実に生存したいのなら、私が話す通りにするべきでしょう。

 私の提案に渋々と頷くようなイセリナ。

 これにより、パーティーが始まるまでの問題はなくなったかのように思えました。

 しかし、レアキャラとして登場した彼は違います。

 セシル殿下はとんでもない話を口にするのでした。


「やりましょうか? 全員の身体検査を……」
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