青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第二章 繰り返す時間軸

心配ご無用

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 デンバー侯爵領の中心地エクシリアの大通り。

 立派な服に身を包んだ青年が従者を引き連れ歩いていた。

「リック、どこかで飯にしようか?」

「殿下、また貴方様は無茶を言いなさる……」

 薄い目をする従者はリック。

 また彼に昼食を急かすように言ったのはサルバディール皇国の皇太子カルロであった。

「良いじゃないか? 今は留学生だ。誰も俺のことなんぞ気にしないさ」

「絶対に注目を浴びるじゃないですか……」

 言ってカルロは指をさす。

 見た感じは普通の食事処。その看板にはマイケルズダイナーと店名が記されていた。

「庶民の店は美味い。酒も呑むからな!」

「お忍びなのですから、食べたら直ぐにでますからね? 問題でも起こせば貴族院で学べなくなりますよ?」

 カルロは現在十五歳。彼はセントローゼス王国の貴族院へと入るため、王都ルナレイクにて学んでいる最中である。

 貴族院を他国の人間が受験するには条件があった。受験資格として最低でも一年の滞在期間が必要とされているのだ。

 よってカルロはルナレイク中等学院に留学中である。今は長期休暇中とのことで、各地を見て回っているらしい。

「殿下、席は確保できましたが、個室ではございません……」

「構わん。民衆の話が無料で聞けるんだぞ? 寧ろ個室では国の内情が分からないだろう?」

「平民は学院にもいるでしょう?」

「平民といっても商会の御曹司や公務に従事する上級民ばかりだ。大多数を占める国民とは言えん」

 カルロはサルバディール皇国を本気で改革しようと思っている。

 酒を飲むという目的は確かにあったものの、民の意識や態度が知りたいと考えていた。

「うむ、良い店だ。きっと良い肴にありつけるぞ」

「全く殿下の奔放さには呆れます……」

 ブツクサと言われながらも、カルロは席につく。

 注文しようと給仕を呼んだ直後、

「きゃぁぁぁっ!!」

 給仕を急に呼び止めたからか、どうしてか貴族風の女性と給仕がぶつかってしまう。

 給仕はドリンクを持っていたものだから、女性のドレスは台無しであった。

「もも、申し訳ございません!」

 カルロは嘆息しつつ、給仕と女性を眺めている。

 その見た目から女性は恐らく貴族だ。またこのような場末の店で食事をする貴族は決まって質が悪い。

 貴族御用達の店で食事しないのは下位貴族か、或いは平民たちに難癖をつけたいがために来ている輩のどちらか。

 きっと給仕は必要以上の罰を受けると容易に推し量れていた。

「んん?」

 しかし、どうも予想と異なる。

 女性は自らの非を認め、謝罪は必要ないと口にするばかりか、頭を下げていたのだ。

「おいリック、あの子は誰だ? 貴族だと思うのだけど……」

 従者のリックはカルロの専属の従者であり、更にはフォローを任された人材。予めセントローゼス王国の情報を収集している。

「待ってください。記憶にある顔ですが……」

 リックは直ぐさま手帳を引っ張り出し、パラパラと捲る。

 一応は分かっていたようだが、確認を取ってから返事をするつもりらしい。

「彼女は王都の隣にある伯爵家のご令嬢ですね。このような場所で何をしているのでしょうかね」

「それを調べるのがお前の役目だろうが?」

 リックは薄い目をしてカルロを見ている。

 幼い頃より専属であった彼は忌憚ない意見を述べることが許されていた。

「まさか惚れたのですか?」

「わ、バカ!? ちょっとした興味だ。さっさとアポイントを取ってこい」

 皇子殿下の右腕としては些か物足りない命令であった。

 しかしながら、カルロが女性に興味を持つなんて珍しい。女性に声をかけられたとしても、基本的に冷ややかな視線を返すだけである。

 相手は伯爵令嬢と釣り合わぬ立場であったけれど、リックは会わせてみる価値があると思い直していた。

「殿下、少しばかりお待ちを……」

 軽い足取りで席を立つリック。女性の従者に声をかけ、しばし談笑。それを見ているだけのカルロは苛立ちを隠せない。

 何だかリックと従者の彼女が楽しく語らっているのだ。

 自分だけどうして一人で待っているのかと腹が立ってきた。

「ええい、くそっ!」

 いてもたってもいられず、カルロは立ち上がる。

 ズカズカと近付いてはリックの頭を小突く。

「おいバカ従者。どうしてお前だけが楽しそうにしているんだ?」

「ああカルロ様、相席の約束が取れたところですよ? こちらはオリビア・アドコック伯爵令嬢様、そして彼女は従者のメアリ様です」

 一応、皇族であることは伏せてある。

 カルロのことはサルバディール皇国にある伯爵家のご子息だと伝えてあった。

 オリビアの侍女が席を引いてカルロの着席を促す。

 もちろん本当にオリビアの侍女ではなく、彼女はランカスタ公爵家から派遣された偽物である。

「は、初めましてカルロです。実は先ほどオリビア様の態度が貴族らしくなく、とても好意的に見えたのです」

 カルロはガラにもなく緊張していた。

 平民への対応を気に入った彼であったけれど、間近に見るオリビアは本当に可愛らしいご令嬢であったのだ。

「先ほどと言いますと?」

「ああ、君が給仕とぶつかったときさ。てっきり、給仕を怒鳴り散らすと考えていたんだ。でも、君は構わないと口にするだけじゃなく、頭を下げていただろ? 普通の貴族だったとすれば、あの給仕は命の危機すら考えられた。俺はその対応を非常に好ましく感じている」

 回りくどい言い方にリックが溜め息を吐く。

「素直に好きになったといえばいいのに……」

「おいリック!?」

 自身の主人であったけれど、チョロすぎると思う。

 まあしかし、彼の置かれた環境を考えると、心が美しい女性に惹かれる理由も分かった。

「まあ、それでカルロ様はオリビア様とお近づきになりたいそうなのです。これよりデートとかいかがでしょう? もちろん、安全は保証させていただきます。こう見えてヘタレですので……」

「リック、お前は俺に何の恨みが?」

 オリビアはポカンとしていた。

 何が何だか分からなかったけれど、本当に昼食を取るだけで向こうから皇子様がやって来たのだ。

 聞いたままの名であったし、身分を偽るという話もアナスタシアが語ったままである。

(これがアナスタシア様の予知なの?)

 とはいえ、皇子殿下だと知るオリビアに余裕はない。

 しかし、伝えなければならない項目が四つもあったことを思い出す。

(えっと……)

 何度も復唱してきた。年齢を伝えること。イセリナとパーティに行くこと。

 あとは婚約者がいないことと、何者かに付け狙われているという嘘である。

「あの……、私は十四歳なのですけれど……」

「おお、それは丁度良い! オリビアさん、君は本当に美しい女性だ。俺は心まで綺麗な女性をずっと求めていた……」

 オリビアは頷きを返す。褒め倒してくれる異国の皇子様に。

 しかし、次なる項目を口にするタイミングが分からない。

「オリビアさんは婚約者とかいるの?」

 なぜかカルロからミッションにある項目が問われてしまう。

 どうやって切り出そうかと考えていたオリビアには渡りに船である。

「いえ、私には婚約者などおりません。伯爵家という家格よりも実情は弱い貴族ですので」

「それなら俺はどうだろう? 十五歳で今は中等学院に通っている。そのあとは貴族院に入って、セントローゼス王国で学ぶつもりなんだ。このあと用事はある!?」

 オリビアは割と引いていた。

 かといって、積極的なカルロに対してではなく、勝手に話が進むというアナスタシアの予知に。

(どこまで見えているのでしょう……?)

 心配ご無用といった話は決して気休めではなく、明確な事実であったのだ。

「今日の所は何もございません。しかし、私は懇意にしているイセリナ様とキャサリン様の誕生パーティーに参加することになっております」

 オリビアの話にカルロはリックと視線を合わせた。

 すると瞬く間にリックは耳打ちにてキャサリン嬢の情報を伝えている。

「キャサリン・デンバー侯爵令嬢の誕生パーティーは誰でも参加できる? 俺はパーティーで君と踊りたい……」

 もうオリビアの思考は機能していない。

 他国の皇子様に熱烈なアピールを受けているのだ。真相を知る彼女は正気でいられなかった。

「えっとあの、私は何者かに付け狙われているのです!」

 頭が真っ白になったオリビアはミッションをここで遂げてしまう。

 脈略も何もなく、ただ使命を果たすために。

 ところが、カルロには伝わっていた。眉根を寄せ、真剣な表情をしてオリビアに問う。

「どこの誰だ? 心当たりはあるか?」

 やはり勝手に話が進むというアナスタシアの話は真実なのだと思う。

 訳も分からず口走った嘘であるというのに、どうしてかいい感じに返されている。

「分かりません。私が慕うイセリナ様に敵は多いのですけれど……」

 ここはアドリブであったけれど、疑うことなくカルロとリックは頷き合っていた。

 互いに耳打ちしたかと思えば、どうしてかカルロは笑みを浮かべている。

「俺もキャサリン嬢の誕生日を祝うことにするよ。オリビアさんは安心して欲しい。君と君の主人であるイセリナ嬢の安全も保証させてもらう」

 オリビアは唖然としていた。

 イセリナが暗殺されるという話であったはず。しかし、レストランで食事をするだけで他国の皇子殿下が味方になっていた。

「は、はい。よろしくお願いします……」

 空気が抜けるような返事しかできない。

 こんな今もオリビアは現状が信じられずにいる。

 呆然とカルロの話に頷くだけであった。
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