青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

文字の大きさ
上 下
31 / 377
第二章 繰り返す時間軸

再交渉

しおりを挟む
 再び二年が経過している。

 私は少しも変化を起こさず過ごしていました。

 何しろ変える必要がないんだもの。髭との対話まで進んだこと。間違ったのは、あの会話であったと確信がある。

「今回は正答を導くだけだ……」

 何度目かの保養地へと、私は舞い戻っていました。

 ランカスタ公爵の対面に座って、商談を始めています。

 今回もまた金貨三百枚からのスタート。どうしても髭は金貨二百枚をケチりたいようですね。

「ランカスタ公爵様、金貨三百枚では売却できません。私にはイセリナ様のようなドレスを買うお金もないのです。白金貨一枚でどうでしょう?」

 交渉の中に無理矢理イセリナの名をねじ込んでみる。

 少しでも彼女の話を引っ張り出そうと。一秒でもこの交渉を長引かせるために。

「才女とは聞いたが、やはり十四歳の子供であったか。アナスタシア嬢、あの岩山が白金貨単位で売れると考えているのか?」

「ああ、申し訳ございません。これでも割安にしたつもりなのですわ。ひょっとしてあの岩山が鉱山であったりすると、当家にとって損害ですし……」

 私は髭に微笑む。今回は実際に買ってもらわなくても良い。

 髭に気に入られる話を続けるだけで構わないんだ。

「確かあの岩山の下には竜脈が通っているのですよね? 私が調べた書物によると、漏れ出す高濃度魔素と鉄鉱石が結びつき、ミスリルへと変貌するのだとか……」

 髭であれば、私の目論見に気付くはず。これだけ明確に告げたんだもの。既に鉱脈が掘り尽くされていることまで察知したでしょう。

 一瞬の間が空く。しかし、沈黙は長く続きませんでした。

「ふはは! そうか、やはり才女であったか! なるほど、儂の真意を分かった上で、吹っ掛けておるのだな?」

「ええまあ。ミスリルは既に掘り尽くしておりますけれど、公爵様は別荘をお建てになるのでしょう? 固い岩盤は砕いておりますから、簡単に整地できましてよ?」

 皮肉たっぷりに言い放つ。

 売却は問題じゃない。ここは髭公爵に取り入ることができればそれで構わないはず。

 イセリナとの邂逅を果たし、彼女の暗殺を食い止めることがこの世界線にて重要なことでしょう。

「いや、すまん。流石にあの岩山に別荘など建てるつもりはない。安く買い叩こうとしただけのこと。だが、聖女とも噂されるアナスタシア嬢には無駄であったな!」

 上機嫌に話す髭。まあでも、簡単に騙された脳筋が隣にいますけどね。

「肩の幼竜は懐いておるのだな?」

 ここで話題は切り替わり、マリィについて聞かれている。

 ここまでずっと大人しくしていたマリィだけど、気付かないはずがないものね。

「無礼をお許しください。私を母親と思い込んでおりまして、離れないのですよ。とても良い子なので、邪魔にはならないかと」

「うむ、竜を従える聖女の伝説は再びこの世に蘇るのか……」

 そういえばレグス近衛騎士団長もそんな話をしていたね。

 ゲームでは卵が羽化するなんてことはなく、冒険者によって卵は奪われ、火竜が怒り狂うという設定でしかありません。

 他の記述はエリカの祖先である火竜の聖女が幼竜を引き連れ、巨悪を討ったとあるだけでした。

「その伝説とはどういったものでしょうか?」

「かつてプロメティア世界を巨悪から救った聖女は火竜を従えておったらしい。伝記にあるのはアナスタシア嬢と同じ幼竜なのだ。しかし、強大な火球を吐き、向かい来る魔の手を焼き尽くしたという」

 なるほどね。まあでも、卵が羽化しただけだよね?

 私じゃなくても良かったと思うのだけど。

「別に何の苦労もありませんでした。ただ羽化する場面に居合わせただけ。最初に見た私を母親だと勘違いしているだけですもの」

「それは違うぞ? 竜種はそこまで単純じゃない。かつては竜を手懐けようとした国家も存在したのだが、卵から孵したとして手懐けられたという話は残っていない。その幼竜は己の意志でもって側にいる。恐らく貴殿が秘める力に気付いておるはず。付き従うことが最善であると認識しておるのだ」

 マジですか?

 単に刷り込みだと思い込んでいたけれど、どうやらマリィは本能的に私の実力を見抜いているようです。

 私はこの世界に千年と存在する魂だし、竜種には見透かされているのかもしれません。

「そうですか。ならば、私は守護できますね?」

 ここで私は本題へと移る。

 良い感じで私の能力について分かってもらえたのだからと。

「守護? 誰を守るというのだ?」

 ここが話し合いの肝だろう。

 私がイセリナを救える唯一のルート。一つ間違えたら、またルークとのキスが待っている。

 セーブポイントへと戻されないように、私は世界を動かしていかねばならない。

「それはもちろんイセリナ様ですわ」

 彼女が失われるのならば、私はセーブポイントへと戻される。今もまだリセットされない理由はこの方針で間違いがないからだ。

 イセリナを救う術が失われた時点で、私はやり直しを命じられることでしょう。

「イセリナだと? 常に護衛が付いているぞ?」

 これだから髭は何も守れないのよ。

 前世で私が何度死んだと思っているの? 全てはあんたが間抜けだからでしょうが。

「その護衛が牙を剥くこともあるのですよ?」

 私の返答に髭は絶句しています。

 身内に暗殺者が潜むことなど彼は知りもしないのです。イセリナの周囲は敵ばかりであることを。

「何を馬鹿げた話を……」

「私は未来予知ができるのです。ミスリル鉱脈について知ったのも未来予知ですの。私はイセリナ様の死を見ました。あと十日以内にそれは訪れます」

 ここから公爵領まで五日ほどかかる。以前の私は三日間昏睡したあと、四日ほど仕事をしてリセットされた。

 それはつまり、ランカスタ公爵が所領に戻ってから二日くらいしか猶予がないということ。

 その期間に私は犯人を特定し、イセリナを守らねばならない。

「何ならミスリルは全て公爵様に預けましょう。白金貨で三枚分ほど採掘しておりますから」

 私が信用できないというのなら、髭が大好きなお金をチラつかせるだけだ。

 家族よりもお金を信用する彼ならば、必ず食い付いてくるはずだわ。
 
(髭なら私の覚悟が分かるはずよ……)

 貧乏貴族が白金貨三枚も人質に差し出すというのです。

 守銭奴である髭ならば、信用してもらえるでしょう。

「良いだろう。アナスタシア嬢を公爵家へと案内する。スカーレット伯爵はそれで構わないな?」

 髭に問われるや、ダンツは壊れた水飲み鳥のように頭を上下させる。

 本当に何というか威厳がない。どうして貴族に産まれてしまったのか、不思議に感じるくらいです。

 とりあえずリセットもない感じ。やはり私にはイセリナを守る使命があるようです。

 ならば赴きましょう。

 かつて千年と生きたランカスタ公爵領へと……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...