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第二章 繰り返す時間軸

あと一つの要求

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 唇に残る感触。仄かに感じる体温。

 少し荒い息づかいはルークも緊張していたのでしょう。

 鼻腔をくすぐるのはサッパリとしたシトラス系の香り。何より眼前にあるルークの顔はこの事態を否定していません。

「ななな、何を殿下!?」

 唖然と固まる私の代わりにダンツが声を上げた。

 幼い娘を屈強な傭兵としか考えていないような彼も、やはり父親なのでしょう。

「スカーレット子爵、ああいや伯爵。其方の娘は俺がもらい受ける。決して悪いようにはしない。あと三年をかけて立派なレディーに育ててくれ」

 ああ、完全終了のお知らせだわ。

 せっかくイージーモードへと移行したというのに、今この瞬間にこの世界線は終止符を打った。

 婚約とも取れる話を始めたルークは、か細い糸で繋がっていた世界線を完全に切り離してしまう。

(どの時間軸に戻るのかな……)

 私はそんなことを考えていました。

 火竜の巣で抱きしめられたセーブポイントか、或いは最初からやり直しなのか。

 どこでどう間違ってしまったのかを人知れず考えています。

(あれ?)

 どう考えても未来は絶たれたはず。しかし、こんな今も世界は続いていました。

 アマンダのデバイスが壊れてしまったのかと感じるくらいに、リセットされる気配がありません。

「アナ、俺は君が欲しい……」

 まだ十二歳ですよね? それに明確なジエンドワードですけれど?

 私の懸念も何のその、どうしてか今もまだ世界は続いています。

 まるでルークと結ばれる結果にも世界を救う算段があるかのように。

「殿下、それは時期尚早かと。私は領地運営に忙しいのです。戯れ言は暇を持て余した時にしてくださいまし」

「いや、君は溺れるほど愛されたいと話していたじゃないか?」

 あ、そういえばそうでしたね。

 世界線の終わりを確信した私はルークをからかうように、そんな台詞を残していたのだわ。

「えっと……、覚えておりませんわ!」

 ここは突き放しておこう。せっかく好転してきたのだから、ルークとの関係を絶つだけです。

 リセットされないのであれば、ルークに嫌われるしかこの世界線を続ける意味はありません。

(あら……?)

 私の返答に愕然と肩を落とすルーク。流石に可哀相ではあったけれど、今の私にとってルークは攻略対象じゃない。

 これは恋愛ゲーム。魅力的なキャラクターたちを攻略するだけなの。今回のターゲットに貴方が選ばれなかっただけよ。

「ルーク殿下、一つお願いがございますの。私は人知れずミスリルを採掘しておりまして、その全てを王家に買い取っていただきたいのですわ!」

 もう髭は必要ない。だからこそ、私は採掘したミスリルを資金化しようと考える。

 まだ全部は掘りきっていないのだけど、ちょうどマジックバッグを持っているのだから持って帰ってもらいましょう。

 まあ、突き放した直ぐあとでする話でもないのだけれど。

「き、君は要求ばかり突きつけてくるんだな……?」

 流石に嫌気が差してきたのかもしれない。ルークの言葉は盲目状態から醒めたかのようでした。

 前世の妻として忠告させてもらいますわ。

 基本的に女は悪。明確な悪女を好きになってしまうと、骨の髄まで搾り取られることになりますの。

「私、頼りになる男性が好きです!」

「えっと、全てマジックバッグに入れてくれ。最高の査定額を出してやるよ」

 扱いやすいことこの上なし。今後も利用させてもらうわよ、愛しの王子殿下さま。

 私はアイテムボックスを操作してミスリルを全選択。ルークが差し出したマジックバッグにそれを全て入れ込んだ。

「よし、これで領地改革も楽になるわ!」

 そう思った瞬間、どうしてか視界がブラックアウトする。

 何が何だか分からないけれど、意識が途切れたような感覚は一つの事実にしか行き着かない。

(リセットされた!?――――)

 どうしてこのタイミングなのか分からない。

 世界のシミュレーションが遅れただけなのか、若しくは今し方の行動が問題となったのか。

 あとはどの時間軸に戻るのかだけです。

 ルークルートに入ったこのシミュレーション結果ならば、間違いなく産まれた直後。

 しかし、先ほどの行動に問題があったとすれば、火竜の巣というセーブポイントへ戻されるのかもしれません。


 程なく視界が回復。私は再びリスタートすることに。

 しかし、どうにもおかしい。

(あれ? どういうこと?)

 私の予想はハズレていました。

 何しろ再開された物語は記憶に新しいシーンというか、ブラックアウトする直前と少しも変わらなかったのです。

 視界に映るのはルークとレグス団長の姿。更にはダンツが隣にいたし、景色に変化はありません。

 何より先ほど聞いたばかりの台詞を、私は再び聞く羽目になっていたのですから。

 眼前のルークが微笑みながら言った。

「まあでも、あと一つだけ俺には要求があるんだ――」
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