青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第二章 繰り返す時間軸

予期せぬ事態

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「あれ……?」

 ふと私は目を覚ましていました。

 早朝からベッドに入ったのは覚えている。なのに目が覚めた今も日の光が差し込んでいたのよ。

「丸一日眠っていたの?」

 疲れは完全に取れていたし、もし仮に眠っていたのなら一日が経過したのだと思う。

 とはいえ、驚くのはそこじゃない。どうしてか私の予想は外れたみたいです。

「なんで赤子じゃないの?」

 目覚めたのなら、間違いなくリスタートだと考えていた。明らかにルークルートへ入ってしまったから。

 だからこそ女神アマンダに、やり直しを命じられるだろうと。

「嘘でしょ……?」

 リスタートとならない理由はまだこの世界線に望みがあるからだ。

 完全に詰んだと思われる世界線であるけれど、今はまだ何とか立て直せる可能性を含んでいることになる。

「今からルークに嫌われろっての?」

 思えばルークは強い女性が好きなのかもしれない。

 主人公エリカにしてもそうだし、イセリナだって気高く強い精神を持っています。

 まあ、アナスタシアの場合は物理的に強かったんだけど……。

「おいアナ!? 起きてるか!? タマゴが割れそうなんだ!」

 私が思案していると、一階から叫ぶ声が聞こえた。

 ダンツの話など気にする場合でもなかったけれど、卵が割れそうという話は流石に捨て置けない。

「嘘!? 今行くから!」

 昨日脱ぎ捨てていたドレスを身に纏い、私は二段飛ばしで階段を駆け下りていく。

 セントローゼス王国にとって火竜の卵は羽化させてはいけない災厄です。

 ダンツが悪戯をして割れたのであればいいのだけど、自然に羽化するという可能性も少なからずある。

「お父様!?」

 玄関を飛び出した私は目にしていた。

 確かに火竜の卵が割れている。しかも、小さな角のようなものが見えていたのよ。

「マズい!」

 火竜を羽化させただなんて知られてしまえば、子爵家はどのような罰を受けるのか分からない。

 リスタートされない現状において、厄介な爆弾となってしまうことでしょう。

「待って! まだ羽化しないでぇ!!」

 駆け寄る私。こんなことなら昨日のうちに、ゆで卵にしておくべきだったわ!

 咄嗟に割れた殻を押さえるけれど、私の努力も虚しく上面の殻が丸く綺麗に割れていた。

 加えて皿状をした殻を頭に乗せた小さなドラゴンが顔を覗かせています。

「あら、可愛い……」

 じゃないって! 羽化しちゃったじゃない!?

 コレどうしよう!? 古代魔法で吹っ飛ばすべきかな!?

 私が過度に困惑していると、

「があぁぁ……」

 火竜の赤ちゃんが私を見つめて鳴いた。

 つぶらな瞳。無垢な鳴き声。古代魔法を唱えようとしていた私は固まっていました。

「ああん、無理ぃぃ!!」

 敵意剥き出しの魔物であれば簡単だったというのに。

 母性を刺激するような表情の赤ちゃんを殺めるなんて、できるはずがありません。

「がああっ!」

 次の瞬間、火竜の赤ちゃんは私の肩へと飛び乗ってしまう。

 あろうことか小さな頭を私に擦りつけるようにしていました。

「えぇ……。これって刷り込みってやつ?」

 前世で十二人も子供をもうけた私だけど、まさか魔物のお母さんになるだなんて考えもしていないこと。

 どうやら子竜は本当に私を母だと勘違いしているみたい。

「お父様、このことはご内密に。今後の対応は私が考えますから……」

 山に戻しても無理だろうなぁ。絶対に戻ってきちゃうよ。

 今も私に甘える赤ちゃん。どうしてこんなことになってしまったのかしらね。

「煮込んで食ったらどうだ?」

「いやまあ、その通りなんだけど……」

 本当の親を吹っ飛ばしたのは私なんだけど、生憎と赤ちゃんは真相を知らない。

 完全に私を母だと思い込んでいるというのに、鍋へと放り込むような胆力を私は持ち合わせていないのよ。

「どこかに隠して育てるしか……」

「があああ!!」

 秘密裏に育てるしかないなと考えたところで、赤ちゃんが騒ぎ始める。

 お腹が減ったのかと思いきや、上空にペガサスの群れを見つけたからのようです。

「うげ!? 早すぎない!?」

 昨日一日寝ていたからか、もうセントローゼス王家は動き始めたらしい。

 王様が私に話した褒美を議会に承認させ、二頭のペガサスを向かわせるのに充分な時間だとは思えないのだけど。

「ルークまでいるじゃん……」

 ペガサスに乗っているのは昨日送ってもらった二人でした。

 近衛騎士団長レグス・キャラウェイとルーク第一王子殿下に他なりません。

「弁明しようがないな……」

 私の肩に乗る火竜の赤ちゃん。既に見つかってしまったことでしょう。

 まあしかし、面識のある二人が来てくれたのは不幸中の幸いです。

「アナ!!」

 喜々としてペガサスから飛び降りる元旦那。こんなにも積極的だったかしらと疑問を覚えずにはいられない。

「えっと、レグス近衛騎士団長様、それにルーク殿下、遠いところお疲れさまです」

 赤ちゃんについては触れない。後ろめたさを感じさせては駄目なのよ。

 平然としておれば、何とかやり過ごせるかもしれないわ。

「それは火竜の雛でしょうか?」

 ですよねぇ。気付かないはずがないわ。

 こうなったら、とことん誤魔化すしかありません。

「お二人と別れたあと、火竜の巣がどうなっているのか気になって確認したのです。するとタマゴを産んでいましたので持ち帰ったのですけれど、こうして羽化してしまいましてね……」

 タマゴの確認を怠ったのは二人だ。私は気付いたから持ち帰っただけ。処分するつもりだったと言い張るだけよ。

「むぅ、羽化寸前だったというわけですか。いやしかし、火竜に懐かれるとか伝記にある火竜の聖女様であるかのようですな?」

 むむ? この反応はまだ子爵家に希望が残されているってこと?

 レグス近衛騎士団長は好意的な表情だし、聖女というワードは王国にとって重要な役割を持つはずだもの。

「私を母だと考えているみたいですわ。妙に懐かれてしまいまして。オホホ!」

 思わず高笑いをしてしまったけれど、大丈夫かな?

 いきなり捕縛されるなんてことにならなければいいのだけど。

「いや、早速とペガサスを飛ばして正解でした。王国にとって吉報です。古代より伝わる話では竜を引き連れた聖女様は巨悪と戦ったそうです。我がセントローゼス王国は火竜の聖女様がこの世に復活されることを待ち望んでおりました。アナスタシア様は王国にとって掛け替えのない存在かもしれません」

 いやいや、火竜の聖女はエリカでしょ。

 実際に火竜の聖女アンジェラ・ローズマリーの血を引くのは彼女で間違いない。

(確か黒竜だっけか……)

 世間の認識は世界線によって異なるけれど、かつて巨悪と呼ばれる黒竜が存在したらしい。

 火竜の聖女は黒竜と戦ったのだけど、その際に呪いを受けたという話がBlueRoseのバッドエンドで説明されていました。

 恐らく、その呪いこそが魔王因子。聖女アンジェラ・ローズマリーの血を引くエリカは呪いを受け継いでいるのかもしれません。

 何しろエリカが有する魔王因子はプロメティア世界の時間軸をずっと止めたままなのですから。

「聖女様でしょうか……」

「いずれ分かると思いますよ。火竜の番を一撃で仕留められたことには感服いたしました。あの場面では誰かが失われる未来しかありませんでしたからね。全滅すらも容易に想像できます。更には火竜の巣について思い出されるなど、常に世界の安寧を考えておられるからでしょう。私が怒られるところでしたよ」

 ワハハと豪快に笑うレグス騎士団長様。私としては完全に興味本位だったのだけどね。

 何しろ世界線がリセットされると確信しての行動だったし。

「アナ、今日は色々と持ってきたんだ。侍女に選ばせたドレスとか、アクセサリーまで」

「殿下、それよりも先に王命を手渡さなければ……」

 早速とプレゼント攻勢なのね。しかし、どうして世界線はリセットされないのかしら?

 既にルークは完落ちしていると考えて差し支えないようだけど。

 レグス騎士団長に指摘されたルークはマジックバッグから書状のようなものを取り出し、作業着という貴族にあるまじき姿のダンツへと手渡している。

「この瞬間より、スカーレット子爵家はスカーレット伯爵家とする」

 ダンツは唖然と固まっていました。

 まあ、しょうがないね。私が何をしていたのか知らない彼は陞爵の意味合いを理解していません。

 王子殿下を守り、火竜を殲滅した事実など。

「ちょちょちょ、待ってください! 勝手に陞爵されても困ります! うちの所領には今以上に課せられる上納金を支払える蓄えなどございませんから!」

 一応はダンツも貴族的な思考があるみたいね。

 現状の子爵家でもギリギリ支払える額なのに、格上げされてはどうしようもないはずだわ。

「安心してくれ、伯爵。アナスタシアの功績により、以降十年間は上納金を求めないことで決定している。更には王都ルナレイクと伯爵領を結ぶ街道の工事が始まるんだ。土地の開墾も王家に任せて欲しい。五年内に上納金を収められる程度に発展させることが決まった」

 マジッすか。それって全て髭公爵に丸投げしようとしていたことじゃん。

 てことは王家から色々と吸い上げても構わないのかしら?

「ルーク殿下、開墾の人員については我が伯爵家に全権を委任してもらえませんか? 私にも領地運営の計画がございますから」

「それは構わないが、君は三年後の十五歳から王城にて働いてもらう。シャルロットの教育係として」

 滅茶苦茶上手く流れてるな、この世界線。リセットされないだけはあります。

 望まずとも私が思い描いた感じに纏まっている。もちろんルークに言い寄られること以外だけど。

「まあでも、あと一つだけ俺には要求があるんだ……」

 おっと、そうきたか。厚遇の代償が王家に仕えるだけじゃないよね。

 きっと無理難題が残されているはずだわ。

 言ってルークは耳打ちするつもりなのか、私に近付く。

 少しばかり緊張していた私なのだけど、囁く彼の口元に顔を寄せています。

 次の瞬間、私は頭が真っ白になっていました。
 
 まるで予期せぬ事態が私を困惑させていたのです。


 ルークは私と唇を重ねていた――。
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