青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第一章 前世と今世と

月夜の下に愛を囁く

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 晩餐会が終わったあと、私は騎士団の馬小屋へと来ていました。どうしてか薄桃色をしたドレスを身に纏ったままで。

 私が着ていたボロボロの服は既に処分されてしまったらしい。かといって、アイテムボックスに着替えは入っていないし、与えられたドレスを着るしかないのだけど。

(まいったな……)

 このようなドレスで戻った娘を、きっとダンツは笑い飛ばすだろう。

 何日も家に戻っていないというのに、気にすることなく。

「はぁ……」

「アナ、俺が直々に乗せてやるってのに、溜め息なんか吐くな」

 どうしてかルークも一緒です。

 溜め息の意味合いを誤解した彼は少しばかりご立腹のよう。

 まあでも、貴方が一緒にいることも溜め息の原因ではあるのだけれど。

「馬術には自信がある。戦闘は君に及びもしなかったが、安心していいぞ?」

「はぁ、お手柔らかにお願いいたしますわ……」

 どうしてか火竜退治のメンバーと同じ。

 馬を貸してくれたのなら自分で操るというのに、レグス近衛騎士団長だけでなく、ルークも一緒です。

 しかも彼は私をお姫様乗りにして、送ってくれるのだとか。

「ふはは、ルーク殿下、お似合いですぞ? そのまま攫ってどこかで暮らすのもよいかもしれませんな!」

「おいレグス、やめろよな!?」

 レグス騎士団長にからかわれ、またもや頬を染めるルーク。

 なんとまあお可愛らしいことで。記憶にあるルークが彷彿と蘇るわね。

 彼はぶっきらぼうに見えて、その実はとても優しく紳士です。

 溺愛されたのはイセリナであったけれど、何度も見た表情がアナスタシアに向けられていました。

「ま、安全確実に送ってくださいな」

 こういうのも悪くないでしょう。

 今世では関わりがないと考えていたルークとのデート。月明かりが照らす中を馬で走るのも悪くありません。

「殿下、言ってはなんですが、女性を前に乗せるのは一般的に妻か恋人ですぞ?」

「か、からかうのもいい加減にしろ!」

 ああ、そうか。促されるまま前に乗っただけなんだけど、そういう意味合いがあったのね。

 貴方にはイセリナがいるというのに、どうしてまたファニーピッグなんかを選んじゃうかな。

(束の間の夢ってやつかな……)

 この世界はリセットされる運命です。

 遠からずこのルークはいなくなってしまう。

 やり直しを命じられた前世イセリナと同じように、儚く消えていくことでしょう。

(夢でしかないね……)

 心残りはないと思う。ルークとは七十五年を共にしただけなんだ。

 きっと懐かしく思えただけ。彼はイセリナと結ばれるべきであり、現在の私には不釣り合いなのですから。

 しばし余韻を楽しもう。

 過度に改変を受けた世界線のバッドエンド。月明かりのスポットライトに照らされながら消えゆくのも悪くはない。

「今宵の月の下、限られた時間の中で共に歩みましょう……」

 何だか詩人にでもなったような気分です。

 かといって、それは本心であったりする。

 前世を共に歩んだルークと一緒にいること。懐かしい気持ちは当然あったのだけど、どうしてか新鮮さも感じていたのよ。

 まあでも、今宵限り。私とルークが一緒に過ごす時間なんてありません。

 今世の私はどうあってもセシルを口説き落とさなきゃならないのだから。

(次はもっと上手く動こう……)

 利己的な行動はできない。

 停滞する時間軸を再び動かすためだけに、私は生きているのよ。


 割とゆっくり進んだ私たちは三時間くらい山を登って、馬を括り付けた岩山まで到着していました。

 どうやら王都と火竜の巣は子爵領よりも距離が近いみたいです。

「ありがとうございました。私は子爵領へと戻らせていただきますわ」

「アナ、必ず戻ってこい。俺は君と一緒にいたい……」

 この期に及んでルークはそんな話を始めています。私とルークは決して結ばれない運命だというのに。

 天界が定めたルート上を生きるしかなく、恋愛の自由は生憎と認められていない。

 だから返事が多くあるはずもありませんでした。

 でもね、リセットされるだけの淡く儚い恋であるのなら、今だけは期待させてあげる。

 人生の最後まで私を愛してくれた彼に、少しばかりのお礼として。

「ありがとう、ルーク。もしもこの恋が叶うのなら……」

 期待できない未来。期待してはいけない未来だ。

 しかし、私はルークが望む言葉を躊躇いなく口にしていた。


「私は溺れるまで愛されたい――」
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