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第一章 前世と今世と

運命の人

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 前二回のリスタートよりも、私は研鑽に励んでいました。

 それもそのはず、武勇シナリオであるレグスルートに進もうと決めたからです。

 ただし、死ぬつもりはなかったりするのよ。もしもレグスルートが正解であった場合に、身動きが取れなくなってはいけないからね。

 岩山イベントもこなすつもりで私は準備に明け暮れていました。

「まさかリアルに火竜退治とか考えもしなかったけれど……」

 ただ火竜を倒せばいいというわけじゃない。

 ゲームのシナリオにあった火竜の卵を奪うことから始めなければなりません。

 ゲームでは冒険者が卵を奪ったせいで、怒り狂った火竜が王都ルナレイクを襲撃します。

 此度は私が盗むので、完全なマッチポンプ。かといって、勝利できるのかどうか不明です。

「魔法強化とミスリルの採掘。毒シダケ用の原木作りは剣術強化も兼ねて……」

 できるだけ時間を有効に使うしかありません。

 最低でも十四歳まで生きておかないと意味はないのよ。

「とりま、火竜退治ってのが最難関だけどね……」

 イセリナ時代以上に剣術強化に取り組みましたが、どれだけ頑張ろうとも不安は拭えません。

 何しろ盗賊とかじゃなく、火竜が相手なのですから。

「せめて魔法が使えたら、良い勝負できそうなんだけどな……」

 現状のアナスタシアはアマンダの加護である光属性を合わせてトリプルエレメントになっています。

 しかし、剣術のみで倒すという縛りが問題をより困難にしていました。

「とにかくチャレンジしてみないとね」

 現在は十二歳になったところ。ゲームではエリカが火竜を討伐する年齢になっていました。

 十三歳になるまでに剣術にて討伐しないと、レグスルートは解放されないのよね。

「丸焼けになるのだけは勘弁。死ぬ時は即死でお願いしたいところだわ……」

 何度も死に戻りしている私だけど、やはり死ぬ瞬間の痛みや恐怖はトラウマだもん。

 もし仮に死ぬのであれば、何も感じることなく逝きたいと願っています。

「ダンツの剣は安物だけど、これしかないし……」

 本日の目標はゲームにおいてNPCの冒険者が盗んだという火竜のタマゴを奪うこと。

 さりとて、そっと近付いてアイテムボックスへとしまい込むだけです。

 盗んだあとは一目散に山を下りればミッションコンプリート。火竜は怒り狂って王都ルナレイクを襲い出すことでしょう。

「よし、行こう!」

 夜になって私はスカーレット子爵家をあとにしました。

 馬を走らせ、道なき道を行く。

「子爵領からだと大体の位置しか分からないなぁ……」

 プレイヤーがスカーレット子爵領なんかに行くことがないのだから、大凡の方角しか分かるはずがない。

 悪役令嬢の取り巻きモブというアナスタシアの実家には廃プレイヤーたる私でも行ったことがないんだもの。

 約五時間をかけて私はレッドウォール山脈の山頂まで到着していました。

「ここからだと……」

 南部の様子を確認できれば、廃プレイヤーたる私には大凡の位置が確認できます。

 現在地は火竜の巣から西へ行ったところ。とりあえず東に向かえば火竜の巣があるはずです。

「タマゴを奪うことに失敗すれば確実にリスタート。エリカでも苦労する敵なんだもの……」

 アナスタシアは完全なモブ。空気ともいうべきキャラクターで火竜に挑むだなんて馬鹿げています。

 そんなことは重々承知していたけれど、レグスルートが正解だという可能性だってあるはずよ。

 きっと挑む価値はあると思います。

「気が進まないけど、やるっきゃないね……」

 確実に死に戻る予感があるのですから、ドMでもない限りは楽しめるはずがない。

 嘆息しつつも隆起した岩に馬を括り付け、私は重い足取りで東へと向かいます。

「転生のプロを自称したとして、死を迎えるプロってわけじゃあない……」

 やはり私は死ぬのが怖かったみたい。途切れぬ溜め息にそんなことを思います。

 稜線沿いにしばらく進むと、峰が見えてきました。

 そこが私の目的地。火竜の巣はレッドウォール山脈の一番高い峰にあるのですから。

「今日はタマゴを奪うだけだ……」

 戦いに来たのではないと、私は自分自身を落ち着かせる。火竜に見つからなければ、無事に明日を迎えられるはずと。

 次の瞬間、大きな影が落ちた。

 見上げると空を舞う巨大な飛竜が月影に照らされている。

「うそ……?」

 見つかったわけでもなかったというのに、私は声を失っていました。

 なぜなら、月影が浮かび上がらせた影は二つ。

 巣で寝ているどころか、火竜は巣の上空を番でグルグルと飛んでいたのでした。

「ゲームでは一頭だけだったのに……」

 よくよく考えると、雌だけでタマゴを産むだなんて話があるはずもない。

 雄がいるのは当たり前ですし、どうやら私は火竜二頭を相手にしなくてはならないようです。

「終わった……」

 長い息を吐く。

 ただでさえモブによる剣術討伐という縛りプレイ。強大な火竜を二頭も討伐できるはずがありません。攻略の糸口が断たれた瞬間でした。

 しかし、このあと思いもよらぬ展開が私を待ち受けていたのです。

「こんなところで何をしている!?」

 不意に私は声をかけられていました。

 深夜のレッドウォール山脈。火竜以外は誰もいないはずの稜線にて。

 即座に声の方を振り返る私。

 どうしてか、このとき私の胸はかつてないほど脈動していました。

(嘘でしょ……?)

 とても懐かしいその声。決して忘れるはずがない。

 何しろ、その声は私を溺愛した人と同じだったからです。

「ルーク……?」

 月明かりに照らされる金髪が揺れている。

 まだ幼い表情。しかし、凜々しく整った顔立ちは記憶のままでした。

「俺のことを知っているのか?」

 言われて気付きました。

 そういえば今の私は婚約者でもなければ、ただのモブ。悪役令嬢イセリナの取り巻きでしかありません。

 ルークは第一王子殿下であったというのに、うっかり呼び捨てにしてしまいました。

「申し訳ございません! 咄嗟のことでつい……」

 私が平謝りした刹那のこと、上空を飛ぶ火竜が耳をつんざくほどの咆吼を上げた。

「クソッ、レグスが失敗したのか!?」

 どうしてか私はルークの胸に抱かれていました。

 岩肌へと抱き寄せられ、火竜から身を隠すようにして。

(私は……)

 イセリナとしての人生を終えたはずが、再び私は彼の腕の中へと。

 尚も火竜は声を上げ、私たちを威嚇しているかのようです。

 しかし、私は火竜よりも今の状況に戸惑っている。ルークに抱き寄せられたことで、なぜか胸の高鳴りが抑えきれなくなっていました。

(どうして……?)

 前世では何十回と初夜を経験したというのに、ルークの腕に抱かれただけで私はこんなにも動揺しています。

 ルークは攻略対象であっただけ。私はエンドコンテンツを楽しむためだけに、彼の妻となった。

 向けられる愛情とは異なり、私に特別な感情はなかったはず。

「ルーク……?」

「黙って。まだ気付かれていないかもしれない。レグスが戻って来たら逃げるぞ」

 再び不敬罪に処されそうな私の言葉など気にせず、ルークはずっと上空を見上げたままでした。

 彼の話によると、どうやら近衛騎士団長レグス・キャサウェイもこの場にいるみたい。

 恐らく二人は火竜の調査に来たのだと思われます。王子殿下までいる理由は分かりませんけれど。

「駄目だ! 気付かれている!」

 言ってルークは剣を抜いた。明らかに私たち二人を威嚇し、急降下する火竜に対して。

 これはもう駄目だと思う。

 レグス近衛騎士団長がこの場にいたのなら、逃げるくらいはできたかもしれない。

 けれど、火竜二頭と対峙するのは十二歳の子供が二人だけ。初めから勝ち目などありませんでした。

 次の瞬間、巨大な火球が私たちに向かって吐き出されています。

 しかしながら、私は危機的状況よりも、どうしてかルークを見つめていました。

 今世では出会う予定のなかった人。仮に運命だというのならば、そうなのかもしれません。

 何しろ彼は千年をかけて、私が口説き落とした相手です。

 私だけを愛するようにと仕向けていたのが、ルーク・ルミナス・セントローゼス第一王子殿下に他ならないのですから。

 死に戻ることなど考えずに、私はずっと意味のないことを思考していました。

 偶然なのか、或いは必然なのか。前世界線から引き継がれた宿命か、若しくは世界の気まぐれでしかないのかと。

(私は何を望んでいるの……?)

 過度に困惑した私ですけれど、結論は意外に早く纏まっています。

 こんなものが運命であるはずがない。

 何より女神アマンダが望む結末とは違う。私はセシル第三王子殿下と結ばれるために転生しているのです。

 神が願うこと以外に定めがあるはずもありません。

(頭を冷やそう……)

 ルークに抱かれたまま、私は火竜が吐いた火炎により焼き尽くされていました。

 冷静になろうと考えた直後であったというのに、アッチアチの黒焦げです。

 まあしかし、間違いは正せました。

 私がすべきこと。偶然に出会ったルークとのラブロマンスなど必要ないことなのです。

 さて、またやり直しですね。

 少しばかり、このルートに光明を見出していたのですけれど……。
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