青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第一章 前世と今世と

未来予知

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「王子殿下に見初められるため……」

 私の返答には公爵家の面々だけでなく、父ダンツもまた目を丸くしている。

 まあ気が触れたと考えてもおかしくはないよね。下位貴族であるアナスタシアが王族の目に留まる未来など間違ってもないのだから。

「本気で考えてらっしゃるの? 貴方は子爵令嬢ですわよ?」

「本気ですよ? 一応は私も身の程をわきまえておりますので、庶子であるセシル殿下に見初められたい……」

「おい、アナ!?」

 不敬罪とされてもおかしくはないね。ダンツが焦る気持ちもよく分かるわ。

 でもね、これくらい大口を叩かないと響かないのよ。髭が私に興味を持つためには……。

「ふはは、いいなアナスタシア嬢! 野心ある者は好みだ。しかし、イセリナの話もまた事実。子爵令嬢が王子殿下に近寄るなど不可能だといえる。策はあるのか?」

 期待通り髭が興味を示した。ここまで私は彼の期待に応えているんだ。

 岩山の売買における謀略だけでなく、ここも私は彼が望む返答を終えなければならない。

「財を成し功を立て、目を逸らすことのできない存在となります」

 これでも私はプロの転生者だ。前世で王国の一部始終を見ています。

 下位貴族が成り上がるためのヒントは千年から繰り返した人生の中にあるはずです。

「ほう、聞こうか。子爵令嬢が登り詰めていく計画とやらを……」

 当然のこと、功を立てたくらいでは駄目なのよ。

 この髭を引き入れ、後ろ盾としない限りは私が登っていく道などありません。

「私は王都で起こり得る問題を解決できます。語るまでもありませんが、ご協力いただけるのであれば、公爵様にもとびきり甘い蜜をお届けできましょう」

「甘い蜜は好きだぞ? 儂を担ごうとするならば、それなりの根拠が必要となるがな?」

 やはり髭は乗ってきた。前世の娘を舐めんじゃないわよ?

「予知能力と言いましょうか。私は近い将来に起きる王都の問題を知っておりますの。ミスリル鉱脈の件も公爵様が話を持ち掛けてくるという予知による結果です。それで王都を襲う問題とは食糧難と疫病の蔓延。たった二つの出来事にて王国が傾きかける未来を知っております」

 前世でも苦労した話です。

 現在から三年後のこと。収穫前だというのに、セントローゼス王国は季節外れの長雨に見舞われていました。

 それだけなら良かったのだけど、各地で川が氾濫し、その年の収穫高は激減。

 王国全土で深刻な食糧不足に陥り、貧民街から赤斑病という厄介な疫病が蔓延してしまうの。

(他にはピークレンジ山脈での土砂崩れとかあったけど……)

 大規模な土砂崩れが副都リーフメルを襲うという話もありましたが、それはずっと先の話。北部地域の問題を髭が気にするはずもありませんので、割愛しておきましょう。

「アナスタシア嬢、ならば事前に治水対策をし、食糧難を回避するのか?」

 想定通りに返してくれて助かります。

 まあしかし、髭が話す内容は前世界線の話なのよ。

 イセリナであった私は治水対策の重要性を説き、公爵家の私財を投じて長雨に対する方策とした。それはイセリナが聖女とまで呼ばれる切っ掛けとなった災害です。

 しかし、子爵令嬢でしかない今世の対処法は違う。

「いえ、実際に食糧難を引き起こします」

 私の返答に髭は眉根を寄せた。

 生粋の悪である彼でさえも耳を疑う話であったことでしょう。

 今世の私は悪役令嬢。私が成り上がるためならば、災害をも利用する覚悟があります。

「アナスタシア嬢、それにはどういった意図が……?」

「分かりませんか? 治水は我が子爵家と公爵領のみで行います」

 私の回答に髭は息を呑んだ。

 だけど、直ぐさま大きな笑みを浮かべて、

「なるほど、とびきり甘い蜜だ! 事前に食糧を買いだめしておけばよいのだな?」

「その通りですわ。どうか私を信じてくださいまし。岩山のミスリル鉱脈を予知した実績。公爵様に損はさせません。もし仮に被害がでてしまったのなら、この首を如何様にしていただいても構いませんわ」

 毅然と私は訴えている。

 現状で私の未来予知はミスリル鉱脈でしか証明できない。

 でも、それで充分でしょ。あの岩山にあった価値を事前に根こそぎ回収し、尚且つ堂々と売りさばこうとした私ならば……。

「貴殿の価値は白金貨以上だとイセリナが言った。末恐ろしく思う。いずれ本当に我が公爵家は呑み込まれてしまうかもしれん。聞かせてくれ。アナスタシア嬢の謀略の全てを。まだ続きがあるのだろう?」

 私は自然と微笑んでいた。イセリナだけでなく、髭もまた頭が切れると知って。

 私は女神の使徒でありましたが、生憎と世界の救済は私に課せられた責務じゃないの。

 救済ならば主人公である光の聖女エリカに依頼するべきよ。

「もちろんですわ。食糧危機の次に王国を襲った流行病。その薬は莫大な富をもたらすことでしょう」

 イセリナでさえ引いているように感じる。

 まあ彼女は聖女としてクリアしたデータの影響を少なからず受けていますからね。

 前世のイセリナは食糧難も流行病も事前に食い止めていたのだから。

「続けてくれ。疫病の薬について情報が欲しい……」

「公爵様、私を甘く見ておりませんこと? ここで手の内を全て晒すとでもお考えでしょうか?」

 今の私はきっと卑しく邪悪な笑みを浮かべているでしょうね。

 自分でも分かっている。下劣な思考をしていること。でもね、子爵令嬢から成り上がるルートは他に残っていないの。

 それがたとえ、悪の道であったとしても。

「確かに。謀略家に全てを聞き出すなど野暮なことであった。して、儂はどう動けばいい? 流石に貴殿一人では遂げられんだろう?」

「恐縮です。まずは資金援助を願います。治水と開墾するための人材も派遣いただければ助かります。何しろ我が子爵領は広大な敷地を誇っておりますから、備蓄するに充分な小麦を生産できることでしょう」

 もう成功する未来しか見えない。

 ランカスタ公爵家を巻き込んだのなら、無限ともいえる資金が解放されるんだ。

「なるほど、スカーレット子爵領の森を開拓しろと。確かに他の諸侯に動きを悟られる心配はないな。しかし、それは認められん」

 ところが、髭は難色を示す。二つ返事で了承いただけると考えていたというのに。

「どうしてでしょう? 山脈で隔離された子爵領内であれば他の諸侯たちに察知されるはずもありませんし、公爵家にも充分な利益を生み出せますが?」

「分からんか? 隣り合ってはいるが、山脈に隔てられた公爵領と子爵領は街道が繋がっていない。迂回をし、デンバー侯爵領とリッチモンド公爵領を通過せねば運び込めん。双方ともあまり良い関係にないのだ。無駄に量のある小麦に関税がどれだけ上乗せされると考える?」

 そういえば、うっかりしていた。

 ミスリルとは異なり、単価が安い食糧に関税がかかっては旨味がなくなる。何度も往復することになるし、莫大な金額となるでしょう。

 私にはアイテムボックスがあったけれど、まだ手の内は隠していたいところだし。

(確かに怪しい取引よね……)

 しばし、考える。ここは前世の記憶など頼れません。

 弱小の子爵家に産まれたアナスタシアは黒を白に変えられるような権力を持っていないのですから。

「ランカスタ公爵家ならば可能です。関税など支払わずに輸送させられます」

 正直なところ髭が乗ってくるかどうか不明だ。けれど、私は一つだけある手段を提示するだけです。

「ふん、聞こうじゃないか。儂は貴殿を買っておる。失望させるなよ?」

 一つ頷いてから、私は導き出した結論を口にする。

「あの岩山に街道を通してください」

 自分でも無茶を話していると分かる。しかし、同時に確信もあった。

 これは決して思いつきではないし、必ずや成功すると分かってもいる。

「バカを言うな。確かにあの岩山があるエリアの標高は少しばかり低い。だが、あの荒れた岩山を馬車が通れるようにできるはずもない」

「いいえ、可能ですわ。公爵家はただ街道を整備してくれたらいいのです」

 私はその方策を口にする。少し前の世界線で実際に起きた話を。

「邪魔な岩山は私が吹き飛ばしてご覧に入れましょう」

 これが私に提示できる唯一の手段。確かに私は古代魔法ロナ・メテオ・バーストにて岩山を吹き飛ばしたのです。

 理論ではなく実践済みであるそれに、不安などあるはずもありません。

「いや、アナスタシア嬢、言うに事欠いてあの岩山を吹き飛ばすだと? 儂も南側から視察したのだが、宮廷魔道士でも手に余るものだぞ?」

「問題ありません。私は古代魔法ロナ・メテオ・バーストを習得しております。両所領の通気を良くする風穴を作ってご覧に入れます」

 流石の髭も唖然としている感じです。

 それもそのはず、太古のエルフが編み出したという古代魔法など普通なら習得できるものではありません。

(前世の私には無限の時間があったからね……)

 死に戻りによるループが生み出す時間。千年からイセリナをやり直した私は世界中から古代魔法の魔道書を取り寄せ、解読と理解を深めたのです。

 膨大な時間を費やした結果として、私は古代エルフ文字を解読しています。

「古代魔法だと? アナスタシア嬢、冗談はそれくらいに……」

「ちょうど帰り道ですし、所領へ戻る際に吹き飛ばしておきましょう。明日には南側から確認してもらって結構ですわ。しかし、私が話すように岩山が無くなっていたのなら、公爵様は即座に街道の整備と人員の派遣をお願いいたします。とにかく時間が足りませんので」

 言って私は髭が用意した書面にサインを終え、最初に取り出された金貨三百枚の絹袋を受け取っている。

「それではご機嫌よう。互いの所領が発展することを期待しておりますわ」

 私はイセリナにも深々と礼をしてから、部屋を去る。慌てて私に付き従うダンツと共に。

 とりあえず、金貨三百枚は確保した。私はこのお金を使って、赤斑病に対する薬を生産し始めていこうと思う。

 割と憂鬱だったイセリナとの出会いでしたけれど、私としては有意義な時間が過ごせました。

 心強い味方まで手に入れられたのですから。
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