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第一章 前世と今世と
夜会の主役
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(このイセリナは私自身だ……)
嫌な汗が身体中から吹き出していました。
プレイヤーしか知らない話を初対面で口にしたイセリナは確実に私の記憶を有している。
加えて、その処世術。前世で私が取り繕ったように、彼女もまた低姿勢でアナスタシアを味方に付けようとしているのです。
「申し訳ございません。ワタクシは同年代のお友達が欲しかったというのに、どうして酷い言葉を投げてしまったのでしょう。そうだわ! ワタクシ、貴方にプレゼントいたします。可愛らしい貴方に似合うピンク色のドレスを……」
既に確信していたものの、イセリナは決定的な言葉を口にした。
まるで前世と同じです。私はアナスタシアに取り繕うため、ドレスをプレゼントしています。
ゲーム内で彼女が着ていたピンク色をしたドレスを。
(マジですか……)
どうにも戸惑ってしまうけれど、私は決断しなければならない。
悪役令嬢イセリナの取り巻きとして生きるのか、或いはまるで違う世界線へと向かうべきかを。
(私の記憶を持っているのなら……)
彼女の中に私がいるのなら、イセリナは信頼できる。
期待通りにルーク殿下から告白され、彼を選ぶことだろう。
私はアマンダの言い付け通りにセシル殿下を口説き落とすだけでいい。
(でも馬鹿にされたような気がする……)
廃プレイヤーである私は確かにアルティメットモードを選んだのよ。
青き薔薇の取り巻きモブとして王子殿下にアタックするという超高難度のプレイを選んだはず。
決して初心者用のお助けモードなどではありません。
「誠に恐縮ですけれど、イセリナ様……」
私は決めた。
アマンダが頭を抱えていたとして知るもんか。今や私は転生のプロだと自負している。
だからこそ、私が選ぶ道は一つ。
「ドレスであればディープブルーの生地でお願いいたしますわ。海よりも深い青。どこまでも墜ちていく愛の淀み。殿方を溺れさせるほどに業の深いブルーのドレスを……」
ある意味、宣戦布告でした。
私はあろうことか目的を履き違えたような話をしています。
イセリナが着るべきドレスを私は希望しているのだから。
「ディープブルーのドレス? 貴方に似合うかしら?」
「きっと似合う女になって見せます。私は貴方様の隣に立っていたい。ただの取り巻きじゃなく、私は……」
私は思いの丈を告げた。
イセリナには理解できない心の内を口にしてしまう。
「今世も青き薔薇でありたい」
柄にもなく緊張している。
この遣り取りにて未来が途絶えたのなら、私はまたも赤子からのリスタートとなるでしょう。
「青き薔薇? 何だか美しい二つ名ですわね?」
他人事のようだけど、それは貴方のことよ?
イセリナ、貴方は前世界線において、青き薔薇と称えられたご令嬢なの。
でも、私は今世でも青き薔薇と呼ばれたい。
黒歴史的に思われていたブルーローズの愛称を今世でも手に入れたくなった。
(まだリセットされない……)
のっけから割と世界線を動かすような言動でしたが、強制リセットはされていません。
だとすれば、プロメティア世界の破滅はまだ確定していない。
「ど田舎の子爵令嬢でしかありませんけれど、私は社交界の主役になりたいと考えております。殿方の視線を独り占めしたいのです」
今も忘れない。老若男女、全員の視線を釘付けにしたあの夜。
私は再びあの舞台を目指そうと決意していました。
「ならばワタクシたちはライバルですわね? ワタクシもまた夜会の華になりたいと考えておりますの」
やはり彼女は私なのでしょう。
まだ十四歳であったというのに、数年後の夜会が本番であることを分かっているらしい。
(リセットされないなら、軌道修正しておきましょうかね)
アナスタシアは子爵令嬢でしかない。
やはりイセリナと喧嘩別れになるわけにはなりません。
「イセリナ様、私は貴方様の隣に並び立ちたいと申したはず。ただの比較物になりたくないだけ。堂々と隣を歩める女になりたいだけですわ」
私の返答にイセリナは、ふふっと小さく笑っている。
「面白いわね、貴方。ワタクシに取り入っても敵ばかりですわよ?」
「知っています。私が貴方様に降りかかる災難から守って差し上げますわ。過去も未来も知る私が貴方様を正しき道へと導いてご覧に入れましょう」
「おいアナスタシア、お前なんてことを!?」
流石にダンツが声を荒らげている。
当然の反応でしょうね。私は確実に公爵令嬢イセリナを下に見ているのですから。
「スカーレット子爵、結構です。ワタクシはアナスタシアの話を好ましく感じておりますの。まだ判断できかねますが、悪くないお話かと存じます」
毅然とイセリナが返している。
私の思考を持つ彼女は簡単にアナスタシアを切り捨てない。寧ろ、私に興味を持ったはず。
「アナスタシア、貴方にディープブルーのパーティードレスを贈りますわ。ただし、約束しなさい。ワタクシも驚くような女になると。ワタクシと並び立つとは夜会の主役になることですわ。二人して会場中の視線を釘付けにするのです」
私は今初めてこのリスタートともいえる転生を楽しめている。
(子爵令嬢も悪くないな……)
明確な下位貴族から成り上がるなんて機会が多くあるはずもない。
それこそ極小の確率でしか成し得ないアルティメットモードです。
しかも公爵令嬢の甘い蜜を吸うのではなく、対等であろうとするのだから。
「ええ、お約束いたしますわ。私は主役になって見せましょう。夜会に集った蝶は全員が青き薔薇に群がることでしょう。蝶は目映い輝きに吸い寄せられ、更には美しい花を求める。しかし、所詮は蝶も虫ケラなのですよ……」
自然と口を衝いた言葉はまるで悪役令嬢のよう。
格好をつけたわけでもないのですけれど、私は笑みを大きくしています。
甘い蜜に誘われる哀れな羽虫ですわ――。
嫌な汗が身体中から吹き出していました。
プレイヤーしか知らない話を初対面で口にしたイセリナは確実に私の記憶を有している。
加えて、その処世術。前世で私が取り繕ったように、彼女もまた低姿勢でアナスタシアを味方に付けようとしているのです。
「申し訳ございません。ワタクシは同年代のお友達が欲しかったというのに、どうして酷い言葉を投げてしまったのでしょう。そうだわ! ワタクシ、貴方にプレゼントいたします。可愛らしい貴方に似合うピンク色のドレスを……」
既に確信していたものの、イセリナは決定的な言葉を口にした。
まるで前世と同じです。私はアナスタシアに取り繕うため、ドレスをプレゼントしています。
ゲーム内で彼女が着ていたピンク色をしたドレスを。
(マジですか……)
どうにも戸惑ってしまうけれど、私は決断しなければならない。
悪役令嬢イセリナの取り巻きとして生きるのか、或いはまるで違う世界線へと向かうべきかを。
(私の記憶を持っているのなら……)
彼女の中に私がいるのなら、イセリナは信頼できる。
期待通りにルーク殿下から告白され、彼を選ぶことだろう。
私はアマンダの言い付け通りにセシル殿下を口説き落とすだけでいい。
(でも馬鹿にされたような気がする……)
廃プレイヤーである私は確かにアルティメットモードを選んだのよ。
青き薔薇の取り巻きモブとして王子殿下にアタックするという超高難度のプレイを選んだはず。
決して初心者用のお助けモードなどではありません。
「誠に恐縮ですけれど、イセリナ様……」
私は決めた。
アマンダが頭を抱えていたとして知るもんか。今や私は転生のプロだと自負している。
だからこそ、私が選ぶ道は一つ。
「ドレスであればディープブルーの生地でお願いいたしますわ。海よりも深い青。どこまでも墜ちていく愛の淀み。殿方を溺れさせるほどに業の深いブルーのドレスを……」
ある意味、宣戦布告でした。
私はあろうことか目的を履き違えたような話をしています。
イセリナが着るべきドレスを私は希望しているのだから。
「ディープブルーのドレス? 貴方に似合うかしら?」
「きっと似合う女になって見せます。私は貴方様の隣に立っていたい。ただの取り巻きじゃなく、私は……」
私は思いの丈を告げた。
イセリナには理解できない心の内を口にしてしまう。
「今世も青き薔薇でありたい」
柄にもなく緊張している。
この遣り取りにて未来が途絶えたのなら、私はまたも赤子からのリスタートとなるでしょう。
「青き薔薇? 何だか美しい二つ名ですわね?」
他人事のようだけど、それは貴方のことよ?
イセリナ、貴方は前世界線において、青き薔薇と称えられたご令嬢なの。
でも、私は今世でも青き薔薇と呼ばれたい。
黒歴史的に思われていたブルーローズの愛称を今世でも手に入れたくなった。
(まだリセットされない……)
のっけから割と世界線を動かすような言動でしたが、強制リセットはされていません。
だとすれば、プロメティア世界の破滅はまだ確定していない。
「ど田舎の子爵令嬢でしかありませんけれど、私は社交界の主役になりたいと考えております。殿方の視線を独り占めしたいのです」
今も忘れない。老若男女、全員の視線を釘付けにしたあの夜。
私は再びあの舞台を目指そうと決意していました。
「ならばワタクシたちはライバルですわね? ワタクシもまた夜会の華になりたいと考えておりますの」
やはり彼女は私なのでしょう。
まだ十四歳であったというのに、数年後の夜会が本番であることを分かっているらしい。
(リセットされないなら、軌道修正しておきましょうかね)
アナスタシアは子爵令嬢でしかない。
やはりイセリナと喧嘩別れになるわけにはなりません。
「イセリナ様、私は貴方様の隣に並び立ちたいと申したはず。ただの比較物になりたくないだけ。堂々と隣を歩める女になりたいだけですわ」
私の返答にイセリナは、ふふっと小さく笑っている。
「面白いわね、貴方。ワタクシに取り入っても敵ばかりですわよ?」
「知っています。私が貴方様に降りかかる災難から守って差し上げますわ。過去も未来も知る私が貴方様を正しき道へと導いてご覧に入れましょう」
「おいアナスタシア、お前なんてことを!?」
流石にダンツが声を荒らげている。
当然の反応でしょうね。私は確実に公爵令嬢イセリナを下に見ているのですから。
「スカーレット子爵、結構です。ワタクシはアナスタシアの話を好ましく感じておりますの。まだ判断できかねますが、悪くないお話かと存じます」
毅然とイセリナが返している。
私の思考を持つ彼女は簡単にアナスタシアを切り捨てない。寧ろ、私に興味を持ったはず。
「アナスタシア、貴方にディープブルーのパーティードレスを贈りますわ。ただし、約束しなさい。ワタクシも驚くような女になると。ワタクシと並び立つとは夜会の主役になることですわ。二人して会場中の視線を釘付けにするのです」
私は今初めてこのリスタートともいえる転生を楽しめている。
(子爵令嬢も悪くないな……)
明確な下位貴族から成り上がるなんて機会が多くあるはずもない。
それこそ極小の確率でしか成し得ないアルティメットモードです。
しかも公爵令嬢の甘い蜜を吸うのではなく、対等であろうとするのだから。
「ええ、お約束いたしますわ。私は主役になって見せましょう。夜会に集った蝶は全員が青き薔薇に群がることでしょう。蝶は目映い輝きに吸い寄せられ、更には美しい花を求める。しかし、所詮は蝶も虫ケラなのですよ……」
自然と口を衝いた言葉はまるで悪役令嬢のよう。
格好をつけたわけでもないのですけれど、私は笑みを大きくしています。
甘い蜜に誘われる哀れな羽虫ですわ――。
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