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第一章 前世と今世と
火竜の巣
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ソレスティア王城を見下ろす山々。レッドウォール山脈に二つの影があった。
月明かりに照らし出されるそれらは双方が立派な鎧を装備している。
夜中に彷徨くものなど盗賊くらいしか考えられないが、二人は共に王城から山頂を目指している高貴なる者たちだ。
「レグス、火竜の巣はまだかよ?」
一人はルーク・ルミナス・セントローゼス。セントローゼス王国の第一王子である。
「殿下、あの頂に火竜の巣はあるのです。ここからは徒歩ですね」
「ええ……。あんな遠くなのかよ……」
もう一人は近衛騎士団長レグス・キャサウェイ。彼らは火竜の調査に向かっている。
いつからか、王都ルナレイクを見下ろす山脈に火竜が棲みついてしまったのだ。
一頭で国を滅ぼす強大な力を持つ火竜は王国の懸念となっている。
しかも番だというのだから、こうして定期的に調査しなければならない。
「王家の務めであります。春立祭を無事に終えられたのです。これからは毎回、殿下は調査に参加しなければなりません。全ては王国民を守るため。もしも卵を産んでいたのなら、羽化せぬように魔法を掛けなければならないのですよ」
成体は人の手に負える魔物ではない。
従って、それ以上増えないように行動する。
仮に卵を産んでいるのなら、腐食魔法を施して羽化しないようにと。
「まったく何てしきたりだよ……」
「ぶつくさ言われませんように。ガゼル王も王太子となる前に調査隊に同行されていたそうです。王族は王国民のため、率先して動かねばなりませんから」
常に調査隊は二人と決まっている。
大人数での調査は火竜に見つかってしまう恐れがあるからだ。
かといって、巣へ近づく安全なルートが用意されており、寝ている火竜の脇から術式を発動させるだけの仕事である。
「来年からはフェリクスとセシルがいるからな。俺の仕事も減るんだろ?」
ルークはこの調査に前向きではいられなかった。
火竜だなんて恐ろしかったし、何より夜中に登山だなんてと。
「ええ、そうですね……」
ところが、レグスの反応は悪い。
というのも、レグスは知っていた。
フェリクス第二王子の病状が思わしくないこと。既に回復は絶望的だと彼は聞いていたからだ。
「それでルーク殿下、春立祭ではご令嬢も多く見受けられました。気になる方はいらっしゃいましたでしょうか?」
レグスは話題を変えた。
正直にフェリクスの話が続いては返答に困るからと。
王子殿下も十二歳になったことだし、気になる相手がいるのかと問う。
「んんー、よく分かんねぇな。俺にはまだ早いんじゃないか?」
「いやいや、第一王子である貴方様が決めないことには他の上位貴族が相手を決められないのですよ。早ければ早いほうが望ましいです」
王家の顔色を窺う上位貴族たちは王子殿下よりも先に相手を決められない。
王子殿下がいつまでも婚約者を決めないのであれば、最終的にご令嬢たちも相手が決まらない状態となってしまう。
「殿下の好みのタイプはどんな方でしょうかね?」
火竜の巣まで徒歩となる。
時間つぶしの意味合いもあって、レグスが聞いた。
ルークのタイプはどのような人なのかと。
「うーん、格好いい人がいいな!」
「ご令嬢に対する形容詞ではありませんね……」
レグスは溜め息を吐いた。
この分だとまだまだ先の話だと感じてしまう。可愛いや美しいではなく、格好いいだなんて。
春立祭を終えはしたけれど、王子殿下はまだまだ子供なのだと心の内に思った。
「いやでも、美しい可愛いは当たり前だろ? 加えて格好いいのが最高の女性だと思わないか? あらゆる感情を刺激されそうじゃん?」
意外と考えていらっしゃるとレグスは思い直す。
しかもレグスには該当する女性の目星もあった。
「それであればランカスタ公爵家のイセリナ様はどうでしょう? 美しく可愛らしい。加えて気品が感じられます。殿下の仰る格好いいに当て嵌まるのではないですか?」
「イセリナかぁ。セシルもそんなこと言ってたな……」
レグスは推し量っている。
セシル殿下がイセリナを推す理由は、やはり他の上位貴族たちと同じだろうと。
第一王子が相手を決めないことには、彼以下の者たちは身動きが取れないのだから。
「ま、話してみなきゃ分からん。茶会に参加したときにでも話をしてみるよ」
「ええ、そうしてください。誰を選ばれても問題ございません。貴方様自身が愛を貫ける方を見つけてくださいまし」
話していると、ようやく火竜の巣が見えてきた。
雑談はこれで終わりだ。
二人は気配を悟られることなく、巣の様子を確認しなければならない。
月明かりに照らし出されるそれらは双方が立派な鎧を装備している。
夜中に彷徨くものなど盗賊くらいしか考えられないが、二人は共に王城から山頂を目指している高貴なる者たちだ。
「レグス、火竜の巣はまだかよ?」
一人はルーク・ルミナス・セントローゼス。セントローゼス王国の第一王子である。
「殿下、あの頂に火竜の巣はあるのです。ここからは徒歩ですね」
「ええ……。あんな遠くなのかよ……」
もう一人は近衛騎士団長レグス・キャサウェイ。彼らは火竜の調査に向かっている。
いつからか、王都ルナレイクを見下ろす山脈に火竜が棲みついてしまったのだ。
一頭で国を滅ぼす強大な力を持つ火竜は王国の懸念となっている。
しかも番だというのだから、こうして定期的に調査しなければならない。
「王家の務めであります。春立祭を無事に終えられたのです。これからは毎回、殿下は調査に参加しなければなりません。全ては王国民を守るため。もしも卵を産んでいたのなら、羽化せぬように魔法を掛けなければならないのですよ」
成体は人の手に負える魔物ではない。
従って、それ以上増えないように行動する。
仮に卵を産んでいるのなら、腐食魔法を施して羽化しないようにと。
「まったく何てしきたりだよ……」
「ぶつくさ言われませんように。ガゼル王も王太子となる前に調査隊に同行されていたそうです。王族は王国民のため、率先して動かねばなりませんから」
常に調査隊は二人と決まっている。
大人数での調査は火竜に見つかってしまう恐れがあるからだ。
かといって、巣へ近づく安全なルートが用意されており、寝ている火竜の脇から術式を発動させるだけの仕事である。
「来年からはフェリクスとセシルがいるからな。俺の仕事も減るんだろ?」
ルークはこの調査に前向きではいられなかった。
火竜だなんて恐ろしかったし、何より夜中に登山だなんてと。
「ええ、そうですね……」
ところが、レグスの反応は悪い。
というのも、レグスは知っていた。
フェリクス第二王子の病状が思わしくないこと。既に回復は絶望的だと彼は聞いていたからだ。
「それでルーク殿下、春立祭ではご令嬢も多く見受けられました。気になる方はいらっしゃいましたでしょうか?」
レグスは話題を変えた。
正直にフェリクスの話が続いては返答に困るからと。
王子殿下も十二歳になったことだし、気になる相手がいるのかと問う。
「んんー、よく分かんねぇな。俺にはまだ早いんじゃないか?」
「いやいや、第一王子である貴方様が決めないことには他の上位貴族が相手を決められないのですよ。早ければ早いほうが望ましいです」
王家の顔色を窺う上位貴族たちは王子殿下よりも先に相手を決められない。
王子殿下がいつまでも婚約者を決めないのであれば、最終的にご令嬢たちも相手が決まらない状態となってしまう。
「殿下の好みのタイプはどんな方でしょうかね?」
火竜の巣まで徒歩となる。
時間つぶしの意味合いもあって、レグスが聞いた。
ルークのタイプはどのような人なのかと。
「うーん、格好いい人がいいな!」
「ご令嬢に対する形容詞ではありませんね……」
レグスは溜め息を吐いた。
この分だとまだまだ先の話だと感じてしまう。可愛いや美しいではなく、格好いいだなんて。
春立祭を終えはしたけれど、王子殿下はまだまだ子供なのだと心の内に思った。
「いやでも、美しい可愛いは当たり前だろ? 加えて格好いいのが最高の女性だと思わないか? あらゆる感情を刺激されそうじゃん?」
意外と考えていらっしゃるとレグスは思い直す。
しかもレグスには該当する女性の目星もあった。
「それであればランカスタ公爵家のイセリナ様はどうでしょう? 美しく可愛らしい。加えて気品が感じられます。殿下の仰る格好いいに当て嵌まるのではないですか?」
「イセリナかぁ。セシルもそんなこと言ってたな……」
レグスは推し量っている。
セシル殿下がイセリナを推す理由は、やはり他の上位貴族たちと同じだろうと。
第一王子が相手を決めないことには、彼以下の者たちは身動きが取れないのだから。
「ま、話してみなきゃ分からん。茶会に参加したときにでも話をしてみるよ」
「ええ、そうしてください。誰を選ばれても問題ございません。貴方様自身が愛を貫ける方を見つけてくださいまし」
話していると、ようやく火竜の巣が見えてきた。
雑談はこれで終わりだ。
二人は気配を悟られることなく、巣の様子を確認しなければならない。
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