青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

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第一章 前世と今世と

セントローゼス王国

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 王都ルナレイクを見下ろす高台に白亜城と呼ばれるお城があった。

 そこはソレスティア王城。白灰岩という純白に輝く石材を贅沢に使用したその城はセントローゼス王国の権威を象徴しているといっても過言ではない。

 そんな強国セントローゼス王国で、本日は春立祭という儀式が行われていた。

 第一王子ルーク・ルミナス・セントローゼスが十二歳の誕生日を迎えた祝儀であり、儀式の後は盛大なパーティーが催されている。

「ルーク兄様、春立祭お疲れさまでした。あと十二歳のお誕生日おめでとうございます!」

 貴族たちへの挨拶を済ませたルークへと、第三王子セシルが祝いの言葉を口にする。

 セシルは側室の子であり、ルークの一つ年下である。

 第二王子フェリクスと同い年であったけれど、誕生日が二ヶ月遅く第三王子となっていた。

「ありがとう、セシル。フェリクスも具合が悪くなければ良かったのにな……」

 第二王子フェリクスは幼い頃から魔力循環不全という難病で伏せったままだ。

 前世界線での寿命は十六歳である。

「フェリクス兄様はきっと良くなります! 僕は毎日女神アマンダ様に祈っているのです。早くフェリクス兄様が良くなりますようにって!」

 セシルの話にルークは笑みを大きくし、彼の頭を撫でた。

 ルークにとってセシルは腹違いの兄弟であったけれど、素直で真っ直ぐなセシルのことは誰よりも大切に想っている。

「セシル、お前は本当に優しいな。国が違えば兄弟と言えども、談笑することすらないという。しかし、俺は王位継承によって仲違いするのはいけないと考えている。兄弟ですら仲良くできないのなら、国民と向き合えるはずがないだろ? 家族の声を聞けぬ者に施政者たる資格はない」

 側室の子ではあったけれど、剣術や勉学に才能を発揮するセシル。

 性格面だけでなく、あらゆる面で秀でた一つ年下の弟をルークは評価していた。

「ルーク兄様は素晴らしい王様になれます! 僕はずっと兄様のように立派な王族になりたいと考えているのです!」

「セシル、お前には才能があるよ。出自とか気にするな。お前は俺を目指すのではなく、超えて行けばいいよ。何なら王位継承権を譲っても構わないぞ?」

 どうやらルークは本当にセシルを買っているらしい。

 第一王子が継承権を譲るなんて嘘でも口にしないはず。心から望んでいなければ言葉にできなかったことだろう。

「兄様、やめてよ! 僕はそれほど大層な人間じゃない。それこそお母様とか関係なく……」

 口では否定するセシルだが、やはり彼の母については後ろめたさを覚えているようだ。

 向けられる周囲の感情を敏感に察知したセシルは出しゃばることを良しとせず、ルークの影になろうとしていた。

「そんなことより、ルーク兄様! 来賓のイセリナ様をご覧になられましたか!?」

 セシルは直ぐさま話題を変えた。王位の話を続けるつもりはないと。

 兄であるルークが王座に就くべきであり、自身には関係のない話なのだと。

「んん? セシルはイセリナがタイプなのか? まあ、お前は優しすぎるから、イセリナのような年上が良いかもしれないな」

「ちちち、違うよ! 僕はルーク兄様のお相手に相応しいと思っただけだよ!」

 二人の会話に出てきたイセリナなるご令嬢。

 社交界デビューを前に貴族たちの間で話題となっている。

 ランカスタ公爵家のご令嬢であり、その容姿は将来有望だろうと。

「まあしかし、イセリナ嬢は確かに可愛かったな。噂通りの女性だと思う」

「でしょ? 兄様にピッタリだよ!」

 二人もまたイセリナの美貌に魅せられたらしい。

 まだランカスタ公爵のあとを付いて歩くだけであったものの、既に彼女は耳目を集めているようだ。

「でも、俺は相手を選ぶのなら、格好いい人がいいな……」

 ルークはセシルの話を否定するような話を始めた。

 格好いい人。

 思わぬ返答にセシルは不似合いなシワを眉間に浮かべている。

「兄様、格好いいなんて要素をご令嬢に望むのはちょっと……」

「ああいや、別にドラゴンを倒して欲しいとか思ってないぞ? 俺だってそれくらい分かってるさ。でもな、昔から格好いい人が好きなんだ。物理的な強さじゃなくても、気高さとか、生き様とかさ……」

 ルークはタイプの女性について語る。

 強い女性が好き。すなわち、それは格好いい女性なのだと。

 理由を聞いたセシルはようやく頷いていた。気高さとか生き様であれば納得の返答であったらしい。

 少しばかり兄を心配してしまったけれど、今は笑顔を返していた。

「まあでも、婚約者がドラゴンスレイヤーだったら、もの凄く格好いいよな!」

「兄様、それは……」

 再び、苦笑いのセシルだが、それでも良いような気がしている。

 ただの理想であり、そのようなご令嬢が存在するはずもないのだから。

 まだ幼い二人にとって、王位継承の儀はまだ先の話である。それまでに婚約者を選べば問題はなかった。

 十九歳になるまで、まだ充分に時間は残されているのだ。

 王位継承の儀によって、三人の王子殿下から一人だけが王太子に選ばれる。慣例として第一王子が選ばれるのであるが、長い歴史を鑑みると例外も当然あった。

 次期国王が約束された王太子という役割。王国の未来に重要なその決定は王家の一存ではなく、各諸侯たちの投票によって成される。

 投票結果を王家が受諾するかどうかというものであって、第一王子が不甲斐ない場合や、第二王子以降に秀でた才能がある場合は慣例通りとはならないらしい。


 めでたく春立祭を迎えた第一王子の姿に、セントローゼス王国は順風満帆のようにも思われた。

 しかし、世を掻き乱すのはいつも女性の影。王位継承に絡む女性たちが、いつの世も混乱の中心に存在し、望むべくもない状況へと誘っていく。
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