青き薔薇の悪役令嬢はその愛に溺れたい ~取り巻きモブとして二度目の転生を命じられたとしても~

坂森大我

文字の大きさ
上 下
6 / 377
第一章 前世と今世と

セントローゼス王国

しおりを挟む
 王都ルナレイクを見下ろす高台に白亜城と呼ばれるお城があった。

 そこはソレスティア王城。白灰岩という純白に輝く石材を贅沢に使用したその城はセントローゼス王国の権威を象徴しているといっても過言ではない。

 そんな強国セントローゼス王国で、本日は春立祭という儀式が行われていた。

 第一王子ルーク・ルミナス・セントローゼスが十二歳の誕生日を迎えた祝儀であり、儀式の後は盛大なパーティーが催されている。

「ルーク兄様、春立祭お疲れさまでした。あと十二歳のお誕生日おめでとうございます!」

 貴族たちへの挨拶を済ませたルークへと、第三王子セシルが祝いの言葉を口にする。

 セシルは側室の子であり、ルークの一つ年下である。

 第二王子フェリクスと同い年であったけれど、誕生日が二ヶ月遅く第三王子となっていた。

「ありがとう、セシル。フェリクスも具合が悪くなければ良かったのにな……」

 第二王子フェリクスは幼い頃から魔力循環不全という難病で伏せったままだ。

 前世界線での寿命は十六歳である。

「フェリクス兄様はきっと良くなります! 僕は毎日女神アマンダ様に祈っているのです。早くフェリクス兄様が良くなりますようにって!」

 セシルの話にルークは笑みを大きくし、彼の頭を撫でた。

 ルークにとってセシルは腹違いの兄弟であったけれど、素直で真っ直ぐなセシルのことは誰よりも大切に想っている。

「セシル、お前は本当に優しいな。国が違えば兄弟と言えども、談笑することすらないという。しかし、俺は王位継承によって仲違いするのはいけないと考えている。兄弟ですら仲良くできないのなら、国民と向き合えるはずがないだろ? 家族の声を聞けぬ者に施政者たる資格はない」

 側室の子ではあったけれど、剣術や勉学に才能を発揮するセシル。

 性格面だけでなく、あらゆる面で秀でた一つ年下の弟をルークは評価していた。

「ルーク兄様は素晴らしい王様になれます! 僕はずっと兄様のように立派な王族になりたいと考えているのです!」

「セシル、お前には才能があるよ。出自とか気にするな。お前は俺を目指すのではなく、超えて行けばいいよ。何なら王位継承権を譲っても構わないぞ?」

 どうやらルークは本当にセシルを買っているらしい。

 第一王子が継承権を譲るなんて嘘でも口にしないはず。心から望んでいなければ言葉にできなかったことだろう。

「兄様、やめてよ! 僕はそれほど大層な人間じゃない。それこそお母様とか関係なく……」

 口では否定するセシルだが、やはり彼の母については後ろめたさを覚えているようだ。

 向けられる周囲の感情を敏感に察知したセシルは出しゃばることを良しとせず、ルークの影になろうとしていた。

「そんなことより、ルーク兄様! 来賓のイセリナ様をご覧になられましたか!?」

 セシルは直ぐさま話題を変えた。王位の話を続けるつもりはないと。

 兄であるルークが王座に就くべきであり、自身には関係のない話なのだと。

「んん? セシルはイセリナがタイプなのか? まあ、お前は優しすぎるから、イセリナのような年上が良いかもしれないな」

「ちちち、違うよ! 僕はルーク兄様のお相手に相応しいと思っただけだよ!」

 二人の会話に出てきたイセリナなるご令嬢。

 社交界デビューを前に貴族たちの間で話題となっている。

 ランカスタ公爵家のご令嬢であり、その容姿は将来有望だろうと。

「まあしかし、イセリナ嬢は確かに可愛かったな。噂通りの女性だと思う」

「でしょ? 兄様にピッタリだよ!」

 二人もまたイセリナの美貌に魅せられたらしい。

 まだランカスタ公爵のあとを付いて歩くだけであったものの、既に彼女は耳目を集めているようだ。

「でも、俺は相手を選ぶのなら、格好いい人がいいな……」

 ルークはセシルの話を否定するような話を始めた。

 格好いい人。

 思わぬ返答にセシルは不似合いなシワを眉間に浮かべている。

「兄様、格好いいなんて要素をご令嬢に望むのはちょっと……」

「ああいや、別にドラゴンを倒して欲しいとか思ってないぞ? 俺だってそれくらい分かってるさ。でもな、昔から格好いい人が好きなんだ。物理的な強さじゃなくても、気高さとか、生き様とかさ……」

 ルークはタイプの女性について語る。

 強い女性が好き。すなわち、それは格好いい女性なのだと。

 理由を聞いたセシルはようやく頷いていた。気高さとか生き様であれば納得の返答であったらしい。

 少しばかり兄を心配してしまったけれど、今は笑顔を返していた。

「まあでも、婚約者がドラゴンスレイヤーだったら、もの凄く格好いいよな!」

「兄様、それは……」

 再び、苦笑いのセシルだが、それでも良いような気がしている。

 ただの理想であり、そのようなご令嬢が存在するはずもないのだから。

 まだ幼い二人にとって、王位継承の儀はまだ先の話である。それまでに婚約者を選べば問題はなかった。

 十九歳になるまで、まだ充分に時間は残されているのだ。

 王位継承の儀によって、三人の王子殿下から一人だけが王太子に選ばれる。慣例として第一王子が選ばれるのであるが、長い歴史を鑑みると例外も当然あった。

 次期国王が約束された王太子という役割。王国の未来に重要なその決定は王家の一存ではなく、各諸侯たちの投票によって成される。

 投票結果を王家が受諾するかどうかというものであって、第一王子が不甲斐ない場合や、第二王子以降に秀でた才能がある場合は慣例通りとはならないらしい。


 めでたく春立祭を迎えた第一王子の姿に、セントローゼス王国は順風満帆のようにも思われた。

 しかし、世を掻き乱すのはいつも女性の影。王位継承に絡む女性たちが、いつの世も混乱の中心に存在し、望むべくもない状況へと誘っていく。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。 なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。

処理中です...