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第三章 存亡を懸けて
対話
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ギフへと突入し三十分ほど突き進んだ玲奈たち。現れる魔物は切り捨てていたけれど、基本的に天主の発見に主眼を置いている。
一八は未だ納得していない様子であったが、最終的に全滅させると玲奈が語っていたからか、渋々と対話を受け入れている。
「玲奈ちん、あそこ!?」
現在地はイナバヤマ城の南側。ポツンと立つ羽人の姿があった。周囲にはゴブリンすらおらず、彼は一人きり。聞いていた自爆を考えているのかもしれない。
「ちくしょう……」
刀に手をやる一八を左手で制し、玲奈は一歩前に出る。
「私は岸野玲奈だ。貴殿は幹部級天主だな? 少しばかり話がしたい」
夜明け前の冷え込んだ空気が、玲奈の甲高い声を周囲には響かせていた。
どういった対応が返ってくるかは分からないが、問いかけた玲奈は返事があると信じている。
しばしの静寂。しかし、無視を決め込んだわけではないようだ。天主は玲奈の真意について考えていたにすぎない。
「今更、対話か? もう分かっているだろう? 天軍は死に体であることを……」
意外にも天主は言葉を返していた。問答無用で自爆するのかと思えば、彼は対話を楽しむかのように笑みさえ浮かべている。
「言葉が通じるようで何より。伊達に長く生きてないな? 私は女神の加護を持つものだ。女神マナリスより神託を受け、貴様たちに伝言を頼まれている。要件を伝え終えるまで自爆はするなよ?」
先に釘を刺す。玲奈としては真相を伝えるだけなのだ。彼が真実を知る前に天へと還ってはならないのだと。
「ふはは! 自爆すると知って来たのだな? 何とも勇敢なる女性だ。嫁にしたいくらいだよ」
天主は乾いた声で笑う。冗談を口にする余裕がまだあるのかもしれない。
「私はラファエル。四天将の一人だ。もちろん自爆を考えているが、君たちだけでは足りないのだよ……」
ラファエルと名乗った天主。やはりマナリスが語ったまま、彼らはより多くの人族を道連れにするつもりのよう。
「それだよ、ラファエル。私が貴様たちとの対話を望んだことは……」
ラファエルの話に、玲奈が口を挟む。説明する手間が省けたといった風に。
「女神マナリスは世界の未来を危惧している。それは貴様たち天主が間違った認識を持っているからだ」
ラファエルは眉根を寄せている。確かに神がいるならば、天軍の侵攻は世界を危惧するに値するだろう。けれど、間違った認識についてはまるで理解できない。
「間違った認識だと?」
「ああ、間違っている。貴様らが開こうとしている魔界門は人族の魂などでは開かん。かつて、それが開いたのは地上の魔素が枯渇したからであり、大量に人族が亡くなったからではないのだ」
ラファエルは絶句している。玲奈が語った内容は人族が知るはずもない話であった。天軍は人族に対して宣戦布告をしていたけれど、世界統一するとしか宣言していない。また真なる目的については幹部級以外に知る者などいなかった。
「岸野玲奈、女神は存在するのか……?」
確認はその一点のみ。本当の侵攻理由を口にされたのだ。しかも天軍の予想が間違っているという内容は話を聞く十分な理由となった。
「存在する。貴様たちが放っておいても滅亡する運命であることまで教えてもらった……」
玲奈の返答は事実を的確に捉えている。それは天主でさえ知らされていない話だ。緩やかに滅亡へと向かっているなんてことは……。
「私のように女神の加護を持つ者には神託を授けることができるのだが、生憎と貴様たちは既に繁殖能力がない。よって加護を授けるべく新生児が産まれなかった。女神殿は貴様たちの間違いを伝えようとしていたのに……」
決定的な話であった。新生児は魔界門の計画が始まる数百年前から途絶えている。その事実を知る彼女は明らかに女神の加護を持ち、女神マナリスにより神託を受けたのだろうと思う。
何だかおかしくなってしまう。全ては天軍の空回り。世界を混乱させただけであり、何の結果も伴っていない。初めから天主の復興などあり得なかったのだ。
フフフと小さく笑うラファエル。死の間際になって行動の全てを否定された彼は戦う意欲も天軍の未来も考えられなくなっていた。
「そうか……。我々は根本的なところから間違っていたのか……」
幾ら人族を殺めても開かない魔界門。薄々と感じられた疑念は真相を突きつけられたことにより肯定されている。
「いや、私は大きく間違っていたとは思わん。魔界門を開くには魔素を枯渇させる必要がある。貴様たちがそれに気付いたならば、結果として人族は大半が死滅していたのだから……」
玲奈の話にラファエルは再び笑ってみせる。真相に行き着いたところで、人族の未来は変わらなかったのだと思う。種族間の戦争は避けられぬ事象であった。
「何という皮肉だろうな? 過程も結果も同じだとは……。我ら天軍は足掻いただけであり、恐らく異なる世界線でも魔界門を開けなかっただろう」
ラファエルは今も笑みを浮かべたままだ。真相を知らずして失われたミカエル。戦闘を強いられたガブリエルやウリエルの死が如何に無意味であったのか。笑わずにはいられない。己が無知を知らされたのだから。
「岸野玲奈、私は真相をアザエル陛下に伝えたい。都合の良い話で悪いが、ここは見逃してはもらえんだろうか……」
ここでラファエルは交渉を始めた。あろうことかこの場を無かったかのようにする話を。
「てめぇ!」
一八が声を荒らげるも、再び玲奈が制止した。どうやら、玲奈はその申し出を受けるつもりである。
「ラファエル殿、この場に限って見逃してやる。真相を天主全員に伝えてくれ。しかし、次に会ったとき、天主は全滅させる……」
今にも一八は斬りかかってしまいそう。玲奈の左腕が降ろされるや、彼は駆け出していくだろう。
「話の分かる女性で良かった。我らは罪を知るべきであり、罰を受けるに値している。もしも、天に還って女神に会ったなら、謝罪しておくよ……」
思いのほか話が分かるというのはラファエルだけの認識ではなかった。玲奈もまた同じ印象を持っている。果てなき戦いを繰り広げた天軍と人族。初めての対話がこのような理性的な話し合いになるなんてと。
「人族の子らよ、感謝する。我らは決して好戦的な存在ではない。よって全天主に代わって謝罪を。我らは滅亡を免れようと足掻いただけなのだ……」
言ってラファエルは空を飛ぶ。今にも撃ち落としそうな一八を宥めながら、玲奈と莉子は彼を見送っていた。
このあと半日を要して、共和国軍はギフを制圧。連合国軍の兵士は大半が失われていたけれど、それでも全体としての被害は想定よりも少ない。
残すは北の大地のみ。星形要塞都市ゴリョウカクを攻め落とすだけであった……。
一八は未だ納得していない様子であったが、最終的に全滅させると玲奈が語っていたからか、渋々と対話を受け入れている。
「玲奈ちん、あそこ!?」
現在地はイナバヤマ城の南側。ポツンと立つ羽人の姿があった。周囲にはゴブリンすらおらず、彼は一人きり。聞いていた自爆を考えているのかもしれない。
「ちくしょう……」
刀に手をやる一八を左手で制し、玲奈は一歩前に出る。
「私は岸野玲奈だ。貴殿は幹部級天主だな? 少しばかり話がしたい」
夜明け前の冷え込んだ空気が、玲奈の甲高い声を周囲には響かせていた。
どういった対応が返ってくるかは分からないが、問いかけた玲奈は返事があると信じている。
しばしの静寂。しかし、無視を決め込んだわけではないようだ。天主は玲奈の真意について考えていたにすぎない。
「今更、対話か? もう分かっているだろう? 天軍は死に体であることを……」
意外にも天主は言葉を返していた。問答無用で自爆するのかと思えば、彼は対話を楽しむかのように笑みさえ浮かべている。
「言葉が通じるようで何より。伊達に長く生きてないな? 私は女神の加護を持つものだ。女神マナリスより神託を受け、貴様たちに伝言を頼まれている。要件を伝え終えるまで自爆はするなよ?」
先に釘を刺す。玲奈としては真相を伝えるだけなのだ。彼が真実を知る前に天へと還ってはならないのだと。
「ふはは! 自爆すると知って来たのだな? 何とも勇敢なる女性だ。嫁にしたいくらいだよ」
天主は乾いた声で笑う。冗談を口にする余裕がまだあるのかもしれない。
「私はラファエル。四天将の一人だ。もちろん自爆を考えているが、君たちだけでは足りないのだよ……」
ラファエルと名乗った天主。やはりマナリスが語ったまま、彼らはより多くの人族を道連れにするつもりのよう。
「それだよ、ラファエル。私が貴様たちとの対話を望んだことは……」
ラファエルの話に、玲奈が口を挟む。説明する手間が省けたといった風に。
「女神マナリスは世界の未来を危惧している。それは貴様たち天主が間違った認識を持っているからだ」
ラファエルは眉根を寄せている。確かに神がいるならば、天軍の侵攻は世界を危惧するに値するだろう。けれど、間違った認識についてはまるで理解できない。
「間違った認識だと?」
「ああ、間違っている。貴様らが開こうとしている魔界門は人族の魂などでは開かん。かつて、それが開いたのは地上の魔素が枯渇したからであり、大量に人族が亡くなったからではないのだ」
ラファエルは絶句している。玲奈が語った内容は人族が知るはずもない話であった。天軍は人族に対して宣戦布告をしていたけれど、世界統一するとしか宣言していない。また真なる目的については幹部級以外に知る者などいなかった。
「岸野玲奈、女神は存在するのか……?」
確認はその一点のみ。本当の侵攻理由を口にされたのだ。しかも天軍の予想が間違っているという内容は話を聞く十分な理由となった。
「存在する。貴様たちが放っておいても滅亡する運命であることまで教えてもらった……」
玲奈の返答は事実を的確に捉えている。それは天主でさえ知らされていない話だ。緩やかに滅亡へと向かっているなんてことは……。
「私のように女神の加護を持つ者には神託を授けることができるのだが、生憎と貴様たちは既に繁殖能力がない。よって加護を授けるべく新生児が産まれなかった。女神殿は貴様たちの間違いを伝えようとしていたのに……」
決定的な話であった。新生児は魔界門の計画が始まる数百年前から途絶えている。その事実を知る彼女は明らかに女神の加護を持ち、女神マナリスにより神託を受けたのだろうと思う。
何だかおかしくなってしまう。全ては天軍の空回り。世界を混乱させただけであり、何の結果も伴っていない。初めから天主の復興などあり得なかったのだ。
フフフと小さく笑うラファエル。死の間際になって行動の全てを否定された彼は戦う意欲も天軍の未来も考えられなくなっていた。
「そうか……。我々は根本的なところから間違っていたのか……」
幾ら人族を殺めても開かない魔界門。薄々と感じられた疑念は真相を突きつけられたことにより肯定されている。
「いや、私は大きく間違っていたとは思わん。魔界門を開くには魔素を枯渇させる必要がある。貴様たちがそれに気付いたならば、結果として人族は大半が死滅していたのだから……」
玲奈の話にラファエルは再び笑ってみせる。真相に行き着いたところで、人族の未来は変わらなかったのだと思う。種族間の戦争は避けられぬ事象であった。
「何という皮肉だろうな? 過程も結果も同じだとは……。我ら天軍は足掻いただけであり、恐らく異なる世界線でも魔界門を開けなかっただろう」
ラファエルは今も笑みを浮かべたままだ。真相を知らずして失われたミカエル。戦闘を強いられたガブリエルやウリエルの死が如何に無意味であったのか。笑わずにはいられない。己が無知を知らされたのだから。
「岸野玲奈、私は真相をアザエル陛下に伝えたい。都合の良い話で悪いが、ここは見逃してはもらえんだろうか……」
ここでラファエルは交渉を始めた。あろうことかこの場を無かったかのようにする話を。
「てめぇ!」
一八が声を荒らげるも、再び玲奈が制止した。どうやら、玲奈はその申し出を受けるつもりである。
「ラファエル殿、この場に限って見逃してやる。真相を天主全員に伝えてくれ。しかし、次に会ったとき、天主は全滅させる……」
今にも一八は斬りかかってしまいそう。玲奈の左腕が降ろされるや、彼は駆け出していくだろう。
「話の分かる女性で良かった。我らは罪を知るべきであり、罰を受けるに値している。もしも、天に還って女神に会ったなら、謝罪しておくよ……」
思いのほか話が分かるというのはラファエルだけの認識ではなかった。玲奈もまた同じ印象を持っている。果てなき戦いを繰り広げた天軍と人族。初めての対話がこのような理性的な話し合いになるなんてと。
「人族の子らよ、感謝する。我らは決して好戦的な存在ではない。よって全天主に代わって謝罪を。我らは滅亡を免れようと足掻いただけなのだ……」
言ってラファエルは空を飛ぶ。今にも撃ち落としそうな一八を宥めながら、玲奈と莉子は彼を見送っていた。
このあと半日を要して、共和国軍はギフを制圧。連合国軍の兵士は大半が失われていたけれど、それでも全体としての被害は想定よりも少ない。
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