181 / 212
第三章 存亡を懸けて
帰還
しおりを挟む
第一師団の師団長を務める竹之内。次々と寄せられる被害報告に頭を悩ませていた。
「師団長、まだネームドは発見されておりません!」
随時、ネームドの発見報告をするよう命令している。しかし、まだ有力な情報はなかった。依頼をした共和国軍の兵士がオークの一団に飛び込んでいったのは確認したけれど、二時間が経過した現在では生きているとは思えない。
「勇敢な若者だったな。断ったとして誰にも非難されないというのに……」
二人に聞かされていたようにネームドではない進化級オークは連合国軍でも対処できている。しかし、ネームドモンスターが現れてしまっては太刀打ちできるか分からない。
竹之内が溜め息を吐いていると、眼前の兵が割れた。特別な指示はしていないというのに、魔物が通り抜けるような一本道が出来上がっている。
「おい、何をしている!? オークの侵攻を食い止めろ!」
叫ぶように声を張るも兵たちは動かない。それどころか立ちこめる粉塵の向こうには、もうオークらしき影が映っていた。
「オークを漏らすな! 我らはトウキョウの未来を任されているのだぞ!」
どれだけ叫ぼうとも無駄であった。道を空けたような兵は微動だにしない。
しかし、ようやく竹之内も理解していた。どうして兵が道を空けたのか。なぜにオークが隙を突いてこないのか。
粉塵の向こうから現れた人影に意図せず察せられている。
「竹之内師団長、戻りました……」
砂塵の向こうから姿を現したのは血まみれの兵士であった。右手には大太刀。更には女性を担いでいる。言わずもがなその女性も全身が血に染まっていた。
「お、奥田君か……?」
堪らず質問を返している。尋常じゃない量の血を流す男。だが、恐らくそれは全てが斬り裂いたことによる返り血であろう。今も男は鋭い眼光であり、精気が失われたようには思えない。
「奥田です。少しばかり苦労しました……」
返答を受けた竹之内だが声を失っている。確か二人は雑兵のオークを飛び越えて進軍していたのだ。攻め入るオークを倒しながら進んだのではなく、自ら死地へと赴くように。
「無事だったのか……」
「ええまあ。それでこれが戦果です……」
再び竹之内は絶句させられている。一八がハンディデバイスから取り出したものが、予想外の大きさであったからだ。
「これが……ネームド……?」
明らかに大きな体躯。左腕は切り落とされ、更には腹部に深い傷を負っていた。この進化級オークが苦しみながら息絶えたのは想像に容易い。
「君たちが討伐したのか……?」
竹之内は明らかな事実を確認していた。今し方、一八が取り出したのは確認したはずで、彼ら二人がオークの軍勢に突っ込んでいったことを、知っていたというのに。
「割と苦戦しましたが……」
どうにも信じられない。話が事実であれば二人だけで倒せるはずがないのだ。何しろネームドモンスターは天災級と呼ぶに相応しい強大な魔物であるのだから。
「俺たちはこれで。ご武運を祈ります……」
言って一八が立ち去ろうとする。休むことも回復も求めることなく。返り血によって怪我の程度は分かりにくいが、彼の左腕は明らかに負傷していたというのに。
「待ってくれ。せめて治療を任せて欲しい。我らの軍勢ではとてもネームドオークエンペラーに太刀打ちできなかっただろう。感謝を行動で示したい」
「それは有難いっす。流石にボロボロなんすよ……」
やはり五体満足ではないようだ。竹之内は戦線から離れた治癒班のテントへと二人を案内している。
「一八、降ろしてくれ。もう歩ける……」
「テントまで運んでやるよ。最大の功労者はお前なんだ。少しくらい休め……」
二人の会話は竹之内にも届いていた。聞けば女性が功労者なのだという。体躯から彼女は露払いが役目だと想像していたというのに。
「岸野さんはこちらに。奥田くんは向こうのテントで治療を受けてくれ……」
玲奈をテント内のベッドに寝かせてから、一八は指定されたテントへと向かう。また竹之内は話を聞こうとしているのか、一八に同行している。
まずは返り血を浄化魔法にて落としてもらう。しかし、魔法を施した支援士は声を失っている。
「これは……?」
「奥田君、この怪我はどうしたんだ!?」
堪らず竹之内は問いかけてしまう。なぜなら彼の左腕は挫滅していたのだ。上腕から肩口にかけて。血まみれであり、共和国軍の装備がライトジャケットであったこと。支援士をしても怪我の具合には気付けなかった。
「き、緊急処置を施します! 支援士を集めてください! 高橋班長を呼んできて!」
どうやら一人では手に負えない怪我のよう。このあと五人の支援士が集められ、懸命の治療が始まっている。
竹之内は息を呑んでいた。このような酷い状態であったなんて少しも考えていなかったのだ。
「奥田君はこの怪我を負いながらも、オークの群れを抜けて戻ったのか……」
右腕一本。しかも功労者だという玲奈を担いだまま。事実確認をしようとついてきた竹之内だが、既に十分だと思い直している。
「オークの大群を切り捨てながら戻ることすら、うちの兵にはできないだろう。まして怪我人を背負い、自らも重度の怪我だなんて。ネームドを討伐できる者にしか不可能だ……」
ネームドオークエンペラーの討伐に疑問はなくなっていた。鬼神の如き姿を確認したのだ。あの返り血は何百というオークを切り裂いた結果に違いない。
竹之内は聞いたままを報告しようと思う。オークエンペラーの死骸も調べれば真偽が判明するだろうし、治療を請け負ったと報告すれば下手なことにはならないだろうと。
このあと一八と玲奈はテント内で眠ってしまった。いち早く戻ろうとしていた二人であるが、疲労には抗えなかったようだ。
「師団長、まだネームドは発見されておりません!」
随時、ネームドの発見報告をするよう命令している。しかし、まだ有力な情報はなかった。依頼をした共和国軍の兵士がオークの一団に飛び込んでいったのは確認したけれど、二時間が経過した現在では生きているとは思えない。
「勇敢な若者だったな。断ったとして誰にも非難されないというのに……」
二人に聞かされていたようにネームドではない進化級オークは連合国軍でも対処できている。しかし、ネームドモンスターが現れてしまっては太刀打ちできるか分からない。
竹之内が溜め息を吐いていると、眼前の兵が割れた。特別な指示はしていないというのに、魔物が通り抜けるような一本道が出来上がっている。
「おい、何をしている!? オークの侵攻を食い止めろ!」
叫ぶように声を張るも兵たちは動かない。それどころか立ちこめる粉塵の向こうには、もうオークらしき影が映っていた。
「オークを漏らすな! 我らはトウキョウの未来を任されているのだぞ!」
どれだけ叫ぼうとも無駄であった。道を空けたような兵は微動だにしない。
しかし、ようやく竹之内も理解していた。どうして兵が道を空けたのか。なぜにオークが隙を突いてこないのか。
粉塵の向こうから現れた人影に意図せず察せられている。
「竹之内師団長、戻りました……」
砂塵の向こうから姿を現したのは血まみれの兵士であった。右手には大太刀。更には女性を担いでいる。言わずもがなその女性も全身が血に染まっていた。
「お、奥田君か……?」
堪らず質問を返している。尋常じゃない量の血を流す男。だが、恐らくそれは全てが斬り裂いたことによる返り血であろう。今も男は鋭い眼光であり、精気が失われたようには思えない。
「奥田です。少しばかり苦労しました……」
返答を受けた竹之内だが声を失っている。確か二人は雑兵のオークを飛び越えて進軍していたのだ。攻め入るオークを倒しながら進んだのではなく、自ら死地へと赴くように。
「無事だったのか……」
「ええまあ。それでこれが戦果です……」
再び竹之内は絶句させられている。一八がハンディデバイスから取り出したものが、予想外の大きさであったからだ。
「これが……ネームド……?」
明らかに大きな体躯。左腕は切り落とされ、更には腹部に深い傷を負っていた。この進化級オークが苦しみながら息絶えたのは想像に容易い。
「君たちが討伐したのか……?」
竹之内は明らかな事実を確認していた。今し方、一八が取り出したのは確認したはずで、彼ら二人がオークの軍勢に突っ込んでいったことを、知っていたというのに。
「割と苦戦しましたが……」
どうにも信じられない。話が事実であれば二人だけで倒せるはずがないのだ。何しろネームドモンスターは天災級と呼ぶに相応しい強大な魔物であるのだから。
「俺たちはこれで。ご武運を祈ります……」
言って一八が立ち去ろうとする。休むことも回復も求めることなく。返り血によって怪我の程度は分かりにくいが、彼の左腕は明らかに負傷していたというのに。
「待ってくれ。せめて治療を任せて欲しい。我らの軍勢ではとてもネームドオークエンペラーに太刀打ちできなかっただろう。感謝を行動で示したい」
「それは有難いっす。流石にボロボロなんすよ……」
やはり五体満足ではないようだ。竹之内は戦線から離れた治癒班のテントへと二人を案内している。
「一八、降ろしてくれ。もう歩ける……」
「テントまで運んでやるよ。最大の功労者はお前なんだ。少しくらい休め……」
二人の会話は竹之内にも届いていた。聞けば女性が功労者なのだという。体躯から彼女は露払いが役目だと想像していたというのに。
「岸野さんはこちらに。奥田くんは向こうのテントで治療を受けてくれ……」
玲奈をテント内のベッドに寝かせてから、一八は指定されたテントへと向かう。また竹之内は話を聞こうとしているのか、一八に同行している。
まずは返り血を浄化魔法にて落としてもらう。しかし、魔法を施した支援士は声を失っている。
「これは……?」
「奥田君、この怪我はどうしたんだ!?」
堪らず竹之内は問いかけてしまう。なぜなら彼の左腕は挫滅していたのだ。上腕から肩口にかけて。血まみれであり、共和国軍の装備がライトジャケットであったこと。支援士をしても怪我の具合には気付けなかった。
「き、緊急処置を施します! 支援士を集めてください! 高橋班長を呼んできて!」
どうやら一人では手に負えない怪我のよう。このあと五人の支援士が集められ、懸命の治療が始まっている。
竹之内は息を呑んでいた。このような酷い状態であったなんて少しも考えていなかったのだ。
「奥田君はこの怪我を負いながらも、オークの群れを抜けて戻ったのか……」
右腕一本。しかも功労者だという玲奈を担いだまま。事実確認をしようとついてきた竹之内だが、既に十分だと思い直している。
「オークの大群を切り捨てながら戻ることすら、うちの兵にはできないだろう。まして怪我人を背負い、自らも重度の怪我だなんて。ネームドを討伐できる者にしか不可能だ……」
ネームドオークエンペラーの討伐に疑問はなくなっていた。鬼神の如き姿を確認したのだ。あの返り血は何百というオークを切り裂いた結果に違いない。
竹之内は聞いたままを報告しようと思う。オークエンペラーの死骸も調べれば真偽が判明するだろうし、治療を請け負ったと報告すれば下手なことにはならないだろうと。
このあと一八と玲奈はテント内で眠ってしまった。いち早く戻ろうとしていた二人であるが、疲労には抗えなかったようだ。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

魔法省魔道具研究員クロエ
大森蜜柑
ファンタジー
8歳のクロエは魔物討伐で利き腕を無くした父のために、独学で「自分の意思で動かせる義手」製作に挑む。
その功績から、平民ながら貴族の通う魔法学園に入学し、卒業後は魔法省の魔道具研究所へ。
エリート街道を進むクロエにその邪魔をする人物の登場。
人生を変える大事故の後、クロエは奇跡の生還をとげる。
大好きな人のためにした事は、全て自分の幸せとして返ってくる。健気に頑張るクロエの恋と奇跡の物語りです。
本編終了ですが、おまけ話を気まぐれに追加します。
小説家になろうにも掲載してます。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる