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第三章 存亡を懸けて

川瀬と玲奈

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 玲奈たち川瀬旅団に所属する新人たちはオオサカに集められた一般兵と共に出撃の準備に追われていた。

「玲奈、大きくなったな?」
 零月を磨く玲奈に川瀬が近寄って来た。玲奈の隣で剣の手入れをしていた伸吾は思わず立ち上がって敬礼している。

「川瀬殿、この配置は私が岸野武士の娘だからだろうか?」
 敬礼もせず、玲奈はそう返している。自身は首席なのだ。よって奇襲部隊から外された理由をそのように解釈するしかなかった。

 意外な問いかけであったのか、オッとした表情を浮かべる川瀬。だが、直ぐに頭を振り、
「いや、岸野武蔵の孫であるからだ……」
 と冗談交じりに返している。

 この返答には溜め息を吐く玲奈。期待したものではないと。自身は庇護されたのだと玲奈は考えていた。

「間髪入れず奇襲を仕掛けるのには賛成です。ですが、オークキングが五頭以上いるというのに、アタッカーが二人ではどうしようもない。私と貴方も奇襲班に編成されるべきでした」
 上官どころか現在の兵団ではトップに近い川瀬であったというのに、玲奈は意見した。
 動き始めた世界線を玲奈は一八から聞かされているのだ。人族の悲劇を回避するために、今は戦力を分散させるべきではないと思う。障害となり得る魔物を優先して討伐すべきであった。

「玲奈、お前は少しくらい仲間を信頼しろ。本作戦は奇襲だけで成功となるのではない。我らがオーク共を更なる混乱に陥れてこそ完遂となる任務だ」
「いやしかし、奇襲が失敗すれば元も子もないではありませんか!?」
 玲奈は声を荒らげていた。片腕となったオークエンペラーでも苦戦を強いられたのだ。作戦の意図は理解できるけれど、最初の段階で失敗してしまえば意味はないのだと。

「成功すると考えたから承認したのだ。浅村少佐は三十分で目標を殲滅すると話していた。お前が心配するようなことはない」
 やはり作戦の変更とはならない。既に決定事項であり、玲奈が幾ら進言したとして聞き入れてもらえそうな感じはなかった。

「では、我らの侵攻を三十分後に早めてはどうでしょう?」
「それこそ愚策だ。奇襲班の任務はオークキングの殲滅だけではない。混乱させてこそ使命を全うできる。剣士四人が掻き乱している間に、術式の解除を行う。更には高火力のマジックデバイスを撃ち込むまでが奇襲なのだ。我らはちりぢりになったオーク共を殲滅し、天主がいるのなら、それを叩き斬るだけ」
 玲奈たちの突入は一時間後であった。何万といるだろうオークが逃げ惑う隙を突く。圧倒的に数が足りない彼らは二段構えの奇襲を仕掛けるしかなかったのだ。

「本当にたった四人なのですか?」
 尚も玲奈は尋ねるように聞いた。五万という兵がいたマイバラ基地を陥落させたオークが相手だ。奇襲とはいえ少なすぎる数を彼女は憂えている。

「玲奈、防衛ならば五人では不可能だ。しかし、奇襲であれば少ない方がより混乱させられる。闇に紛れた人数が分からなければ、オーク共は疑心暗鬼に陥るだろう。同士討ちまでもを誘発できるのだ」
「いや確かにそうですが、四人の生還まで考えられていないと言っているのです! 奇襲に予定されているのは目的を遂げるだけの片道ではないですか!?」

「それは違う。人選に誤りはない。アタッカー二人は言うまでもなく、パートナーは兵団でもトップクラスのスピードタイプであり、尚且つオークを一刀にて仕留められる威力があると判断したまで。彼女たちであれば、アタッカー二人の進路を切り開くのに支障はない。彼女たち二人に課せられた任務はオークの殲滅ではなく、アタッカー二人を雑兵から守ること。それ以上は望んでいないし、三十分であれば全力を出したとして耐え忍ぶことができると試算している。四人ならば奇襲が成功すると我らは考えているのだ」
 どうやら兵団は混乱したオークの同士討ちを誘発しようとしているらしい。攻守の要であるオークキングが次々と倒されたならば、必ずそれを引き起こせるはずと。

「四人は必ず帰還できますか……? 彼女らはこれから先にも必要な人材です……」
 玲奈は質問を変えた。奇襲の成功よりも奇襲部隊が生存するのかどうかと。ヒカリと一八というアタッカーを失ってしまうと、マナリスが見たという未来に近付いていくはずなのだ。

「当然だろう? だからこそ高火力魔道士を二人つけたのだ。彼女たちのガトリング砲は帰路を作り出す。術式の解除に五十人も投入するのは確実に成功させるためだ」
 ようやくと玲奈は頷きを返していた。兵団が四人を切り捨ているのではないと知って。一応は帰還まで考えられていると分かったからだ。

「して川瀬少将、私たちは先陣を切って突入すればいいだけだろうか?」
 ここで話の方向性が一変する。奇襲部隊が任務を遂げたあと。本隊ともいうべき自分たちが何を求められているのか。

「こちらも奇襲だ。人数がいる我らは小細工できん。気付かれるよりも早く突入するのみ。よってエアパレットにて一斉攻撃を仕掛ける。逃げていくオークは追わなくても構わない。我らが目的とするのは基地の開放であり、仲間の救助なのだ」
 再び玲奈は頷きを返している。彼女は決意を新たにしていた。
 たった三千の兵しかいない。自分たちも奇襲部隊と同様に困難な任務に就く。十倍以上いるだろうオークと戦う羽目になるのだから。

「それで玲奈、お前は血統スキルを習得しているか?」
 どうしてか唐突に話題が転換されている。血統スキルは武道の名門に必ずある秘伝の技。一応は玲奈も習得しているアレのことだろう。

「天地雷鳴は習得済みです……」
 問われたから答えただけ。しかし、玲奈の返答は川瀬の眉間にしわを寄せている。

「玲奈、お前は天地雷鳴なんぞを習得したのか?」
 なぜか怒られている気がした。問われたから答えただけであるというのに。確かに天地雷鳴は血統スキルであると聞いたはず。

「いや、一八と一騎打ちをすると話をしたら、父上が教えてくれたのです」
「奥田と? それはいつの話だ?」
 玲奈は頷き、返答していく。別に思い出すまでもないことだ。何しろ、一八と戦ったのは去年のことであるのだから。

「高校三年生の春。魔力伝達を禁止した異種格闘技戦でした……」
 ここでようやく川瀬は納得したように頷いていた。高校の遊び程度であればと思い直したようである。

「ならば玲奈、お前は習得するべき。岸野家に伝わる血統スキルを……」
 今度は玲奈が眉根を寄せている。たった今、血統スキルを習得したと伝えたばかり。なのに川瀬は習得しろというのだ。

「どういうことです? 父上に習った天地雷鳴は血統スキルではないというのでしょうか?」
 疑問はその一点のみ。天地雷鳴が血統スキルであるか否か。或いはその他に秘奥義があるのかという話である。

「血統スキルは血の混ざり合い。突如として発現する場合もあれば、失われていくものもある。天地雷鳴は間違いなく岸野家に伝わる奥義の一つだが、実をいうともう一つ岸野家には存在するのだ……」
 門下生であったからか、川瀬は岸野家に伝わる奥義をもう一つ知っているらしい。玲奈に習得を勧めるのはそれであるようだ。

「川瀬少将はそれを習得したのだろうか?」
「ああいや、俺は火属性だからな。そもそも習得できない。しかし、お前ならば習得できるはずだ……」
 まるで分からなかった。玲奈は今の今まで武士に何も聞いていない。教わっていない血統スキルがあるだなんてことを。

「いやしかし、どうして川瀬少将が知っているのです? 血統スキルとは秘奥義でしょう? 門下生であったとはいえ、武蔵爺様がお教えになられるとは……」
 疑問に感じるのは当然のことである。血統スキルとは女神より一族に与えられし天恵技だ。初めから他人は習得不可能であり、川瀬に教えるはずもなかった。

「俺は師範から聞いたわけではない。また師範から聞いたのは天地雷鳴という使えない天恵技だけだ」
「では父上に聞いたのでしょうか?」
 どうにも分からない。そもそも武士と川瀬の仲はあまり良くなかった。それこそ武蔵が亡くなってからは道場に顔を見せることすらなくなっていたのだ。

「武士に聞いたのでもない。だが、武士に教わったともいえる……」
 ますます意味不明な話になってきた。まるで頓知であるかのよう。武士に教わったというのに、聞いたわけではないというのだ。

「その昔、もう三十年になるだろうか……」
 唐突に切り出される昔話。三十年という長い月日を遡ったある日のこと。川瀬は思い出しながら語り出していく。

「俺は当時、守護兵団の大尉だった。面倒なことに毎年恒例の任務を請け負わねばならなかったんだ……」
 三十年前、川瀬は大尉であったらしい。首席で騎士学校を卒業した彼は押しも押されぬ大エースとなっていた。トントン拍子で出世した彼だが、まだ配備されて数年であって、雑用を請け負う立場であったという。
 語られる内容は玲奈にも覚えがあることであった。まだ記憶に新しい任務が川瀬にはあったらしい。

「任務は騎士学校の試験官――――」
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