オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

女神の思惑

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 一八が目を覚ましたのは夜の八時であった。どうやら医務室に運ばれたらしく、ベッドの傍らには菜畑教官だけでなく、三井女医の姿がある。
「奥田、やっと目を覚ましたか。貴重な魔力回復薬を二本も消費したのだぞ?」
 目覚めたばかりだというのに小言を聞かされている。かといって気を失う瞬間のことはよく覚えていた。欠陥品と言われた武器を勝手に撃ってしまったのだ。

「すいません。どうにも興味が湧いて……」
「それはいい。だが、どうして起動できた? あれは魔法術式研究所も欠陥を認めていたのだぞ?」
 やはり問い質されてしまう。欠陥品だと結論づけられていたマジックデバイスをどうして一八が起動できたのかと。
 女神からの褒美だなんて間違っても口にはできない。それを説明するには転生前から語る必要があったからだ。

「分かりません。ですがトリガーを引いた瞬間に分かったんです。あの術式の欠点。補うべき箇所が沢山あるのだと……」
 マナリスに書き込まれた記憶は今も確認できた。複雑な魔法陣が幾つも重なる術式であったけれど、一八はどうしてかその仕組みを理解している。

「何だと? 貴様は魔法に関して素人だろう? なぜ分かった?」
 言って菜畑は一冊の魔法書を一八の前に置く。更にはページを捲って、その魔法陣が描かれた項目を見せている。
 本当に一八はど素人であったはず。しかし、今は魔法陣を見ただけで間違いが分かった。記録された情報を一八は全て消化しているようだ。どの術式がどのように作用しているのかまで正確に理解している。

「あんのクソ馬鹿女神。やり過ぎだろ……」
「何か言ったか?」
「ああいや、こっちの話っす!」
 慌てて取り繕う。しかし、本当に褒美としてはやり過ぎだった。魔法のイロハも分からなかった一八が、まるで学者のようになっていたのだから。

 さりとて隣のページにあった異なる魔法術式は少しも分からない。どうやらレイストームに関してのみ一八は理解しているようだ。
 どう理由付けて良いのか不明であったものの、一八は術式の間違いを指摘していく。明らかにマナリスの力であったけれど、一八はレイストームの術式構築について完璧に理解していたのだから。

「まずこことここに因果関係が必要です。そうしないと一枚目から二枚目の術式へと移行できません」
「はぁ? 二枚目とはこの接続因子によって繋がっているだろうが?」
「違うんす。この接続では繋がっているだけ。移行接続するならば因子は明確にしなければならない。ここでは魔力属性を当てはめるべき。こういう感じで……」
 記録されたままを書き写すだけ。一八は一枚目の魔法陣を完成させている。
 これには声を失う菜畑。訂正された箇所を見ると確かに正しいように思う。けれど、理解できない箇所も存在している。

「じゃあ、この属性変換術式はどうして書き加えた? 三枚目で変換しているだろう? 何の意味もないように思うが?」
「それこそが起動しない原因っす。一枚目に変換術式を書き加えていなければ、魔力はそのまま二枚目を実行する。この魔法において変換術式は三枚目じゃ機能しません。魔力の性質変化を先にしておかないと、二枚目で疑似光属性を定義しても無駄になります。魔力が適合していないからっす」
 何度も首を振る菜畑だが、納得せざるを得なかった。一八の返答には否定する隙がなく、恰も魔法術式学者の研究発表であるかのように正確そのものである。

 このあとも一八は全ての間違いを指摘していく。誰も考えなかったような理論と技法によって。
「どうしてか俺は分かるようになったんす。撃ち放ったあの瞬間に、頭の中へ魔法理論が流れ込みました。瞬間的に正しい魔法術式を展開し、俺はレイストームを発動させられたんです。とはいえ魔法を全て理解したわけじゃないっす。どうしてかレイストームの術式だけが分かるようになりました……」
 女神のおかげとは言えない一八は苦しい言い訳を並べている。さりとて調べられるはずもない。証拠など何もないのだ。一八の証言を信じる以外にないだろう。

「なるほどな。それもまた女神の加護なのかもな。奥田には不思議なことが起こりすぎている……」
 返答する菜畑に一八は眉根を寄せた。起こりすぎているといわれても、魔法術式を理解しただけなのだ。
「不思議なことって他にもあるんすか?」
「実は意識を失った状態を調べるため検査にかけたんだ。お前をカプセルに入れるのには苦労したぞ」
 どうやら意識がない間に一八は魔道計測機に入れられていたらしい。細かな測定が可能であるそれによって、何かしら原因を見つけようとしたのだろう。

「何か分かったんすかね?」
「実はな……。意識を失っていたお前の魔力容量はなぜか伸びしろ部分がなくなっていたんだ」
「マジすか!? 俺は確か伸びしろが十分にあるって……」
 やはり褒美だけではなかったのだと一八は嘆息している。色々とやらかすあの女神が有益な褒美だけを与えてくれるなんて甘い考えだと思う。
 ところが、一八は知らされていた。女神マナリスが追加的に与えたこと。褒美と呼ぶべき事象が自身の身に起きていたことを。

「その伸びしろは既にお前の魔力容量となった――――」

 流石に絶句する一八。菜畑の説明によると伸びしろが消去されたのではなく、まるごと魔力容量へと変換されたことになる。一八はまだ容量を増やす訓練などしていなかったというのに。
「それって冗談っすよね……?」
 流石にジョークとしか考えられない。魔法術式の理論だけでも過度な褒美であったというのに、努力によって伸ばしていくところを即座に埋めてくれるなんて。

「冗談であれば良かったのだがな。生憎とデータに間違いはない。二回も計測したのだからな。しかも先日計測した最大魔力量よりも大幅に多くなっていたんだ……」
 計測には大量の魔石が必要となる。一回の検査だけでも一財産となるはずだが、三井医師は誤計測の可能性を考えて二回も計測してしまったようだ。前回の計測値を超えてしまったがために。

「原因は……?」
 決して人間如きに分かるはずはない。一八は確信していたけれど、尋ねずにはいられなかった。
「だから女神の加護が原因だと言った。眉唾物の思考だが、それ以外に考えられん。恐らくレイストームは奥田一八が使うべき運命にあったのだろう。従ってレイストームの発動条件である魔力量まで貴様の容量を拡大したというのが私の考えだ……」
 割と的を射た分析だと思う。一八自身も同じように考えていたから。マナリスが一八にレイストームを使わせようとしたこと。ネックとなった魔力量を使用可能な総量に引き上げたことまで。

 ここまでを勘案すると、どうしてか真相が見えてきた。マナリスは誤魔化すようにしていたけれど、彼女の思惑がどういったものであるのかを。
「ひょっとしてあの女神は……」
 語られずとも分かった気がする。どうしてかマナリスの胸の内が理解できていた。

「天軍を排除したがっている――――」

 あまねく存在に愛を注ぐマナリス。しかしながら、この度の行動は明らかに矛盾していた。彼女を驚かせた褒美だと口にしていたけれど、それは嘘じゃないかと思う。なぜなら、かつてマナリスは言っていたのだ。

『天主の台頭であってもイレギュラーですからね』――――と。

 もしも、そのイレギュラーがマナリスの意に反していたとしたら。スタイルを守りつつも彼らの排除を望んでいるとすれば……。

「クソ女神め……。俺を利用しやがったな……」
 思えば人族への転生を簡単に許可したところからおかしい。詫びではあったけれど、一八は同じオークに転生する魂であったはず。けれど、彼女は世界の理を曲げてまで一八の願いを聞き入れていた。

 問題は次なる願望である。一八の望みを受け入れたマナリスだが、オークキングと異なる世界を希望したレイナ・ロゼニアの望みは悩む間もなく拒否していた。女神であればレイナ・ロゼニアの魂をその次の世界へ飛ばすくらいは容易かっただろうに、女神マナリスはそれを認めなかった。あたかも全てをシナリオ通りに進めるかのように。マナリスは自身が考える通りに二人を誘導し、挙げ句の果て女神の加護を持つ二人を隣人とした。

 考えるほどおかしい。全てに言い訳はできるけれど、それでもマナリスが周到に準備したとしか思えなかった。
「やっぱ、あいつは絶対に怪しい……」
 そもそも神雷の誤爆だなんて考えにくい。チキュウ世界へと送り込むに相応しい魂を彼女が見繕った可能性。全てがマナリスによって仕組まれていたと勘ぐるような現実であった。何しろ一八と玲奈は聞いていた時間軸よりも早く転生していたのだ。

 転生した直後にはまだトウカイ王国が存在しており、天軍の脅威をまざまざと見せつけられた。また世界の情報として転生から二十年内に平穏が終わるとも伝えられている。これらは今思うと全てが準備しておけと命じられているかのようだった。

「玲奈のやつも踊らされていたってわけか……」
 マナリスは運命が定まったものではないことを強調していた。それはつまり変えられるということ。良い方向に変化させられるのだと明確にしていた。

「おもしれぇな。なら、やってやろうじゃねぇか……」
 思わず声に出してしまう一八。マナリスの思惑に気付いた彼は声を出さずにいられなかった。
「どうした奥田? もう帰って良いぞ。食堂にはお前の食事が残されている。さっさと食ってしまえ」
 菜畑に退出を促されている。それは明確な指示であったけれど、昂ぶる一八は異なる二つの話をごちゃ混ぜにして返答を終えていた。

「俺が全てを飲み込んでやんよ――――」
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