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第二章 騎士となるために
ナガハマ前線基地
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オオサカ市より遠く離れたナガハマ前線基地。ここはシガと呼ばれるエリアの最北端であり、魔物だけでなく、常に天軍の脅威に晒されている場所だ。
基地には五万という兵士が配備されており、基地には兵士の生活を支える人員も多く、重厚な壁の内側はさながら街のようであった。
「マイバラ基地に大規模な魔物事故が発生した模様です……」
まだ若い男の話に頷きを返すのは立派な軍服に身を包んだ男性であった。
顎髭を蓄えた彼は長年に亘りナガハマ基地を指揮してきた川瀬少将である。平民の出自ではあったものの、彼は歴戦の剣士であって兵団の高みにまで上り詰めていた。
ナガハマに配備された将官クラスは川瀬だけである。最前線を嫌がった将官たちが概ねマイバラ基地を希望したからだ。
「向こうも疲弊しているだろうな。このような状態が続くのは好ましくない……」
兵士は常に補充されていたけれど、それは数だけであった。幾ら一般兵にて補充しようとも、彼らはその度に失われてしまう。
「せめて開発中の長距離砲撃車が配備されると楽なんでしょうけど……」
「アレはまだ使い物にならない。魔力が幾らあっても足りんようだ。威力は申し分ないらしいがな……」
急ピッチで兵器が開発されていたけれど、川瀬曰く実用性の部分が欠落しているとのこと。一般兵の魔力ではとてもじゃないが運用できないらしい。
「ナガハマ基地は大丈夫ですよね……?」
「おいおい山﨑、我らが勝利を信じなくてどうする? まあ心配無用だ。もう直ぐ強力な人員が配備されるようになっている……」
「人員? どこに戦力を割ける部隊があるというのです?」
山崎が聞いた。何処もかしこも人員不足である。八方塞がりともいうべき状況にあって、余剰戦力などあるはずもなかった。
「無いものを絞り出す。もはや兵団はそこまで追い込まれているのだ。せめてトウカイ王国と仲良くしてさえおれば、彼の国に援軍を出すだけで持ち堪えられたかもしれんのになぁ」
かつてタテヤマ連峰の向こう側にはトウカイ王国が存在していた。ただキンキ共和国はトウカイ王国と良い関係を築いていない。従ってトウカイ王国の窮地に兵は送らず、加えて天軍との一戦は彼らが勝利するものと安易に考えていたのだ。
「無いものって、まさか騎士候補生ですか!?」
疑念が山崎を襲う。追い込まれているという話には学生の参戦まで考えられた。
「そのまさかだ。半年後には配備されるだろう。ただし、前線ではない。キョウトやコウベ、ナラといった都市支部の配備となる予定だ」
ようやく山崎にも話が見えてきた。候補生を早期昇格させる意味。ならば各支部の騎士は数が揃うことになる。
「悪手ですよね……?」
「そうもいっていられんだろう? 現状、主要都市の警備は少数精鋭だ。我々はそのコマを使うしかなくなっている。恐らくそれが最後の切り札になるだろう。そのあとはトウカイ王国と何ら変わりない……」
川瀬はある程度の予測をしているらしい。しかも共和国にとって最悪なものを。
「ならばオオサカの守護はどうするつもりです?」
疑問が残る山崎は良い機会だと問いかけている。現状の本部はもぬけの殻だ。候補生たちがいなくなれば、オオサカの魔物被害は防げないのだと。
「一応は一定以上の実力者だけが配備される。加えて騎士学校は補充試験を行うらしい。まあ付け焼き刃だがな……」
これからは都市部の被害も多発するだろうと川瀬。騎士学校での期間を半分にするということは、たとえ上位者であろうとも未熟であるからだ。
「いやでも、今年の候補生が飛竜を討伐したなんて噂がありますけど? もし、それが本当なら何とかなるのではないでしょうか?」
まだ飛竜については公にされていない。何百年と起きなかったことは様々な憶測が飛び交うと予想されたからだ。
「ああ、それなら事実だ。小型の飛竜らしいが、たった四人で討伐したとのこと。その事実こそが前倒しの理由だ……」
どうやら飛竜は物差しとなっていたらしい。本部が十分な戦力であると判断するのに、飛竜はこれ以上ない魔物であった。
「四人ですか? ひょっとして義勇兵の二人? 岸野玲奈と奥田一八が含まれているのですか?」
山崎も確信があっただろうに、問いを返している。エンペラーの討伐に多大な功績を残した義勇兵は最前線であるナガハマにも名を轟かせていた。
「もちろん。岸野武士の育成手腕には期待していなかったのだが、才能があった玲奈だけでなく怪物まで兵団に送り込んでくるとは予想外だ……」
川瀬は玲奈を知っているようだ。名で呼ぶ辺り、親交があるのは間違いないだろう。
「ああ、少将は岸野流でしたね。昔は優秀な刀士が排出されていたんだとか……」
懐かしむような川瀬。どうやら彼は岸野魔道剣術道場の出身らしい。かといって武士よりも年上であるはずで、先代の頃に通っていたのだと思われる。
「岸野武蔵師範はそれはもう厳しい方だった。私は徹底的に基礎を叩き込まれたものだ。私が今も生き残っているのは師範のおかげ。彼ほど多く騎士学校入学者を出した指導者は後にも先にもいない」
思い出し笑いをする川瀬。厳しいと口にしながらも、彼は道場での記憶を良い思い出としているようだ。
「十年ほど前に代替わりをしたのだが、武士は指導者の器ではないと考えていたんだ。俺が学んでいた頃は幼かったけれど、喧嘩ばかりして騎士を目指す様子もなかった……」
「現在の師範はやんちゃなお子さんだったのですか? ようやく落ち着きが出てきたということでしょうかね?」
脱線話が続いた。任務とは何ら関係のない話であったけれど、岸野魔道剣術道場の話は山崎の興味を惹く。
「まあ、そうかもしらんな。ここに来て二人同時とは恐れ入る。しかも双方が実力上位。玲奈だけならば、ともかくなぁ……」
言って川瀬はフハハと笑う。彼をもってしてもオークエンペラーと一騎討ちをしてしまうなんて怪物としか思えなかったらしい。
「使えるものから使っていく。とにかく本部はもうやり繰りできない状況というわけだ。山崎大尉、我が国の危機がよく分かっただろう?」
そう言うと川瀬が去っていく。日課としている部下の稽古へと向かっていった。
残された山崎は不安を感じるよりも期待している。危険度が災厄レベルとされる魔物を倒した候補生に。いち早く前線へ配備されるようにと願っていた……。
基地には五万という兵士が配備されており、基地には兵士の生活を支える人員も多く、重厚な壁の内側はさながら街のようであった。
「マイバラ基地に大規模な魔物事故が発生した模様です……」
まだ若い男の話に頷きを返すのは立派な軍服に身を包んだ男性であった。
顎髭を蓄えた彼は長年に亘りナガハマ基地を指揮してきた川瀬少将である。平民の出自ではあったものの、彼は歴戦の剣士であって兵団の高みにまで上り詰めていた。
ナガハマに配備された将官クラスは川瀬だけである。最前線を嫌がった将官たちが概ねマイバラ基地を希望したからだ。
「向こうも疲弊しているだろうな。このような状態が続くのは好ましくない……」
兵士は常に補充されていたけれど、それは数だけであった。幾ら一般兵にて補充しようとも、彼らはその度に失われてしまう。
「せめて開発中の長距離砲撃車が配備されると楽なんでしょうけど……」
「アレはまだ使い物にならない。魔力が幾らあっても足りんようだ。威力は申し分ないらしいがな……」
急ピッチで兵器が開発されていたけれど、川瀬曰く実用性の部分が欠落しているとのこと。一般兵の魔力ではとてもじゃないが運用できないらしい。
「ナガハマ基地は大丈夫ですよね……?」
「おいおい山﨑、我らが勝利を信じなくてどうする? まあ心配無用だ。もう直ぐ強力な人員が配備されるようになっている……」
「人員? どこに戦力を割ける部隊があるというのです?」
山崎が聞いた。何処もかしこも人員不足である。八方塞がりともいうべき状況にあって、余剰戦力などあるはずもなかった。
「無いものを絞り出す。もはや兵団はそこまで追い込まれているのだ。せめてトウカイ王国と仲良くしてさえおれば、彼の国に援軍を出すだけで持ち堪えられたかもしれんのになぁ」
かつてタテヤマ連峰の向こう側にはトウカイ王国が存在していた。ただキンキ共和国はトウカイ王国と良い関係を築いていない。従ってトウカイ王国の窮地に兵は送らず、加えて天軍との一戦は彼らが勝利するものと安易に考えていたのだ。
「無いものって、まさか騎士候補生ですか!?」
疑念が山崎を襲う。追い込まれているという話には学生の参戦まで考えられた。
「そのまさかだ。半年後には配備されるだろう。ただし、前線ではない。キョウトやコウベ、ナラといった都市支部の配備となる予定だ」
ようやく山崎にも話が見えてきた。候補生を早期昇格させる意味。ならば各支部の騎士は数が揃うことになる。
「悪手ですよね……?」
「そうもいっていられんだろう? 現状、主要都市の警備は少数精鋭だ。我々はそのコマを使うしかなくなっている。恐らくそれが最後の切り札になるだろう。そのあとはトウカイ王国と何ら変わりない……」
川瀬はある程度の予測をしているらしい。しかも共和国にとって最悪なものを。
「ならばオオサカの守護はどうするつもりです?」
疑問が残る山崎は良い機会だと問いかけている。現状の本部はもぬけの殻だ。候補生たちがいなくなれば、オオサカの魔物被害は防げないのだと。
「一応は一定以上の実力者だけが配備される。加えて騎士学校は補充試験を行うらしい。まあ付け焼き刃だがな……」
これからは都市部の被害も多発するだろうと川瀬。騎士学校での期間を半分にするということは、たとえ上位者であろうとも未熟であるからだ。
「いやでも、今年の候補生が飛竜を討伐したなんて噂がありますけど? もし、それが本当なら何とかなるのではないでしょうか?」
まだ飛竜については公にされていない。何百年と起きなかったことは様々な憶測が飛び交うと予想されたからだ。
「ああ、それなら事実だ。小型の飛竜らしいが、たった四人で討伐したとのこと。その事実こそが前倒しの理由だ……」
どうやら飛竜は物差しとなっていたらしい。本部が十分な戦力であると判断するのに、飛竜はこれ以上ない魔物であった。
「四人ですか? ひょっとして義勇兵の二人? 岸野玲奈と奥田一八が含まれているのですか?」
山崎も確信があっただろうに、問いを返している。エンペラーの討伐に多大な功績を残した義勇兵は最前線であるナガハマにも名を轟かせていた。
「もちろん。岸野武士の育成手腕には期待していなかったのだが、才能があった玲奈だけでなく怪物まで兵団に送り込んでくるとは予想外だ……」
川瀬は玲奈を知っているようだ。名で呼ぶ辺り、親交があるのは間違いないだろう。
「ああ、少将は岸野流でしたね。昔は優秀な刀士が排出されていたんだとか……」
懐かしむような川瀬。どうやら彼は岸野魔道剣術道場の出身らしい。かといって武士よりも年上であるはずで、先代の頃に通っていたのだと思われる。
「岸野武蔵師範はそれはもう厳しい方だった。私は徹底的に基礎を叩き込まれたものだ。私が今も生き残っているのは師範のおかげ。彼ほど多く騎士学校入学者を出した指導者は後にも先にもいない」
思い出し笑いをする川瀬。厳しいと口にしながらも、彼は道場での記憶を良い思い出としているようだ。
「十年ほど前に代替わりをしたのだが、武士は指導者の器ではないと考えていたんだ。俺が学んでいた頃は幼かったけれど、喧嘩ばかりして騎士を目指す様子もなかった……」
「現在の師範はやんちゃなお子さんだったのですか? ようやく落ち着きが出てきたということでしょうかね?」
脱線話が続いた。任務とは何ら関係のない話であったけれど、岸野魔道剣術道場の話は山崎の興味を惹く。
「まあ、そうかもしらんな。ここに来て二人同時とは恐れ入る。しかも双方が実力上位。玲奈だけならば、ともかくなぁ……」
言って川瀬はフハハと笑う。彼をもってしてもオークエンペラーと一騎討ちをしてしまうなんて怪物としか思えなかったらしい。
「使えるものから使っていく。とにかく本部はもうやり繰りできない状況というわけだ。山崎大尉、我が国の危機がよく分かっただろう?」
そう言うと川瀬が去っていく。日課としている部下の稽古へと向かっていった。
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