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第二章 騎士となるために

強大な魔物

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 急速に接近する大地。再び莉子は目を瞑る。死にたくないと思い直した彼女であったけれど、無情にも刻一刻と最後の時が近付いていた。
 ところが、莉子は痛みを感じない。想像を絶する苦痛が待ち受けているはずだったのに……。

 どうしてか温かい腕の中に包まれている。彼女の瞳に映るのは相棒の顔。この現状はまるで予想できなかったけれど、望んだままの現実であることくらいは理解できた。

 全速力で駆けつけた一八によって、莉子は受け止められていた……。

「クソ馬鹿莉子! てめぇ勝手に行動すんじゃねぇよ!!」
 耳元で怒鳴られてしまう。その声はまるで飛竜の咆吼であるかのよう。耳が痛いくらいに届いていた。
 莉子は思わず涙している。だが、腹が立ったわけでも怖かったわけでもない。安堵した彼女は溢れ出す涙を止められなかった。

 意図せず莉子は気付いている。こんなにも生きたいと願っていたなんてと。
「カズやん君……ありがとう……」
 生きているのは一八のおかげだ。彼が見捨てることなく戻ってきてくれたから。またここに至るまでの感謝も莉子は忘れていない。

「高原君もありがとう――――」

 あの魔物事故から三ヶ月が過ぎて、莉子はようやく感謝を述べている。彼が生かしてくれたこと。生かされた意味に悩み続けた彼女はもういない。随分と遅れてしまったけれど、ありがとうと口にできた。

「莉子、泣いてる場合じゃねぇぞ。飛竜はまだ生きている……」
 同じく落下した飛竜は悶絶していたけれど、それが絶命を意味するわけではない。しばらくのたうち回ったあと、身体を起こすや激しく咆吼している。

「莉子はここにいろ。俺が相手をする……」
「カズやん君、できるの!?」
 翼を失ったのだから、逃げるという選択が生まれていた。しかし、一八は首を振る。逃げるよりも戦う理由が彼にはあるらしい。

「あの巨体だ。逃げたとして大木をなぎ倒しながら進むだろう。しかも火球を吐く。逃げるとしても、火炎袋を突き破ってからだ……」
 真っ直ぐに逃げたのでは火球の的となってしまう。だからこそ遠距離攻撃の無効化が必須なのだと。

 飛竜の火炎袋は首と胴体の付け根辺りにある。一八はそこに斜陽を突きつけてやろうと考えていた。莉子から距離を取り、一八はエアパレットのスピードを上げていく。
「地に落ちた飛竜とか、デカいトカゲだろ!」
 近付くや剣を振る。手加減することなく全力で。しかし、初撃は固い鱗に阻まれてしまう。莉子が斬り裂いた翼とは強度がまるで異なっていた。

「クソッ!!」
 透かさず噛みついてきた飛竜を何とかいなす。噛みつかれてしまえば、防御魔法を展開しようが無駄なことだ。一瞬で天界まで飛ばされてしまうだろう。
「かってぇな!」
 返す太刀でもう一撃加えるも手応えはなかった。確実に莉子よりは力があったというのに、まるで効いた感じがしない。

「カズやん君、属性攻撃しかダメだよ! 属性発現しなきゃ!」
 莉子の声が届く。そういえばエンペラーの腕を斬り落としたときも驚かれていた。属性攻撃もなしに切断するなんてと。しかし、一八は属性発現について学んでいない。まだ属性攻撃に関する授業は受けていないのだ。

「どうやんだよ!?」
「えええっ!?」
 莉子は言葉をなくしている。少なからず剣を学んだ者であれば、得意不得意は別として属性発現について学んでいるはずだ。

 こうしている間も飛竜の攻撃が続く。一八を殺そうとあらゆる攻撃を繰り出していた。太い爪による斬り裂きから、長い尾による叩き付けまで。

 一八は防戦一方となる。莉子から距離を取るしかなく、逃げ道は限られていた。
「身体の中心から魔力を練って! えっと、イメージ! 血統スキルと似た感じだよ!」
 ふと届いたアドバイスに一八はオッと声を上げる。血統スキルであれば、一八も習得していた。まるで用途のない【月下立杭】。投げ技であるそれは火属性である。

「俺んちは基本火属性ってことか……って!?」
 思考した隙に飛竜の尾が一八を捕らえた。
 集中を切らした瞬間を飛竜は見逃さない。直撃を受けた一八は軽く弾き飛ばされ、野原にある岩肌へと叩き付けられてしまう。

「ぐぁ……ぁっ……」
 流石に効いた。油断したわけではなかったが、完全に不意を突かれたのだ。
 兵団支給の魔力硬化ジャケットは込める魔力次第で鋼鉄にも勝る防御力を生み出す。またそれは運動性能に優れるだけでなく、非常に軽量でエアパレットとの相性が良い。だからこそ採用された装備だが、防御魔法との併用が基本運用であって、素の状態で攻撃を受けてしまっては十分な性能を発揮できなかった。

 まともに飛竜の攻撃を受けた一八。身体の至る所が悲鳴を上げている。
「クッソ……」
 ところが、一八は立ち上がる。死んでも死にきれないのだと。
 仲間がそこにいる以上は戦わねばならない。たとえ精根尽き果てていたとしても。
 転がった斜陽を手にし、一八は飛竜を睨み付けている。
「ちったぁ王者らしく振る舞えよな……?」
 矮小なる人族に対して本気で立ちはだかる空の王者。一八は良いようにやられている自身の弱さを知る。こんな今も飛竜は負けるなんて少しも考えていないのだ。
 最後だと言わんばかりに咆吼するだけである。

「魔力……」
 確か月下立杭は力を使って火属性を帯びると聞いた。玲奈との一戦では魔力が封じられていたけれど、此度は何の制限もない。
「要は空気中の魔素じゃなく、体内の魔力を燃焼させたらいいってことか……?」
 何とか属性攻撃を放たないことにはダメージを与えられそうにない。エンペラーの腕を切り落としたあの斬撃が繰り出せるのなら話は違うかもしれないが、未だかつてあれ程までに理想的な太刀筋は再現できていなかった。

「まだ力は入る……」
 一八は魔力を練る。腹の中心。莉子が説明したようにヘソの少し上を意識して、燃えたぎる炎をイメージしていた。
「次がノーダメなら撤退も考える……」
 倒す術がないのなら逃げるのも手だ。かなりのリスクを負うけれど、無駄死にだけは避けなくてはならない。

 練り上げた魔力に熱を感じる。どうしてか一八はいけそうな気がした。そのまま魔力を奈落太刀に伝達し、一八はそれを上段に構える。
「トカゲ野郎……来るなら来やがれ……」
 飛竜が突進してくる。火球を吐く感じではなかった。飛竜は一八を大きな口で飲み込むつもりかもしれない。

「1……2……」
 タイミングを計る。最大魔力を撃ち放つため。先手を取られようが関係なかった。
「カズやん君!?」
 莉子の声が届くも一八は落ち着いている。虚無に至るような感覚。集中する一八の瞳はもう飛竜しか映さない。
 一八はただ飛竜だけを見据える。周囲の状況は少しも気にならなかった。燃え盛る木々も、吹きすさぶ風も、相棒である莉子の叫声でさえも……。

「死ねやァァアアアァッ!!」
 閃光一閃、一八が飛竜に合わせた。既に火炎袋など狙っていない。彼はただ飛竜の顔面に合わせて剣を振っていた。

 深い森に甲高い金属音が木霊する。斜陽の軌跡にはその名の通りに太陽があった。
 地平線に沈むかの如き、赤く雄大なる夕陽。火属性を発現した一八の一撃はその軌跡に半円状の炎を浮かび上がらせている……。
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